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依頼を受けます

一階へ降りたリュートは、カレンを連れて依頼板へ向かう。今度こそ、依頼を受けるつもりだ。


「ん~と。どれを受けようかな?カレンも連れて行くから簡単なやつがいいけど、ランクも上がったし、EかDくらいを受けてもいいかな?」


悩むリュート。普段なら早速Bランクを、というところだが、今日はカレンを伴うのだ。慎重に選ばなければならない。


(カレンは戦闘訓練を受けているから、そっち系の依頼でもいいかな?)


「よしカレン。この依頼を受けよう」


そう言ってリュートが取ったのは、ファンタジーの定番、「ゴブリン20体の討伐」だ。ゴブリンは魔獣たちの間でも最弱の部類に入る。そのため、今のカレンでも討伐することは可能だろう。


依頼書を持って受付まで向かう。そこにはすでに戻っていたミーナがいたため、彼女に依頼書を渡した。


「ミーナさん、これ行ってくるよ」

「わかりました。Eランクの依頼・『ゴブリン20体の討伐』ですね。お気をつけて」


最後の一言は、カレンを見ながらのものだった。その視線の意味を理解したリュートは、笑顔で「もちろん!」とうなづいた。


「行こう、カレン」

「うん!」


二人はギルドを出て、王都外へと向かう。二人が去ったあと、ギルド内で彼らへと注目していた数人がひそひそと話を始める。


「おい、あいつ、ギルド長室から帰ってきたと思ったら、ランクが上がったとか言ってたぞ」

「ああ、あいつってまだFランクだったんだな……」

「何ランクになったのかな?」


この疑問がすぐさまギルド内にいる者たち全員に広がり、リュートの知らぬところで大きく広がっていくのだが、この時のリュートには知る由もなかった。





 ***


リュートとカレンは王都外へと出ていた。カレンはまるでピクニックにでも行くかのような、楽しそうな雰囲気を感じる。外へ出たのがよほど嬉しいのだろう。


だが、これから行うのは命を奪う行為である。カレンにはかわいそうだが、この世界で生きていくためには、少しは経験しておいたほうがいい。


「カレン、今からするのは獲物を殺すということだってわかってる?ゴブリン相手とはいえ、油断は禁物だよ」


その一言を聞いた瞬間、カレンの表情は真面目になった。


「わかってる。ボクも頑張るって決めたんだ。だから、大丈夫だよ!」


決意を秘めた真剣な目でリュートを見上げる。その目は本物だと悟ったリュートは、安心したとばかりに笑顔を見せる。


「そっか、じゃあ急ごう。夕方までには帰りたいからね」

「は~い!」


早速近くの森へと入り、目的の魔獣であるゴブリンを探し始める。ゴブリンは基本的に群れで生活する魔獣なので、1体でも見つければ、他にも数体は見つけられるはずである。


「カレン、気配を探るのも訓練の一つだよ。周囲を常に警戒しておくんだ」

「わかった!」


カレンは狼の獣人であるため、もともと周囲の気配を察知するのは常人よりも優れているはずだ。おそらくすぐに感じ取れるようになるだろう。


二人は森の中を進み、ゴブリンを探し続ける。カレンが前で気配を察知し、リュートが後ろで見守りながらも同じように気配を察知する形だ。


その時、リュートは11時の方向から気配を感じ取った。数は9。魔力や大きさから考えて、おそらく目当てのゴブリンだろう。


(さて、カレンははたして察知できるかな?)


リュートはカレンを見る。耳が頻繁に動いているが、まだ警戒中のようだ。


ゴブリンたちと思われる集団は、徐々にこちらへ近づいてくる。そろそろ時間切れかと思い始めた時、カレンがいきなりリュートの方へと顔を向けた。


「お兄ちゃん……あっちに何かいる。えと、5体……くらい?」


リュートの予想通り、カレンは確実ではないが、気配を感じ取れたようだ。


「方角はあってるけど、惜しいね。数は9体だよ」


少し残念がっているが、こんなに早く感じ取れただけでもすごいことである。十分誇っていいだろう。


そのことを伝えると、カレンは元気を取り戻したようだ。


「じゃあ、いくよ?イレーナたちに教わったことを思い出すんだ」

「うん……えと、多対一のときは、なるべく奇襲がいいだっけ。それで、私は足を動かして、と」

「そう、カレンは双剣だから、足はなるべく止めないでね。あ、安心していいよ。僕も援護するし、危なくなったら介入するから」


その言葉は、カレンに安心感を与えてくれた。リュートが大丈夫と言うと、本当に大丈夫な気になってくるのだ。


「じゃあ、いくね!」


カレンはすぐさま素早く地面を蹴り、ゴブリンたちに気づかれないように背後へとまわる。まったく足音がしないのは、本人の資質なのか指導の賜物なのかは分からないが、見事なものだった。


カレンの胸は先ほどから周囲に聞こえるのではと思えるほど多く脈打っている。無理もない。カレンはこれまで命を奪ったことなどないのだから。


(でも、やらないと!)


不安はなく、あるのはリュートに対する信頼のみだ。リュートの声には、それだけの魅力を感じた。


無言で地を駆け、素早くゴブリンの後ろへたどり着くカレン。すぐさま右手の双剣を横に降り、ゴブリンの首を跳ねる。


「ギイイッ!?」


そこでようやくカレンの存在に気づいたゴブリンは、仲間が殺されたことに動揺する。


「うう……」


しかし、動揺したのはカレンも同じだった。首を跳ねる瞬間の生々しい感触や、血が飛び散る光景。初めての「殺し」というものに、思考が数秒ほど停止してしまったのだ。


「カレンッ!!」

「ッ!?」


リュートの呼び声で思考が再開し、目の前のゴブリンがやられているところを見た。カレンが数秒止まっている間に、先に仕掛けてきたのだ。しかし、リュートの援護射撃によってやられてしまった。


「ギィィィッ!」

「ギイイイギィ!!」

「ギィッ!」


ここでゴブリンたちも警戒し始めた。その程度の知能はあるらしい。カレンを取り囲み、逃げ場をなくそうとする。


しかしカレンは慌てない。未だに手に感触は残っているものの、今はこれを乗り切るのが先だと本能で判断しているのだ。なにより、後方でリュートが守ってくれる。その事実がカレンを落ち着かせてくれた。


「足を止めちゃダメ!全体を意識する!敵が一度に襲ってくる数には限界がある!」


声に出してやるべきことを再確認し、再び攻勢に出る。


「やああっ!」


まずは目の前にいるゴブリン。素早く動き、その速さに呆気にとられているところを斬り捨てる。後ろから殴りかかってくるが、カレンはすぐに移動して躱し、両手で一度に2体を斬る。


「「ギィ・・・?」」


どうやら自分たちが斬られたことに気づかなかったのだろう。間抜けな声を出しながら、斬られた2体は地に倒れた。


(あと、4体!)


言われたとおり足を止めず、カレンは次の標的を定める。ここまでくれば、カレンは敵う相手じゃないことに気づいたため、残りの4体は逃げようとするが、リュートの魔法が目の前に落ち、逃げ切れないことを悟らせる。


その足を止めた瞬間を見逃さず、カレンはすぐさま1体に斬りかかる。これで残りは3体だ。


覚悟を決めたのだろう3体のゴブリンは、一斉にカレンへと襲いかかる。


奥にいた1体だけリュートが魔法で焼き、カレンは残りの2体を相手することとなった。


しかし、ここまでくればカレンは楽に対処できる。2体の殴りかかるという攻撃を素早く躱し、右足を軸にして回転しながらの横切り。これで、すべてのゴブリンを討伐したことになる。


「ハァ……ハァ……」


肩で息を切らし、その場に座り込んでしまうカレン。リュートはねぎらいの言葉をかけながら、茂みから出てくる。


「お疲れ様。どうだった?本物の戦いは」


「……なんだか、まだ信じられないや。ボクが、ちゃんと戦えたことが……」


リュートはカレンを悲惨な現場から移動させ、落ち着いた場所に下ろす。彼もまた、カレンの横に腰を下ろす。すると途端にカレンがしがみついてきた。そのことに驚くリュート。そこでリュートは、カレンの手が若干震えていることに気づいた。


「……怖かった?」

「……うん。まだ、感触が残ってるの。斬った感触が」

「……そっか」


カレンは戦闘が終わり、緊張の糸が切れたことで一気に思い出したようだ。リュートは安心した。カレンが普通の反応をとってくれたことに。


(僕は、初めて命を奪った時も何も感じなかった。これがまずいことだってのはよく分かる。だから、カレンが命を奪うことの辛さを知ってくれて良かった)


リュートは龍神補正のためか、命を奪うことになんの忌避感も感じることが無かった。最初はそのこと自体に恐怖を感じていたが、今ではそのことに慣れてしまったのだ。


自分が異常だと理解しているリュートは、カレンがやさしい心であったことに心から安堵していた。


「その気持ちを忘れちゃダメだ。これからも命を奪う機会はあるだろうね。でも、殺す、ということがどんなに辛いことなのかを絶対に忘れちゃいけない。いいね?」


「……うん!」


カレンはまだ震えてはいたが、リュートの言葉の意味を確かに感じ取り、深く胸に留めた。そんなカレンを見たリュートは仮面を取り、彼女の頭に左手を軽く乗せる。


「ふぇっ!?」


驚くカレンをよそに、リュートは精一杯の気持ちを込めて、この言葉を送る。





「お疲れ様。よく、がんばったね」




そんな、なんの変哲もない、ありきたりな言葉。


しかし、その言葉はカレンの胸に、心に、深く、確かな温もりとともに届いた。さらに、リュートはカレンの頭を撫でながら、優しい笑みを浮かべている。


父のような、兄のような愛情を感じさせる、暖かい笑み。見るものすべてを安心させてくれる、そんな、穏やかな笑だった。


それが今、カレン一人に向けられている。


そのことに気づいたカレンは、途端に顔を赤くし、しかし安心しきった顔でリュートにもたれる。すでに震えは止まっていた。


「……お兄ちゃん、少し、このままでいい?」

「……好きなだけ、もたれてなよ」


先ほどまでの戦闘がウソのような、穏やかな光景が、そこには広がっていた。木の葉の間から漏れている日の光が、優しく二人を包んでいる。



カレンの胸は、トクン、トクンと脈打っていた。それは、戦いの前とはちがった、幸せな高鳴りだった。






 ***


30分ほどがたち、二人はゴブリンの討伐部位である「耳」を削ぎはじめる。


その後は再びゴブリンを探し、見つけてはカレンが倒すの繰り返しだった。さすがに2回目ということもあり、手際が良くなってきてはいる。しかし、それでもやはり、まだまだぎこちなさはあるため、リュートはしっかり援護している。


途中途中で休憩を挟みながらだったため、すでに夕方に差し掛かり始めていた。


目標数には到達しているため、二人は帰ることにする。その道中、カレンがリュートに訪ねてきた。


「ねえ、お兄ちゃん」

「ん?なんだい?」

「今日のボクの闘い方、どうだった?」


これは、今日の反省だ。リュートは思ったことを丁寧に説明する。


「そうだね、最初にしてはなかなかよかったと思うよ。双剣での闘い方もなかなか様になってたし」


カレンは一言一句逃すまいと、真剣に聞いている。その様子に苦笑しながらも、リュートは続ける。


「気配察知が予想以上にはやく会得できていたね。あれはすごいと思うよ。でも、ここからさらに鍛えていかなきゃね。そうすれば、戦いがもっと楽になる」


カレンは褒められたことに喜びだすが、リュートは「ただし」とつける。


「途中で危ないところが何回かあったよね?これからはそういったところも気をつけないといけないよ」


注意するべきところももちろん伝える。今後はそのあたりのことも訓練させなくてはならないのだ。ウルたちにも伝えとくべきだろう。


「まあ、カレンに怪我がなくてよかった」


そう言って、またもやカレンの頭を撫でるリュート。もはや慣例化してしまった。しかし、カレンは嬉しそうであるため、やめることはない。


そろそろ王都の門につく。リュートは仮面をつけて、中へと入る。


周囲の人はギョッとしていたが、銀髪と仮面ということでだれか理解したのだろう。好奇の視線を向けながらも、すぐに普段の生活に戻る。





その後、二人はギルドへつき、証明部位を係に渡して依頼を終了する。報酬はEランクらしく、銅貨8枚と安いものだった。


しかし、繁殖能力の異常に高いゴブリンはすぐに増えるため、ゴブリンの依頼はいつでも受けられる。それほど強くもないので、この値段というのも納得である。


リュートはその報酬全てをカレンにあたえた。今回はカレンが一番頑張っていたため、当然の報酬だろう。しかし、カレンは自分は奴隷ということで渋っていたため、なんとか説き伏せて銅貨を渡した。


困ったような顔をしているが、しっぽがブンブンと振られているため、喜んでいるとみていいだろう。



屋敷へ戻る途中で、頑張ったご褒美として串焼きを数本買い、カレンが嬉しそうに食べながら帰った。



屋敷に戻ると、すでに帰っていたみんな、特に実姉であるウルが非常に心配しながら待っていた。


扉を開けたとたんにカレンに飛びついてきたほどだ。


カレンに怪我がないことを確認し、心底ホッとしたようである。


こうして、カレンは初の闘いを経験し、なんとか乗り切ってみせた。そして、リュートとカレンの絆を深める、大変実りのある一日であった。

今回はカレンの回でした。


途中、少し暗い感じになりましたが、いかがでしたか?


感想等よろしくお願いします。

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