我こそは、怪盗シルバー仮面なり!!
「いやあ、これは失礼。何やら面白そうな話をされていたので、つい立ち聞きしてしまいましたよ」
奇妙な格好の男・リュートは口元に笑みを浮かべながら言った。
「貴様!、一体いつからそこにいた!?」
女騎士が問う。ここにいるほとんどの者が帝国最強クラスの実力を持った猛者である。そんな彼らが気づけなかったというのは、変な話だ。
だがリュートは簡単に答える。
「いつから、と言われても、最初からいましたよ?そこの司祭殿について来ただけですので」
その瞬間、この場にいた者全身の鋭い視線が司祭に向く。視線を向けられた彼は、その殺気に顔を青ざめさせて必死に否定する。
そんな彼らをよそに、リュートは話を続ける。
「そうだ、申し遅れましたね。僕の名前は……『怪盗シルバー仮面』とでもお呼びください。安直な名前ですが、今の僕を表す名としてはわかりやすいでしょう?」
「フンッ……。それで、一体ここになんの用だ?貴様が騒ぎを起こしていた侵入者なんだろう?なんの目的で、この城、しいてはこの部屋に侵入した?」
現皇帝、ザンドルフはさらに睨みを利かせ、侵入者に問う。その時、彼から人を殺せそうなほどの膨大な殺気と魔力を感じる。しかし、それらを直接向けられたリュートはなんともないかのように答える。
「目的、と言いましても、僕がここにきたのは偶然ですよ。まあ、この城の中はいろいろ探らせていただきましたが」
「……そうか。まあいい。どのみち、貴様のような侵入者は捉えて殺すのみだ」
「それは無理ですよ。あなたたちに僕を捕まえることは不可能です」
「……何?」
眉をつり上げ、怒りを表す皇帝と将軍たち。自信満々な表情を崩さないリュートに、そろそろ怒りが爆発するかもしれない。女騎士など、今にも斬りかかってきそうなほどだ。
「いろいろと話は聞けましたし、僕はそろそろ失礼させていただきます。まだ盗まなければならないものがあるので」
そう言い、リュートは背後に広がる夜空へと飛ぶ。後ろは夜の闇が広がっており、リュートの体は闇に溶け込むかのように消えていった。将軍たちが何かをする暇もなくである。
「くそっ!!逃げられた!」
「落ち着け、奴はまだ盗まなければならないものがあると言っていた。となれば、奴はまだこの城内にいるに違いない」
そう言い、皇帝は立ち上がる。そして、全員に向かって叫ぶ。
「何としても奴を捕まえろ!我々の力がコソ泥一人にも及ばんのでは、嘲笑ものだぞ!!」
「「「「「はっ!!」」」」
威厳のある叫びに、将軍たちは一斉に直立、敬礼した後、リュートの搜索に向かう。夜の盛大な鬼ごっこの始まりだ。
***
「いたか?」
「いや、こっちにはいない。そっちはどうだ?」
「こっちもだ。全く、その怪盗なんとやらもふざけた男だ」
「まったくだ」
すぐに兵士たちにも通達され、一斉に捜索が始まった。今は飯時であり、兵士たちは空腹と訓練で疲れている体に鞭打って、城内、しいては城の周辺を探し回っている。彼らはもちろん不満でいっぱいであり、さっさと侵入者を捕らえたいのだろう。しかし、一向に見つからないことが、さらに不満にさせている。
今、二人の兵士が城内の通路で確認しあっていた。その時、上から何かが落ちてきた。
「『怪盗シルバー仮面』ですよ。ちゃんと覚えてくださいね?」
リュートである。
彼は天井で影から実態へと戻り、下の兵士二人を一瞬で戦闘不能にする。
「まったく、失礼だな。僕の名前はちゃんと覚『いたぞ、こっちだーーー!!』あ、見つかった」
先ほどの女騎士が、数人の兵士を連れて向かってくる。女騎士はきれいな髪をたなびかせ、一人異常な速さで走っているため、後ろの兵士たちはついてこれていない。
(ありゃりゃ、頑張ってね~)
つい遅れている兵士たちにエール紛いのものを送り、リュートも再び逃げる体勢に入る。と、その時、前方からも大柄な男が現れる。先ほど会議室でも見たため、おそらく彼も将軍クラスだろう。二人の将軍クラスに挟み撃ちの状態だ。
「よし!姫様、同時にゆきますぞ!!」
「了解した!喰らえ!!」
「「業火の嵐!!」」
両者同時に魔法を放つ。それぞれの手に膨大な魔力が集まり、炎と化して現れる。大きな音、とてつもない高温と共に、その炎は縦横無尽に燃え広がり、狭い通路は破壊、というより溶解されていくといった感じだ。
そんな炎の嵐がリュートに襲いかかる。しかし、リュートは何かをする様子はなく、逃げ場はないため、二人は勝利を確信する。
そのころリュートは、前後から迫り来る大炎の嵐を前に、こんなことを考えていた。
(――――彼女、お姫様だったのか~)
呆れるほどにどうでもいいことだった。
瞬間、二つの魔法が衝突し、噴火のような轟音と共に閃光がはじけた。その衝撃は城だけにとどまらず、国全体にまで轟いた。
「やったか!?」
「奴に逃げ場などありませんでしたからな。おそらく消し飛んだことでしょう」
「ふん、あっけなかったな」
今のは余程の者でもなければ、体が消し飛ぶのは確実といえるほどの威力だった。たとえ体が残っても、それはどこか一部のみ、というだけだろう。
故に二人は、笑みを浮かべて煙が晴れるのを待っている。ちなみに彼らが連れていた兵士たちは、後ろのほうでひっくり返っている。兵士クラスと将軍クラスの実力差が簡単にわかるだろう。
姫騎士は背中にかけていた大きな大剣を右手で掴み、鞘から出す。
その大剣は深紅の刃が輝き、剣としての機能が損なわれない程度に美しい装飾が施されている。しかし、見る者が見れば、ただの大剣ではないことがわかる。内蔵されている魔力の量や雰囲気から、おそらく魔剣、それも、かなりの名剣だろう。
彼女はその大きな魔剣をひと振りし、それだけで煙が晴れる。
やがて煙が完全に晴れ、その爆発地が見えてきた。そこはあまりにもな惨状だった。
周囲の壁は完全に溶け、未だに高温の熱を持っている。まるで何も無かったかのように通路や周囲の部屋は消え去り、そこにリュートの姿は見当たらなかった。
「やはり死んだか……」
どこかつまらなさそうに呟く姫騎士。その美しい顔には失望の色が見えている。
「……戻るぞ、父上に報告だ」
そう言い、踵を返そうとしたその時、どこからが声が聞こえた。
「戻るのは早いと思いますよ?言ったでしょう、僕はあなたたちには殺られないって」
「「ッ!?」」
二人は驚き、周囲を見回す。しかし、どこにも侵入者はいない。思わず叫ぶ大柄な将軍。
「貴様、なぜ生きておる!?逃げ場などどこにもなかったではないか!!」
「それは企業秘密、ということで。なかなか素晴らしい魔法でしたよ。それじゃあ、僕はもう行きますね」
「なっ!?くそ、待て!!」
そう叫ぶも、侵入者からの答えはない、おそらくは既に、この場から去ったのだろう。取り逃がしたことに、二人は悔し気な表情を浮かべる。男の方にいたっては、握り締めた拳から血が垂れるほどだ。
しかし、姫騎士は自分でも分からぬうちに、笑みを浮かべていた。美しく、それでいて獰猛な笑みを……。
***
リュートはそれからも、城のあちこちを逃げ回っていた。
兵士に見つかり斬りかかってこられても簡単に躱し、逃げ道のないコーナーに追い詰められても壁に穴を開けて外に逃げたり、時折将軍クラスの者と魔法を撃ち合ったりと、場内を掻きまわしたのだ。
「王女の部屋に入ったときは、流石に驚いたなあ」
一度、適当に入った部屋が王女が食事をとっていた部屋だったことがあった。いきなり入ってきた侵入者に驚き、彼女やお付きのメイドたちは固まってしまっていた。
きれいな顔をぽかんとし、フォークで小さな肉を口に運ぼうとして止まっていた様子は滑稽であり、それでも美しかった。目つきは優しく、姫騎士の鋭い目つきは父親似なのだろうと推測される。
「まあ、だからどうしたって話なんだけどね。そろそろ行こうかな。いつまでも待たせたら、囚われのお姫様も不安だろうし」
あれだけ騒いだのだ。彼女のことだから、怯えているかもしれない。
リュートは立ち止まり、その場から掻き消える。転移魔法によって例の塔まで跳んだのだ。
***
薄暗く、明かりが全くない塔の最上階の部屋。その部屋の中で、ベッドに潜って震えている者がいた。
「うう~、リュートよ、まだかの~……」
怯えている彼女こそ、龍神の巫女の玉妃だ。彼女はリュートが去ったあとも一人で待ち続けていた。時折、城から聞こえてくる大きな爆発音が響くたびに、彼女は毛布の中で体を震わせていた。
もうどれほど待ったのかわからなくなったその時、彼女の可愛らしい狐耳が、だれかの足音を捉えた。
玉妃はガバっと起き上がり、足音の主を見る。
「りゅ、リュートかの!?」
「そうだよ、待たせてゴメンね」
そこには、彼女の待ちわびた青年が立っていた。嬉しさのあまり思わずリュートに抱きつく玉妃。
「遅すぎるわっ!バカ者め!!」
「……ごめんね。それじゃあ行こうか」
「……うむ」
リュートは抱きついてきた玉妃の頭を軽くなで、彼女を片手で抱える。「のわっ!?」と驚きの声を上げ、玉妃はリュートの首にがっちり抱きつく。
再び転移し、この場から離れる。玉妃が長年にわたって閉じ込められてきた部屋とは、これでお別れであった。
***
「くそっ!!奴は一体どこに行ったのだ!」
「バジード大隊長、城内各地を探しましたが、どこにも見当たりません!」
「もっとくまなく探せえええっ!!」
未だにリュートを探している多くの兵士たち。あまりにも見つからないため、既に逃げたあとなのではと思い始める者たちも出てくるほどだ。
「ったく、今夜は徹夜かねえ……んん?しょ、将軍、上を、上を見てください!」
ひとりの兵士がぼやきながら、夜空を見上げる。その時、城の一番上の屋根に、何かがいるのが見えた。それは奇抜な白い格好をしており、暗い夜の闇の中で、星の輝きよりも際立っていた。
リュートである。
兵士の叫びに全員が自分を見たことを確認したのだろう。リュートはニっと笑い、こほんと一つ、咳をする。
そして……。
「我こそは、怪盗シルバー仮面なり!」
魔力で喉を強化し、国中に聞こえるほどの声で名乗りを上げるリュート。多くの者が、何事かと城を見る。城内をまだ捜索していた者たちも、今ので気づき、外に出てくる。
「ウェスペリア帝国全国民に次ぐ!この国の秘密のいくつか、そして、『龍神の巫女』を盗ませてもらった!近いうちに戦争を起こそうとしているらしいが、戦力をかなり減らしたことをここに伝えよう!」
「なあっ!?き、貴様!我らの巫女を返せええええ!!」
一人の男が叫んでくる。会議室にもいたクリブ司祭だ。彼は顔を青くし、大慌てで返せと叫んでくる。それをリュートは否定した。
「断る。この子は自分の意志でここを出ると言った。故に、何があっても返すわけにはいかない」
少し怒気を込めて答えるリュート。彼らの玉妃に対する行いは今もリュートの中で怒りの対象なのだ。
「それでは、そろそろ時間なため、僕たちはこの場から退場するとしよう。最後は盛大に幕を引かせてもらう!」
そして、リュートは玉妃を抱えていない方の手を上空に向け、光の魔法を放つ。球体となった光は空中でいくつにも分裂し、それぞれが色鮮やかな花を咲かせる。
日本での花火を再現したのだ。
この世界には花火などないため、皆、その美しさに見惚れる。
数秒ほどの短い打ち上げ花火が終わった時、既にリュートらの姿はどこにもなかった。城内を詳しく探しても、やはり見つけることは出来なかった。
こうして、世界一の軍事国家はたった一人の怪盗にかき乱され、おちょくられ、大事なものを盗まれてしまった。この日は、後世にも語り継がれていくことだろう。
ウェスペリア帝国被害総数:7件
・龍神の巫女
・ガルガント設計書
・ガルガントの破壊(千切り状態)
・第一、第二武器庫内全て
・城内の壁や廊下など多数の破壊
・操獣リング30個
・機密文書
これほどコケにされ、盗まれてしまったことに、皇帝以下将軍たちは激怒し、怪盗シルバー仮面は指名手配となった。その賞金は白金貨10枚と高額であり、多くの者が探し回ったが、結局捕まえることは叶わなかったという・・・。
今回、リュートはかなりハッちゃけてます。最後なんか、口調も変わってましたねw個人的に、ブッ飛んだリュートは好きなんです。
次回は何を書こうか少し迷ってますが、今週中には投稿したいと思います。
感想等よろしくお願いします。




