バカと戦います
お待たせして申し訳ありません(汗
空は晴天。
雲ひとつなく、非常に心が癒されるであろうその日、リュートは非常に疲れていた。
表面は仮面のお蔭で感じられることはないだろうが、彼の心の中は、例えるなら、ジメジメとした雨の日ように暗くなっていた。
「はあ……何でこんな事になったんだろう……?」
ここはギルドの裏にある修練場であり、その中心でリュートとバッカスがお互いに対峙している。小さな闘技場のような造りで、周りは観客席で囲まれている。
もともとここで訓練をしていた冒険者たちも野次馬として観戦しており、そこら中でどちらが勝つか、などと賭けを行なっている。
「オイ!こっちは準備オッケイだ!いつでも戦えるぜぇっ!!」
「……要は、力を示せばいいんですよね?なら、圧倒的な勝利を収めてあげますよ」
「……っは?くくっ、な、何を言い出すかと思えば!てめえ、まさか俺様に勝てるとでも思ってんのかよ!?寝言は寝て言えよな!」
腹を抱え、大きな声で笑い出すバッカス。自分が負けることなど微塵も思っていないようだ。
右手には大きなバトルアックスを持っており、バッカスの体格で振り下ろされたら、普通の人なら一溜りもなく潰されるか、体をカチ割られるだろう。
(ああ、めんどくさい。怒りを通り越して、本当にめんどくさい……さっさと終わらせよう)
付き合いきれないとばかりにため息をつくリュート。今回は武器である大太刀は使わない。圧倒的に勝つと宣言したため、素手でバトルアックスに挑むのだ。
その旨をバッカスに伝えると、笑い声が一際大きくなった。今度は観客席からも笑いが起こる。
いくらなんでも、素手で勝てるとは思わないのだろう。
お互いの準備が完了し、いよいよ決闘をはじめようかとした時、バッカスがリュートにある指摘をした。
「おいおい、てめえ、なんだよその仮面は!?」
バッカスが指をさしてきたのは、リュートの顔半分を被っている銀の仮面だ。なぜ指摘されたのかがわからないリュートは、首をかしげて素直に問う。
「仮面はただ気に入っているからつけているだけですが、それが何か?」
「何かじゃねえよ!男と男の決闘に、顔を隠して挑むなんざ失礼だとは思わねえのか!?」
何が男と男の決闘なのか。ただ言いがかりをつけてきただけの相手に、心の底から呆れるリュート。
「それとも、人様に見せられねえ程ひどい顔だってか!?」
またもや笑うバッカス。先ほどから、こいつは相手をイラつかせる天才かもしれないと思い始めるリュート。
これまでの流れから、リュートが言い返しても、何かといちゃもんをつけてくることは明白である。そのため、諦めとイラつきの表情を隠しながら、リュートは仮面を外す。
ここにいる皆、その話題には大きな興味を持っていたようだ。リュートが素顔でギルドに来たのはわずか数回のみ。彼と会う機会の無かった者たちは多いのだ。そのため、仮面をつけたおかしな、それでいてとんでもない強さを持つ冒険者の素顔に、興味心身といった様子である。
左手で前髪を少し持ち上げ、右手で仮面を取るリュート。
そこから現れたのは、天使、とでも言えそうな、美を超越した青年だった。
「「「「「「「「「「・・・・・・」」」」」」」」」」
この場にいる誰一人として、あまりの衝撃に声を出すことができない。皆、顔を朱に染め、ただただ、一人の青年に見惚れている。
「やっぱり仮面がないほうが見晴らしがいいなぁ」
そう言って「ふうっ」と男にしては悩ましげな息をつきつつ、顔を左右に振る。その時リュートの銀の髪が共に右に左になびき、日光に反射して幻想的な輝きを発する。
たったこれだけの行動に、老若男女問わず本能が引き込まれるほどの美しさがあった。
「……えっと」
「あれ?ワタシ、天使でも見てるのかな?」
「んなわけねえだろ……」
「なあ、あいつって男だよな……?」
「当たり前でしょ……たぶん……」
「えぇぇ……あれえ?」
「なんか、リュートのまわりが光ってるように見えんだけど……」
「あなたもなの?」
「俺もだ」
「キレイ……」
「なんて神々しいの……?」
困惑中の観客たち。この光景はリュートにとっては見慣れたものであるため、特に言う事はない。そう思ってバッカスの方へと振り向くが、当のバッカスも固まっていた。
「……っは!?な、なんだよてめえ!その顔は!?」
リュートが自分の方を見ていることに気づき、慌てて声を出す。しかし、その声は震えているため、動揺しまくりなのが丸分かりである。
「なんだと言われても、これが僕ですよ」
当たり前のことを聞かれ、呆れを見せるリュート。仮面はないため、表情がよく分かる。
「これでもう文句はないでしょう?だったら、早く始めましょうよ。僕は早く依頼を受けたいんですよ」
「お、おお!いいぜ、その綺麗な顔をグチャグチャにしてやるよ!!」
いまだ動揺は消えてはいないものの、バトルアックスを握り締め、戦闘準備を終わらせるバッカス。二人の様子を見た審判役の受付嬢は、顔を赤くしながらも右手を真っ直ぐに上げ、最終確認を行う。
「それでは二人とも、準備はいいですね?」
「おう!」
「大丈夫です」
「それでは……スターートですっ!!」
勢い良く右手を振り下ろし、開始の合図を告げる。
開始したものの、両者、一歩もその場から動かない。様子見なのだろうか。
「へへっ。先攻はそっちでいいぜ!」
余裕の表情で左手の手のひらを上に向け、クイクイと指を折って挑発するバッカス。しかし、リュートはそれを無視し、逆にバッカスを挑発してきた。
「そっちが先でいいですよ。一応、僕は圧勝すると宣言しているので。それとも、先に動いてやられるのが怖いんですか?大丈夫ですよ、僕の方がランクは上なので、負けても恥じゃないんですから」
珍しく毒舌なリュート。やはり、家族を侮辱されたことが頭にきているらしい。そして、こちらはやはりというかなんというか、簡単に挑発に乗ってしまうバッカス。
「てめえ……絶対に許さねえ!泣いて謝っても許さねえぞ!!」
「それ、やられるやつが言うセリフだよね」
「んだとコラぁぁア!!??」
やはり見た目通りの脳筋らしく、これほど簡単に挑発に乗るとはリュートも思っていなかった。しかし、バッカスの体中から闘気ともいえる気迫が溢れだす。どうやら、それなりに実力があるのは確からしい。
「ウオッ!?」
「なんだよ、バッカスとかいう奴、普通に強そうじゃん!」
「こりゃあ、もしかすんのかね?」
周囲からも驚きの声が上がる。
バッカスは腰を落とし、まるでバネのように突き進んでくる。瞬発力がいいらしく、これにはリュートも驚いた。しかし、それでもリュートには関係ない。
「たしかに速いけど、それじゃあ攻撃場所を教えているようなものだよ」
軽くステップを踏み、左側へと躱すリュート。そこで、さらにリュートを驚かせる出来事が起こった。
「へッ、甘いんだよ!!」
躱され、攻撃の対象を失ったバッカスだが、リュートが元いた場所で強引に方向転換し、またもやリュートへと追いすがってきたのだ。
これほどの急激なカットは、下手をすれば足を壊してしまう。それを難なくこなしたバッカスは、ただの脳筋ではないだろう。
リュートは一瞬、驚きに目を見張るが、すぐに元の表情へと戻り、その場に足を止める。
「なんだぁ!?もう諦めたのかよ!!」
これを好機と見たのか、バッカスはもう一度踏み込みを行い、さらに加速する。その目はこれから起こることへの期待にギラギラと光っており、少し暴走しているようにも見える。
「その綺麗な顔を、真っ二つにしてやんよ!!『ちょ、ちょっと!バッカ』オラァアぁアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
審判の制止の声も聞こえていないようで、そのまま上段からバトルアックスを振り下ろすバッカス。対して、リュートは反撃どころか、まったく動きを見せない。ただ、振り下ろされた巨大な戦斧を見ているだけだ。
「ちょ、何やってんだアイツはああああ!?」
「キャアアアッ!?」
「おい、はやく避けろって!!」
何もしないリュートに、悲鳴をあげる観客の野次馬たち。この後の光景が想像できているのか、顔を青くするもの、両手で目を覆うもの等もいる。
(とった!!)
バッカスは勝利を確信した。未だにリュートは何もしておらず、今から何かしようとしても、間に合わないだろう。
やっぱりこいつは弱いんだ
やっぱり俺様が最強なんだ
俺様こそがSランクにふさわしいんだ
軽い自己陶酔気分のバッカスは、しかし気迫は本物であり、気合と共に一気に気に食わない奴をぶった切る。
しかし、バッカスは思っていた感触・衝撃がこないことを訝しく思った。確かに自分は切ったはず。しかし、手応えが全くないのだ。それどころか、最後まで振り切れていないことに気づく。
「なんだ?どうしたっってんだ……!?」
バッカスの視界には、無傷なリュートが映った。それも、右手の人差し指と中指でバトルアックスの刃を挟んだ状態でだ。
「……はあ!?」
「「「「「「・・・・・・」」」」」」」
バッカスも観客も、同じ状態になっている。目が点になり、開いた口がふさがらないようだ。一言でまとめると、全員間抜けづらを晒しているのだ。
先ほどバッカスが放った渾身の一撃は、恵まれた足のバネによる加速と子供ほどの大きさのある巨大なバトルアックス、そして、彼自身の巨大な体・丸太のような腕から放たれたものだった。
その威力は計り知れず、分かることと言えば、まともに受ければタダではすまないということだけだ。
その一撃を、リュートはいとも簡単に止めてしまった。それも、ただ止めたのではない。たった二本の指で、まるで何事も無かったかのように止めたのだ。
「……はッ!?て、てめえ!一体何しやがった!!」
「何って、ただ止めただけですけど?」
「てめえみてえなのが止められるわけねえだろうが!」
「それより、もっと力を込めてくださいよ。これじゃあ拍子抜けです」
「んなッ!?てててめめええええええええええ!!」
またもや挑発してくるリュート。渾身の一撃をあっさり止められたことで、精神的におかしくなっていたのだろう、バッカスは完全にキレてしまった。
「ぅぅううおおおおおおおおアぁアァア!!!」
顔や腕には血管が浮き出ており、少し赤黒くなっている。鬼の形相からバッカスが全力であることがはっきりわかる。
しかし、それでもやはり、リュートは微動だにしない。涼しい顔で、全く力を入れていないように見える。それが、徐々にバッカスに恐怖を抱かせ始める。
そのとき、リュートはバッカスに、トドメの一言を言った。
「……この程度ですか?」
首をかしげ、かすかに微笑を見せるリュート。彼の微笑は本来、天使とまで言われるほどの美しさをもつ。しかし、今の状況でのリュートの微笑は、バッカスにとっては死神にでも見えたのかもしれない。
「うがああああああああああああああああッ!!!!」
ついに発狂してしまったバッカス。
リュートは一瞬、右手に力を込める。その瞬間、指で挟んでいた刃が簡単に破壊されてしまう。そして素早く左足で回し蹴りを放ち、バッカスの巨大なバトルアックスを完全に粉砕した。
真下へと全力を込めていたバッカスは、そのまま力に流され、体が下へと傾いてしまう。
「これで終わりです」
リュートはバッカスの後方へと飛び、右手に魔力を集中させてぎりぎりまで引き絞る。そして、バッカスが地面に付きそうになる瞬間、息を「フッ」とはき、真っ直ぐ背中へと掌底を放つ。
「ゴハぁアッ!?」
衝撃はバッカスの体を通り、地面へと伝う。そのまま彼らの真下の地面は陥没し、隕石が落ちたかのようなクレーターができる。
バッカスはすでに気絶しており、武器も完全に破壊している。
リュートの圧勝で、バカの勘違いによる決闘は終わりを迎えた。
今回、少しリュートが怒っていました。リュートの家族をバカにすると、とても怒ってしまうリュートでした。
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