久しぶりのギルド
「みんなは、今日は何か用事でもある?」
唐突に、リュートが聞いてきた。今は朝食の時間であり、みんなで揃って朝食を食べている頃だ。
「私は王宮に少し用事がありますわ。メアリー様も一緒に来られるようです」
「……ん」
ユスティが最初に答え、メアリーがそれに同意する。次に答えたのはターナリアだ。
「私は食材と器具を買いたいと思っています。なので、ウルを連れて行こうと思っています」
「ええっ!?あたしもかよ!?」
まさか自分も連れて行かれるとは思ってもいなかったのか、驚いた声を出すウル。その顔には、行きたくない、というのがありありと見れた。
「い・き・ま・す・よ・ね?」
「い、行きます……」
迫力を出してウルに聞くターナリア。それに対して思わず了承してしまうウル。実は、ターナリアは怒らせたらまずい相手かもしれない。
「じゃ、じゃあ、カレンとイレーナは?」
「私は少し、庭で鍛錬しようと思う。リュート殿たちの試合を見たら、自分も強くなりたいと思ったのだ」
イレーナは元軍人ということもあり、彼女たちの中では一番、リュートたちの異常さが伝わったのだろう。自分の力に磨きをかけたくなったようである。
「う~ん。ボクは特にないかなぁ?」
カレンが空中を見上げ、考え事をしながら答える。
「そっか。じゃあ、カレンは僕と一緒に冒険者ギルドに行ってみる?僕はまだFランクだし、カレンでも十分にこなせると思うよ」
「本当?ボクでもできるの?」
「もちろん!あ、でも、奴隷って冒険者に登録できるのかな?」
リュートが首をひねる。もし登録できない場合、カレンは連れて行けないのだ。しかし、元冒険者のターナリアが教えてくれた。
「奴隷は登録できませんが、主人と共に依頼を受けることは稀にですがあります。なので、カレンもご主人様と一緒ならば依頼を受けることが可能ですよ」
リュートは見たことがないが、冒険者の中には奴隷をパーティーメンバーとして連れている者もたまにいるらしい。ただし、奴隷は高額なため、よほどランクが高い者しか連れていないようだ。
(僕が行った時は、奴隷を見なかったけどな。偶然で会わなかったからとかかな?まあいいけど。カレンも嬉しそうだしね)
横目で見ると、カレンが大喜びしている。見ているこちらも嬉しくなりそうなほどだ。
「ご主人!カレンに変な虫がつかないように気をつけてくれよ!カレンはこんなに可愛いんだからな!」
ウルがカレンの頭を撫でながらリュートに注意する。確かに、カレンは見た目の愛らしさから、男に言い寄られるかもしれない。姉バカ、ここに極めり。
「もちろんだよ。カレンは僕の妹でもあるからね。カレンに近づく男は僕が潰すよ」
そして、兄バカここに極まれり。カレンに向ける笑顔は、兄としての優しさが詰まっていた。
「だから大丈夫だよ。ウルお姉ちゃん♪」
「うがぁアああっ!?そ、それやめてくれよ!!恥ずかしいだろぉぉおおっ!!」
慣れないのか、やはりリュートに「お姉ちゃん」と言われるのは恥ずかしいらしい。顔を真っ赤にし、頭を振って悶えている。
笑いが起こり、今日も賑やかに一日を迎えるリュート達であった。
***
「お兄ちゃん!すごく賑わってるね!」
「ここは王都だからね。いつもこんな感じだよ」
カレンが思いっきりはしゃいでいる。現在は商店街を通っており、周囲は人で溢れている。もちろんリュートは仮面をしているが、大会の映像を見ていたのだろう、人々は好奇の目でリュートを見てくる。しかし、素顔の時よりはずいぶんマシなため、リュートは気が楽で嬉しいのだ。
「お兄ちゃん、あれ食べてみたい!」
カレンが食べたいといったのは、屋台で売られている串焼きだ。タレの匂いがとても惹きつけられ、確かに食べたくなってくる。
「よし、それじゃあ食べよう!」
リュートも食欲に負けたのか、屋台で二本だけ買い、食べてみる。
「お、美味しい~!」
肉厚の柔らかい弾力と、甘辛なタレが非常に合い、とても美味な味を引き出している。カレンの感想に、店主も満足げだ。
端から見ると、彼らはただの仲のいい兄妹であり、とても主人と奴隷には見えないだろう。それだけ、二人は仲睦ましく見える。
やがて、二人は冒険者ギルドへとたどり着いた。リュートは大会前から一度も来ていないため、少し久しぶりな気がする。
「じゃあ、入るよ」
「うん!」
カレンに確認を取り、リュートはそれなりに大きな扉を開ける。中は相変わらず冒険者で溢れており、依頼を受けに来たもの、相談をしているもの等、人それぞれだ。
カレンは中の様子を見て、楽しそうに笑っている。
(よかった。怖くはなさそうだ。冒険者って荒くれ者が多いからなぁ)
リュートが内心ホッとしつつ、カレンを連れて依頼板を確認する。リュートは未だにFランクなため、簡単な依頼しか受けられない。今日はカレンもいるため、比較的簡単なものにしようと考えていた時だ。
「リュートさん」
後ろから声をかけられた。振り返ってみれば、声の主はギルドの人気受付嬢、ミーナだった。
「あっ、ミーナさん。久しぶり!」
「お久しぶりです。大会以来ですね。優勝おめでとうございます」
ミーナは頭を下げ、優勝祝いの言葉をくれた。驚くリュートだが、もっと驚いたのは、ミーナを見ていた周囲の男たちだ。
「あ、あいつが大会優勝者のリュートか……」
「確かに、銀髪仮面野郎だな」
「黒皇竜様ともいい闘いしてたし、一体なにものなんだ?」
「それより、俺は野郎がミーナさんと親しげなのが気に食わん」
「俺もだ」
「まったくだな」
そんな外野の声を無視し、二人は会話を続ける。
「ところでリュートさん、さっきからずっと気になってたのですが、その子はどなたですか?」
ミーナが聞いたのは、リュートの後ろに隠れているカレンのことだ。カレンは少し人見知りらしく、後ろからミーナをじっと見ている。
「この子はカレン。家を買ったから、使用人として買った奴隷の子だよ。僕の新しい家族なんだ」
そう言って、リュートはカレンの頭を撫でる。撫でられているカレンは目を細め、気持ちよさそうにしている。これが気に入ったらしい。
二人の様子を見ていたミーナは、少し安心した表情だった。
「どうしたの?ミーナさん」
「いえ、冒険者が奴隷を持つことはそんなに珍しいことではないんですが、奴隷を道具としてしか見ていない人が実は結構多いんです。でも、リュートさんは違ったので、安心したんですよ」
奴隷は主人の命令に問答無用で従わなければならない。そのため、荷物持ちや戦う際の盾として扱うものが後を絶たないという。
リュートは内心、ふざけるなというような怒りが湧いたが、ここで言っても仕方がないため、黙って聞いている。
「この子は奴隷だけど、僕にとっては家族も同然だからね。絶対にそんなことはしないよ」
力強く、笑顔で言い放ったリュートに、ミーナは笑みを向ける。
「そうでした。リュートさん、私についてきていただけませんか?」
思い出した、とでも言うかのように唐突に聞いてくるミーナ。どこに行くのかを尋ねると、
「ギルド長が面会したいとおっしゃられてるんです」
と言ってきた。ギルド長といえば、元冒険者として名を馳せていた猛者らしく、それでいて親しみやすい性格から、後輩たちから多くの支持を得ているらしい。
そんなギルド長から、一体何の用なのか。疑問に思ったリュートは、ミーナについていくことにした。
***
「ここで、ギルド長がお待ちです。どうぞ」
ミーナに促され、リュートはカレンを連れて室内へと入る。
豪華、という程でもないが、見ればいいものだろうとわかる程度には高そうな机や椅子などが置いてあった。
その中のひとつのソファーに、その男は座っていた。
すでに高齢だというのに体はがっしりしており、鋭くも暖かさを感じさせる瞳は、確かに親しみを感じさせるだろう。
全身から覇気を感じさせる男こそ、このギルドをまとめているギルド長、グアンだ。
「初めまして。君がリュート君だね?ふむ、たしかに恐ろしいほどの魔力を感じるよ」
リュートはピクリと反応する。それなりに抑えてはいるが、彼の魔力を感じるとは、やはり実力は噂に違わぬものなのだろう。しかし、表面には出さず、こちらも挨拶を返す。
「こんにちは、グアンギルド長。今回はどういった要件でしょうか?」
さっそく疑問をぶつけるリュート。だが、グアンは笑い、リュートに座るよう促す。
「まあ、座りなさい」
「……失礼します」
そう言って、リュートは対面するようにしてソファに座る。横にはカレンも一緒だ。
「それじゃあ、話を始めようか。君を呼んだのは、君のランクについてなんだ」
「ランク、ですか?」
「そうだ。君の大会での戦闘ぶりは見せてもらったよ。凄まじいとしか言い表せないものだった」
思い出しているのだろう。少し、興奮しているようにも見える。
「多くの猛者を簡単に倒し、優勝した挙句、黒皇竜様ともいい勝負をしていた。あれでFランクと言われても、普通は信じないだろう。まあ、簡単に言えば、君の実力がランクからかけ離れすぎているんだ」
そう言われたところで、リュートは次の展開が読めた。
「と、いうわけで、私としては君のランクをBまであげたいと思うんだ」
「へ?いきなりBランク、ですか?それはいくらなんでも上げすぎなんじゃ……」
リュートはせいぜい、Cランクぐらいだろうと思っていた。しかしBランクといえば、超一流といっても過言ではない。
だが、グアンは朗らかに笑い、リュートの疑問を否定する。
「まさか。君の実力なら、Aランクでもおかしくはないんだ。これでも周囲のことを考えてのことなんだよ。それに、実際に会ってみて分かった事だけど、君はまだ実力を隠しているね?」
さすがだ。彼は昔、一体どれほど強かったのか。少し気になってきたリュートである。
「その様子じゃ、当たりのようだね。まあ、それでも文句を言ってくる輩も出てくるだろうがその時は」
一言区切り、そして
「シメちゃいなさい」
「それでいいんですか!?」
とんでもないことを言う老人だ。元冒険者というのはみんなこうなのだろうか。
「いいんだよ。ランクの低い冒険者ってのは、みんな力が全てだと考えてるからね。バカが多いんだよ。ぶっちゃけて言うと」
この老人、見た目に反してかなり毒舌だ。これも経験からくるものだろうか?後ろに控えているミーナは知っていたらしく、少しも動じてはいない。
しかし、初めてであるリュートとカレンは少し怖い、と思ってしまった。
「もちろん、今のランクから地道に経験を積んでいくのでも構わないよ。それが君のタメになるかもしれないからね」
「いえ、僕はその誘いを受けようと思います。そうすれば、受けられる依頼も多くなりますからね」
「そうか。それが君の決断なんだね?」
「はい」
二人の視線が重なる。数秒ほどの間、部屋内が静寂で包まれた。先に表情を崩したのは、グアンだった。
もとの朗らかな笑みを浮かべ、グアンはリュートの決断を受ける。
「わかった。それじゃあミーナ、彼のギルドカードを更新してやりなさい」
「はい」
リュートはミーナにギルドカードを渡し、ミーナはそのまま部屋を出ていく。
「それにしても、シメるってのはやりすぎなんじゃ?」
「そうでもないよ。君の実力を感じ取れずに襲いかかってくるのは、まだまだ未熟だという証拠だからね。いい経験だと思ってくれればいいんだがね」
「ギルドでは対処はしないんですか?」
「ギルドは喧嘩には基本的に干渉しないんだよ。度が過ぎれば別だけどね」
うちは優秀な職員が多いから、そう言って笑うグアン。たしかに、ミーナも受付嬢ではあるが、大会では見事な動きで相手を失格にしていた。彼女なら、そこらの冒険者程度、それこそ一蹴できるだろう。
そんな話を続けていたら、ミーナが部屋へ戻ってきた。カードの更新が終わったらしい。
「どうぞ、リュートさん。これがBランクのカードです」
見ると、確かにカードには「B」の文字が刻まれていた。
「おめでとう、リュート君。そして、これからも頑張ってくれ。君の仕事に不幸が起こらないことを祈るよ」
「ありがとうございます。では」
リュートは二人に礼を言い、部屋を出ていった。
こうして、リュートは一気にFからBまでランクが上がることとなった。このことが冒険者たちの間で広まり、面倒ごとが起こるのに、それほど長くはなかった。
終わりました。
ギルドと書きましたが、実際に依頼を受けるのは次回からです。
次は明後日には更新できると思います。




