あれ?オーガは?
決着がつき、リュートは気絶したバッカスの首元を掴んでクレーターの中から出てくる。
バッカスは口から血を吐いてはいるものの、そこまでの出血ではない。リュートの魔力はきれいにバッカスの体を通過したため、彼自身の内蔵にはそれほどダメージはなかったらしい。
しかし、その分地面のクレーターは大きく、深さは2m、直径で10mにもなろうかというほどの大きさだった。
「ふう、加減はちゃんとできたみたいだ。イヤほんと良かった!」
少し物騒なことを言いつつ、リュートはバッカスを無造作に下ろす。そして、周囲の確認をするが、皆一言も発せずにいる。決着の衝撃が強すぎたのだろう。唖然としている。
リュートはそんな彼らの視線を無視し、バッカスへと顔を向ける。何やら考え事のようだ。
(う~ん、戦ってみて思うんだけど、やっぱりCランクには合ってないんじゃないかなぁ?)
そう、あれほど面倒に思いつつもすぐに終わらせなかったのは、バッカスの実力を見定めるためだ。
リュートは最初から、バッカスがCランクということに疑問を抱いていた。もちろん、リュートも冒険者になって日が浅いため、正確なことはよく知らない。しかし、どうしても彼がCランクの猛者だとは思えなかったのだ。
「あ、兄貴!?」
「大丈夫ですかい!?」
モブ1、モブ2が慌ててバッカスに近づいてきた。本気で心配しているところを見ると、バッカスは彼らには慕われているらしい。
「お疲れさま、リュートくん」
その時、リュートの後ろから誰かが近づいてきた。振り返ってみれば、ギルド長であるグアンが、いつもの温厚な笑みを浮かべて立っていた。
「あ、グアンさん。こんにちは」
「こんにちは。見事な戦いだったね。まあ、君ならこれくらいは余裕だろうけど」
「ええ、まあ。そうだ、グアンさんに聞きたいんですけど、彼って本当にCランクなんですか?」
「そのことなんだけどね、彼は確かにCランクだったよ。まあ、彼にはCランクなんてまだ早いけどね」
「やっぱりそうですか……。じゃあ、なぜ彼はCランクに?」
二人はバッカスと取り巻き2人を見ながら会話を続ける。グアンは少し眉間にしわを寄せ、困り顔でギルドの問題を話し始める。
「彼の故郷は平和な町でね。冒険者というのはあまり人気がなかったらしいんだよ。そのため、冒険者もほかに比べて圧倒的に少ないらしくて、ランク上げの基準が少し甘いらしいんだ」
「それっていいんですか?実力にあっていない依頼を受けると、死ぬかもしれませんよね?特に高ランクになってくると」
「そうなんだ。これはちょっと問題になっていることでもあるんだよ。彼の町は平和だったため、そんなに危険な依頼は少なかったみたいだけどね」
「じゃあ、彼は実際はDランク相当ということですか?」
「そうだね、うちのギルドじゃ、パワーはCランクでも通じるだろうけど、それ以外がマイナスだね。性格も、増長し過ぎなうえに挑発に乗りやすい。これじゃあ高ランクでやっていけないよ。間違いなくDランクにするね」
グアンの説明に納得するリュート。確かに、バッカスは力も体格にも恵まれ、あの加速によって加算された一撃は凄まじいものだった。あくまで人間の力で言うならばだが。
グアンの説明したとおり、いろいろと高ランクの冒険者としておかしいところが多かったのだ。これで、ようやくこれまでの疑問が解決したリュート。
「彼は運が良かっただけの、自己陶酔しやすいバカ、ということだね」
温和な顔でけっこうな毒を吐くグアン。一ギルド長が言うことではない。
「そ……そうですね……」
リュートは綺麗な顔に苦笑を浮かべている。以前会った時も思ったが、この国のギルド長はやはり、少し腹黒い気がするリュートであった。
「う、うう……」
「!?あ、兄貴!無事ですかい!?」
「しっかりしてくださいよ、兄貴~!!」
リュートとグアンが話しているうちに、どうやらバッカスが目を覚ましたようだ。リュートは手加減した上に、魔力は彼の体をきれいに通過させたため、それほどダメージはなかったらしい。
「じゃあ僕、ちょっと行ってきますね」
「うん?まだ何かあるのかい?」
「ええ、謝罪してもらわないと」
そう言い、リュートは体を起こし始めたバッカスに近づく。とろけるような笑顔を浮かべながら。
「ねえ、ちょっといいですか?」
「ひ、ひいっ!?」
「兄貴!?」
リュートが声をかけると、瞬間、バッカスは顔を青くし、引きつった声で怯えを見せる。よほど、先ほどのリュートが恐ろしかったようだ。
「な、なんだよてめえ!?」
「まだなんかあんのかよ!?」
取り巻き2人がはやし立てるが、声が震えている。彼らも、バッカスがやられる時の衝撃が恐怖となっているのだろう。
「いや、ちょっとあなたたちに謝って欲しいんですよ」
「あ、謝る、だと?」
「どーいうことだ!」
「あなたたち、僕の家族を馬鹿にした挙句、よこせとかふざけたこと言ってきましたよね。それを謝罪して欲しいんです」
このとき、リュートは笑みを止め、真剣な表情となった。対峙している3人が気圧されるほどの迫力があった。
「僕は家族が財宝以上に大切なんです。だから、あなたに謝罪して欲しい」
これこそ、リュートがバッカスとの決闘を受けた理由。そして、リュートを怒らせた原因。
リュートに気圧された3人は、ついには震えだしてしまう。そして……。
「「「すいませんでしたぁぁぁあああーーーーーーーーーーっ!!!!」」」
全力で土下座をしてきたバッカスら3人。さすがのリュートも驚き、身をのけぞらせた。それは見ていた観客の冒険者も同じのようで、若干引いている。
しかし、彼らの声には心からの謝罪が含まれていた。恐怖からきたものかもしれないが、それでも自己陶酔の激しい者が土下座までしてきたのだ。本気で謝っているのだろう。
それを感じ取ったリュートはまたもや笑顔となる。しかし、今度の笑顔は先ほどと違い、安心したかのような笑みだった。
「はい、謝罪を受け取ります。じゃあ、もう僕には関わらないでくださいね。それと、戦利品の魔剣はいただきます」
「は、はい!すみませんでしたーーーーー!!」
最初にあった頃とは打って変わったような豹変ぶりで、脱兎のごとく逃げ出した。もちろん、例の魔剣はその場に置いてだ。
「……逃げちゃった」
「それはそうだろうね。リュートくん、少し普通じゃない迫力だったから」
「……まあいいです。僕はもう行きますね。早く依頼へ向かいたいですから」
「ああ、たしか、『オーガの集落の壊滅』を受けるんだったね。気をつけて、ジェネラルオーガは一筋縄じゃあいかないよ」
リュートは魔剣を拾い上げ、再び仮面をつけてからその場を離れる。
その時、素顔が隠れたことで「ああっ……」という残念がる声がそこかしこから上がったが、リュートは無視して行った。
「……ホント、リュートって何者なんだ?」
「尋常じゃない強さだったな」
「ステキ……///」
「指で挟んで止めるとか、普通じゃねえな」
「リュートさまぁ……///」
「カ,カッコイイ……///」
「……おい、さっきから女どもがイっちまってるんだが」
「気にするな。あのリュートを見たら仕方がない」
「男も混ざってんぞ……」
「「「・・・・」」」
「き、気にしないほうがいいぜ」
「……そうだな」
この後、ギルド内の女冒険者たちの間で、「リュート愛団」なるものが秘密に作られたらしい。その中になぜか数人ほど、男も混ざっていたという……。
***
「さてと。オーガの集落は東の森の奥にあり、か……。そんなに強いなら、気配が大きいと思うんだけどなあ」
現在リュートは王国から東にいった深い森の中を歩き回っている。オーガを探し始めて既に1時間が経とうとしている。しかし、オーガの気配が全く感じられないのだ。これにはリュートも首をひねる。
「おかしいな。もしかして、もう他の誰かに倒された、とかかな?それに……」
他にも疑問はある。
森に入って1時間ほどたつが、オーガだけでなく、他の魔獣さえも見当たらないのだ。これだけ歩けば、少なくとも1,2回は襲われてもいいはずである。
そんな時、リュートはある事に気づいた。
「あれ?あそこに見えるのは……煙?それも一つじゃない」
すぐさま魔力で感知してみると、煙の上がっている方角には多くの人間がいた。人間だけではない、複数の魔獣もいる。どうやら戦闘中のようだ。
「ん~~。とりあえず、様子を見に行ってみよう。異変の原因がわかるかも」
リュートは限界まで気配を消し、身軽な動きで木の枝を移り渡っていく。彼のスピードをもってすれば、たった10秒程でたどり着いてしまった。そこはおおきなスペースのある場所で、かなりの広さだ。
「あれは……騎士?多いな。軽く30人は超えてるよ」
木の上から隠れて見てみると、何やら騎士のような格好の人間が、オーガの群れと戦っているようだ。
「もしかして、アレが僕の依頼の集落かな?だとしたら、どこかにジェネラルオーガがいるかも」
オーガの数はおよそ20。騎士風の男たちは見事な連携でオーガを倒しており。一切攻撃を食らっていない。オーガ側には統括役のジェネラルオーガがいないことで、うまく戦えず、ただ混乱し、衝動的に攻撃を行なっているのみだ。
オーガ1体に2~3人であたり、ヒット&ウェイの戦法で代わる代わる攻撃を仕掛けている。
すべてのオーガを倒しきるのにそう時間はかからず、リュートが来てから10分ほどで、オーガの集落は壊滅した。
その後、騎士風の男たちは死体から肉をそぎ取り、やがてその場を離れた。
彼らの姿が見えなくなった頃、リュートは凄惨な現場へと降り立つ。
「なんだったんだろ、あの人たち。というか、僕の依頼が……」
若干落ち込み気味のリュートだが、辺りを見回すと、何か光るものが目に入った。
「なんだろ、これ。水晶?」
手に取ってみると、それは手に乗るサイズの黒い水晶のようなものだった。どうやら、先ほどの騎士たちが落としていったものらしい。
とりあえずリュートは、先ほど騎士たちが歩いて行った方へと向かう。追跡することにしたのだ。
しかし、いざ付いて行ってみれば、彼らは一斉に消えた。リュートが魔力を感知していると、急に感じられなくなったのだ。
リュートはこの感じを、魔力による歪みを知っている。
「あれは……転移魔法だね。まさか、人間で転移魔法を使える人がいたのかな?いやでも、さっきの人たちからは転移できるほどの魔力が感じられなかった。となると……」
リュートは手に持っている黒い水晶を見る。探ってみると、この水晶からは大きな魔力を感じる。
リュートは確信する。これは、転移魔法が組み込まれた魔道具なのだと。
「そうと分かれば、行くっきゃないよね!」
ワクワクしているリュート。彼の興味心を刺激したらしく、どうやら付いていくことを決めたらしい。仮面の奥では、おそらく彼の目はキラキラと輝いているに違いない。
「漫画だと、こういうのって地面にぶつければいいんだよね。まあ、やってみようかな」
躊躇なく水晶を地面にぶつけ、割ってしまう。すると、リュートの考え通り、地面からは青く光る魔法陣が現れる。
「いやあ、ワクワクするなぁ。そうだ、気配は完全に消しておかないとね」
誰ともなく呟き、光が消えると共に、リュートはその場から消えた。
二日連続の投稿です。
内容にえ?と思う方もいるかもしれませんが、どうかご容赦ください。
感想等、お待ちしています!




