バカが絡んで来ました
「今日はBランクの依頼を受けてみようかな~」
リュートは今日も、ギルドへと向かっていた。この日は誰も連れてはいないため、気兼ねなく高ランクの依頼を受けられるのだ。
ギルドへと到着し、大きな扉を開けて中へと入る。
しかし、中の様子がいつもとちがった。いつもより騒がしいうえに、人も多い気がするのだ。彼らは皆、リュートを見ながらヒソヒソと話をしている。
(なんだ?僕になにかついているのかな?)
などとおかしくは思いつつも、リュートは依頼板へと向かう。向かったのはやはり、Bランクの依頼書が貼ってある場所だ。
「や、やっぱりランクが上がったのか!?」
「ていうかBランクだと!?上がりすぎじゃねえのか!?」
「いや、あいつが大会のとき通りの実力なら、あながち間違いじゃねえかも……」
「ありえねえ……あいつなにものなんだ?」
その途端に一気に騒がしくなるギルド内。リュートのランクアップというのが、これほどまでに広がっていたのだ。
事実、FランクからBランクへの昇級など前代未聞である。
自分が話の中心だと知ったリュートは、メンドクサイと思いながらも依頼を選んでいる。やがて、ひとつの依頼書に目がとまった。
『オーガの集落の壊滅:Bランク 報酬:金貨10枚』
オーガとは、人間の二倍ほどの大きさを持つ鬼のような魔獣だ。丸太を片手で握りつぶすほどの筋力を持ち、俊敏性もそれなりにある。肉が好物であるため、度々村に現れては人を襲って喰らうため、恐れられているのだ。
しかし、知能は低いため単体ではDランクであるが、群れをつくると一気にBランクへと跳ね上がる。基本的に1体で行動しているため、群れができるのは統括できるもの、すなわちジェネラルオーガいる可能性が高いのだ。
ジェネラルオーガはオーガに比べてすべての能力が高く、知能も高い。武器も操れるため、危険な魔獣として認識されている。
「ジェネラルオーガか……戦ったことがないし、これにしようかな?」
受ける依頼を決めたリュートは、依頼書をはがして受付へと向かう。今日はミーナは見当たらないため、カナへと渡す。
「おはよう、カナさん。久しぶりだね」
「おはよ~う!ランクアップおめでとー!すごいねえ、スピード出世だ!」
「あはは、今日はこれに行ってくるよ」
挨拶を交わし、リュートは依頼書を渡す。渡されたカナは、目を見開いて驚く。
「こ、これを受けるの?リュートくん」
「もちろん受けるよ。それがどうかした?」
「だってこれ、普通はパーティーで受けるような依頼だよ?リュートくんはソロだから、これはちょっと厳しいんじゃ……」
高ランクの依頼となると、多くはパーティーで受ける冒険者が多い。討伐ランクがグン、と上がるため、ソロでは厳しいからだ。さらに、リュートが受けようとしているのはジェネラルオーガが率いている可能性のある集落である。普通は一人で受けることはないのだ。
しかし、リュートはいつもの仮面付きの笑顔で言い切る。
「大丈夫。僕一人でも達成できるよ!」
それは揺るぎない自信からくる言葉だった。リュートは考えを変えないだろうと悟ったカナは、溜息を一つ吐き、諦めて依頼に印を押した。
「でも、気をつけてね?何があるかわからないんだから」
「心配してくれてありがとう、カナさん。大丈夫だよ」
心配そうな表情のカナに、礼を言ってギルドを出ようとするリュート。しかし、それを遮る者たちがいた。
大柄な男が3人。いずれも筋肉をこれみよがしに見せていて、正直、暑苦しいというのがリュートの気持ちだ。
3人はニヤニヤと笑いながら、リュートに話しかけてきた。
「よう、お前、Bランクになったんだって?どんな汚い手を使ったんだ?」
「……は?」
「は?じゃねえよ。お前みてえなチビで弱そうな男が、Bランクなんてなれるわけねえだろ!なにか卑怯な手を使ったに決まってんだろうが!」
「…………はぁ」
何を言っているのだろうか。リュートにはこの男が話している言葉の意味がわからない。しかし、両側にいる男たちも真ん中の男の言葉に同意見なようで、ニヤニヤしたまま何も言ってこない。
「おい、あいつ誰だ?」
「なんか、一昨日この国に来たばっかの余所者らしいぞ。たしか、剛拳のバッカスとか言ってたな、自称だけど」
「聞いたことねえな……。あいつ、ランクは?」
「Cって言ってたわよ?」
「マジかよ!意外と高えのな、あいつ」
「他の二人は?」
「さあ?」
周囲が聞こえるか聞こえないかの声量で話している。しかし、五感が異常なリュートにはバッチリ聞こえていた。
(なるほど。でも、Cランクであれって、大丈夫なのかな?とてもそうは見えないけど)
3人は見た感じ、馬鹿っぽいというのがしっくりくる。ただの脳筋のような気がするのだ。
「俺様はCランクのバッカスだ!剛拳のバッカス、覚えといて損はねえぜ?」
「それで、その剛拳のバッカスさんは、なんで僕が卑怯な手でランクが上がったと思うんですか?普通に実力という考えはないんですか?」
「さっきも言っただろうが!てめえみてえなのがBランクになれるんなら、俺様はSランクにだってなれるぜ!」
「さあ、さっさとはきな!」
他の二人は名乗ってこないので、モブ1、モブ2と呼ぶことにしたリュート。面倒くささの表れである名付けだ。
バッカスとモブ2が話せと言ってくるが、リュートは実力でなったのだ。二人の言い分は明らかに言いがかりなため、ため息しか出てこない。
リュートが何度も卑怯な手など使っていないと訴えるが、バッカスら3人は自分たちが正しいとでも言うかのように、取り合おうとはしない。
「なあ、あいつらってこないだの大会を見てないのかな?」
「そうなんじゃない?じゃなきゃ、あんな大口叩けるわけないって」
「それもそうだな」
周囲はすでに野次馬として見ているだけだ。助けはないらしい。
しかし、そこでリュートにとっては女神ともいえる助けが来た。
「は~い、そこまで!そこの大きなおじさんたち、リュートくんは、ちゃ~んと実力を証明してBランクになったんだよ。あなたたちが言ってるような事実は一切ないから!」
受付嬢として先ほどリュートと会話をしていたカナであった。騒ぎを聞きつけたカナは、人垣をこえてリュートの加勢に来てくれたのだ。
「あん?そうか……ここのギルドは基準がユルいんだな!」
「そうっすよ、アニキ!こんなモヤシがBなんてありえねえっすからね!」
「モヤ……!?」
モヤシと言われて少しショックを受けたリュートだが、周囲は完全に呆れている。ここはシュベリア王国のギルドだ。生半可な選定基準ではやっていけない所なのである。
カナも、3人のあまりの間抜けっぷりに、ため息を吐くことしかできない。
「よう嬢ちゃん。俺と付き合わないかい?俺様はいずれ、Sランクになる男だからな!」
ガハハと笑うバッカス。リュートからすれば、今のバッカスがいずれSランクになれるような男には見えない。強者特有の雰囲気も感じられないのだ。
(この人、いろいろ大丈夫なのかな?)
思わず心配したくなるレベルの三人は、ふと思いついたかのようにリュートに話し始めた。
「そうだ!いいこと考えたぜ!おい、モヤシ!てめえ、これから俺様と勝負しな!」
「……は?」
「てめえがBランクにふさわしくねえってことを、周囲に認めさせてやんよ!それとも、自分の弱さが露見するのが怖いのか?」
挑発のつもりだろうか?だとしたら、低レベルにも程がある。
話を聞く意味がないと考えたリュートは、きっぱり断ってさっさと依頼をはじめようと考えた。しかし、バッカスがある一言を言い放った。
「そう言えば、てめえ昨日、めちゃくちゃかわいいガキ連れてたよな?しかも奴隷の。俺が勝ったら、そのガキは俺たちがもらうぜ。代わりに、こっちは俺様愛用の魔剣をくれてやるよ」
そう言って、バッカスは腰から2対の双剣をとり、周囲に見せつけるように掲げた。
「まじかよ!?」
「あれ、本物か?」
「え゛、あいつって本当に強いのか?」
周囲が騒ぎ出す。
魔剣とは、剣を作る際に特殊な素材と方法で魔力をのせた剣であり、強力な効果を得られるのだ。
魔力の上昇や属性魔法が放てる剣など、得られる効果は鍛治師と素材次第で変わる。しかし、魔剣を作れる鍛冶師は圧倒的に少ないため、魔剣は希少であり値段も普通の剣とは比べ物にならない程に高い。そのため、魔剣を持っているだけでステータスとなる。
バッカスが見せたのは、間違いなく本物の魔剣であるとリュートは思った。感じ取れる魔力がかなり高いのだ。よほど腕のいい鍛冶師が作ったのだろう。
しかし、今のリュートにとって、そんなことはどうでもいい。バッカスは、リュートに言ってはならないことを笑いながら言い放ったのだ。
「カレンを、もらうって?」
殺気さえ含まれていそうな声で、リュートは一言返す。
リュートは「家族」というものに異常に反応してしまう。彼の前世での生い立ち故に、「家族」を心底大事に思っているのだ。
そんなリュートの「家族」をバッカスが勝負の景品としてよこせと言ってきた。まるで、カレンがただの物であるかのように。
「あなた、ふざけてるんですか?カレンは僕の大切な家族ですよ?差し出せと言われて、差し出すわけないじゃないですか」
声音は静かに、しかし、怒りに燃えた声で否定するリュート。そんなリュートに、バッカスは大笑いして再度、言い放つ。
「ガッハッハッ!てめえ、奴隷が家族だと?なら、俺様に勝てばいいじゃねえか!それとも、やっぱり負けて取られるのが怖いのか?ああっ!?」
「っ!?いいでしょう。その挑戦、受けてやりますよ」
「へっ。それでいいんだよ。そんじゃあ、俺様についてきな。裏の練習場でやろうぜ」
ここまで言われて黙っていられるはずもないリュートは、バッカスの挑発に乗ってしまう。これに慌てるのはカナだ。
「ちょ、リュートくん!?いいの!?」
「大丈夫。あんな人に負けるわけないよ」
絶対的な自信と闘志を秘めて、リュートはバッカスら3人の後ろへ続く。
「どうする……?」
「もちろん見に行くぜ!」
「そうだな!あのバッカスとかいう野郎、とんでもなくムカつくやつだ!」
「ああ、ぜひともリュートには、奴をぶちかまして欲しいな」
周囲で喧騒の様子を見ていた冒険者たちは、バッカスにイラついたらしい。リュートによってボコボコにされることを願って、そして、半分暇つぶしの野次馬としてついて行く。
しかし、カナやその他の受付嬢たちは仕事であるため、持ち場を離れるわけにはいかない。なんともモヤモヤした気持ちの彼女らは、ジャンケンで一人が残る、ということにしたのだ。
どのみち、この時間帯、本来依頼を受けに来る冒険者は皆無に等しいのだ。ギルド内も閑散とした様子であるため、一人で対処可能と判断したのである。
「じゃあ、いくよ~!じゃ~んけ~ん」
「「「「ぽんっ!」」」」
4人のうち、グーが3人。チョキが1人。見事に一回できまってしまった。そして、居残りが決定したものは
「なんでよ~~~~っ!?」
カナだった。目に涙をいっぱいためて、本気で悔しがっている。
「じゃあね~!」
「お仕事、がんばってねぇ!」
「あなたの分まで、しっかり見てきてあげるから!」
3人はニヤニヤと、カナからすればムカつくような笑みでカナによろしく言い、急いで集団に追いつく。
ギルド内には、カナ一人がぽつんと残っていた。
はい、出ましたバカが。 次回はリュートvsバッカスです。
お楽しみに!




