狐っ子の正体
青く晴れ渡る空とは対照的な、薄暗い部屋の中。
そこには現在、微妙な空気が漂っている。
「……泥棒、とな?」
ポカンと口を開け、呆気にとられている狐っ子の少女。それを見て、リュートは少し冷や汗をかく。
(あ、あれ?外しちゃった?ま、まあでも、ずっと言ってみたかった泥棒の言葉だし、後悔はしていない!)
リュートが日本で暮らしていた頃、ずっと好きだったある三代目の泥棒の言葉。それをついに言えたことで、かなり満足している。
「泥棒とはあれじゃろ?モノを盗んでいく、悪い奴じゃ。主は悪い人間かの?」
インパクトがまだ抜けきっていないのか、怯えた様子がないまま、純粋に聞いてきた。
「いいえ、悪い者ではありません。ただ、君のことが聞きたいのです」
左手を広げ、右手をへその前まで持ってきたまま、腰を綺麗に曲げるリュート。見事なお辞儀である。
「よければお教え願えますか?君のことを」
優しげな声で尋ねるリュートに、少女はしばらく考えた後、小さく頷いた。二人は少し古ぼけたベットに腰掛け、やがて、話し始める。
「妾は巫女様じゃ。歳は今年で13になるの。それで……」
「ちょっと待った!」
「なんじゃ?」
「名前を教えてくれるかな」
「じゃから、巫女様じゃ」
「・・・・・・」
二人の間に沈黙が訪れる。少女は何がおかしいのかと可愛らしく首をかしげているが、リュートからすれば、おかしいの一言に尽きる。
「多分だけど、巫女様ってのは君の名前じゃないよ」
「何!?そうなのか!?」
本気で驚いている様子の少女に、リュートは冷や汗が止まらない。
「妾は生まれてからずっと、周りからは『巫女様』と呼ばれておるぞ?妾の名前ではないのか?」
「……悪いけど、生まれてからこれまでのことを教えてくれるかな」
「妾はものごごろついた時、既に家族はいなかったのじゃ。代わりに、周囲には多くの大人たちがおったぞ。皆、妾のことを『巫女様』・『龍神の巫女』と呼んでいたのじゃ。それからいつの間にか、『龍神教』というものの教主にされていたのじゃ。」
リュートは驚きを露わにする。「龍神の巫女」・「龍神教」というのは、間違いなく自分に関係があるからだ。そして思い出す。少女からは竜の魔力に近いものを感じられることを。このあたり、何か関係があるのかもしれない。
「ひとついい?君は竜に関わることで、何か不思議なことはなかったかな?」
「不思議なこと、そうじゃな……。そう言えば、妾は昔から、竜の言いたいことが何故かわかるのじゃ。そのおかげで竜とは友達じゃったぞ。あと、妾の背中にはウロコのようなものがある」
またしても驚くリュート。竜とは、あらゆる種族にとって脅威となる存在だ。最下位の飛竜種であれ、ギルドではBランクに指定されているほどである。そんな竜種と友達になれるなど、普通ではない。もし、竜種を意のままに操ることができたなら、それは、かなりの戦力となる。
背中のウロコについては実際に見て確認した。皮膚と同じ色ではあるが、感触は硬く、確かにウロコともいえるだろう。
(もしかしたら、その辺のことが理由で帝国に捕まったのかな?)
推測に過ぎないが、これはかなり的を得ていると思うリュート。もし、彼女に無理やり言う事を聞かせて竜を操らせれば、竜の群団が創れるかもしれないからだ。力がすべての帝国からすれば、非常に魅力的な能力だろう。
「それで、それからどうなったの?」
「む?ああ、それでじゃな、実際、妾は何もしておらんかったのじゃ。妾はただみんなの前で座っておっただけでの。何もかも、全部大人たちが勝手にやっていたのじゃ。まあ、何をしていたのかは分からぬがの」
(なるほど、ただ宗教の活動としての象徴が欲しかっただけなのか……。『龍神教』……かなり怪しい宗教だなあ……)
思わずため息をついてしまうリュート。
「それでの。いつからか、大人たちは怪しい行動が増えてきたのじゃ。その頃から、龍神教はこの国と何やら手を組んだようで、妾はここに連れて来られたのじゃ。そして……」
そして、少女は悲しげな表情へと戻り、涙に潤んだ目で話を続ける。
「……そして妾は、一度も外に出ることを許されず、ずっとここに閉じ込められておる。それだけじゃない。何やら怪しげな白い服の男達に体を調べられた。血も取られた。魔力検査もされたぞ」
「・・・・・・」
(なんてひどい……。こんな幼い子にそんなことをするなんて……)
怒りが心の底から溢れてくるが、なんとか表には出さないようにするリュート。しかし、気になることがある。龍神教と帝国は、手を組んで一体何をしようとしているのか。まず間違いなく、よからぬことであろう。
(う~ん、ここは気になることが多過ぎるな)
頭を悩ますリュートだが、それより今は彼女のことだ。これまで外の世界を知らず、大人たちによって利用されるだけだった少女。彼女をどうにかしてあげたいという感情が沸き起こる。
「君は、これからどうしたい?」
まずは、彼女自身の言葉が知りたい。そのため、率直な質問をするリュート。それに対して、彼女は正直な言葉を連ねる。悲しげな表情のままで。
「妾は……妾は外に出たい。もうこんな所にいるのは嫌じゃ。痛くされるのも嫌じゃ。怖いのも嫌じゃ」
そして一拍置いた後。
「もう……一人は嫌なんじゃ……」
ついに俯き、涙を落とす少女。彼女の真意は聞けた。ここからは、リュートが彼女を助ける番だ。
「それじゃあ、僕と外の世界に行ってみない?」
「……お主とかの?お主は泥棒なんじゃろ?」
「そうだね。それじゃあ……」
顎に手をあて、何やら考え込むリュート。次の瞬間立ち上がり、羽織っていたローブをとって、どこからか取り出した白いマントとシルクハットを身につける。
元々身につけていた仮面と相まって、どこぞのキザな怪盗を思わせる格好となった。
突然そんな行動をとったリュートにぽかんとしてしまう少女。そんな彼女の前で膝まづき、右手で彼女の左手をとって言葉を紡ぐ。
「その通り、私は泥棒です。だからこそ、あなたをここから盗み出してみせましょう」
なるべく口調を意識しつつ、キザな言葉を並べていく。しかし、これはリュートの本心でもある。優しげな声色で伝えた彼の言葉に、少女は若干頬を染める。
「ほ、本当かの!?本当に、妾をここから盗んでくれるのかの!?」
「もちろん。その前に、君の名前をつけないとね」
「妾の名前、かの?」
「そう、君の名前。やっぱり必要だよね」
そう言われ、少女は途端に目を輝かせ、喜びの表情を浮かべる。九つの尻尾もフサフサと揺れているところを見ると、よほど嬉しいようだ。
(うう……あの尻尾ですんごいモフモフしたい!っと、そんな場合じゃないや。あれだけ期待されてるんだし、ちゃんとした名前を考えないとな)
ズレそうになった思考を慌てて戻し、真剣に考え出すリュート。生まれて13年間、名前も持たずに生きてきたのだ。やはり、ちゃんとした名を与えたい。
(そういえば、九尾は別名『尾裂狐』って言われてたっけ。それじゃあ『サキ』とか?いや、でもなあ……。やっぱりわかりやすく、物語からとったほうがいいかもな。九尾の代名詞と言えば、『玉藻御前』『妲己』『華陽夫人』あたり。なら……)
長い思考の末、ようやく考えが纏まったようだ。彼女の輝いている目をまっすぐに見つめ、新たな名を伝える。
「今日から、君の名前は『玉妃』だ!」
この名前にした理由は、至極簡単だ。例に挙げた九尾の代名詞とも言われる三人は、皆、絶世の美女として有名であるし、それぞれ王に関わりのある姫たちだったからだ。また、「玉」という漢字は「宝」の意味を持つため、玉妃は宝のように輝く存在であってほしいという意味も含めている。
玉妃は自分の名前を口の中で何度も呟き、自らに言い聞かせる。やがて、気に入ったのか、顔を上げて年相応の笑顔を向けてきた。
「それじゃあ、おぬしよ!」
「僕の名前はリュートだよ」
「うむ、それではリュートよ!妾の名前は玉妃という!これからよろしくなのじゃ!!」
心の底からの嬉しそうな言葉に、リュートも思わず笑みを浮かべる。
「こちらこそよろしく、玉妃」
二人はお互いに握手する。心を躍らせながら。
***
外は既に夕日が落ちる頃であり、空は哀愁を感じさせる赤で染まっている。
この時間帯ともなると、兵士たちは訓練を終え、夕飯を食べに行く時間だ。そのため、先ほどまでやかましかった訓練所は、人一人いなかった。
そんな中、城のある場所にて、数十人もの男たちが集まっていた。皆、屈強そうな男たちばかりであり、歴戦の猛者といわれれば納得してしまいそうな気迫を出していた。リュートが感じた人間離れした魔力の持ち主は、間違いなく彼らから感じたものだろう。
その中で最も豪華な鎧を身につけた、野性味あふれる男が口を開く。
「ベルデ将軍、例のものはどうなっている?」
「はっ。準備は既に整っております。先遣隊によって周辺の魔獣は狩り尽くしているため、邪魔はないと思われます」
「よし、それでは計画通りに行う。それぞれ準備はしておけ」
「「「はっ!!」」」
男の名前はザンドルフ・R・ウェスペリア。ウェスペリア帝国の現皇帝である。
短く刈り上げた茶髪の頭と、切れ長の鋭い目つきは、野生を思わせる。筋肉の盛り上がった腕には幾重もの傷がついており、多くの戦を経験したことがわかる。背後には彼の2mの身長を超えるほどの大きな大剣が置かれており、剣の根元には紅い宝玉がついている。彼の武器なのだろう。
「いいか。我々の目的はただひとつ!このエンダーゲイル大陸の統一だ!次の目標は三大国の一つ、シュベリア王国!生半可な気持ちで行く奴は、この俺自ら斬り殺してくれる!心してかかれ!!」
「「「「「了解っ!!」」」」」
彼らの目的はシュベリア王国だという。ということは、これから起こるのは、おそらく戦争だろう。
皆、一層魔力を溢れさせる。もしただの兵士がこの場に入れば、間違いなく卒倒するだろうというほどの力が充満している。
その時。
「っ!?そこにいるのは誰だ!!」
男たちの中にいた唯一の女性が、壁の一角に向けて叫ぶ。それに釣られ、他の男たちもその場所を見る。そこから感じるのは、わずかな魔力。
一向に姿を現さない何者かに対して、女は右手を向け、魔法を放つ。
「正体をあらわせ!!火鋭槍!」
右手から溢れ出た魔力は炎へと変わり、大きな一本の槍へと変化する。そのまま目標まで飛んで行き、当たると同時に爆炎を撒き散らす。
やがて煙が晴れてくると、そこから一人の姿が見えてくる。
その者は白いマントとシルクハット、銀の仮面という、この世界の住人から見れば奇天烈な格好をしていた。
彼は手本ともいえる見事なお辞儀と共に、この言葉を送る。
「いやあ、これは失礼。何やら面白そうな話をされていたので、つい立ち聞きしてしまいましたよ」
彼こそ、ノリノリで変装しているリュートであった。
泥棒の次は怪盗のリュート。ノリノリですw
次回は怪盗としてのリュートの活躍を書きたいと思います。
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