訓練
この日、リュートたちは以前にも来た、最東の海辺に来ていた。というのも、今日はリュートとメアリーの魔法の教え合いをするからだ。
一昨日の二人の戦いの後、みんなで戦いの録画を見た。その後、メアリーから提案があったのだ。
「リュート様、私に魔法を教えて欲しい」
「ヘっ?でも、僕は魔法を教えるとかそんなの……」
「ドラゴンの魔法を教えて欲しい。たとえできないってわかってても、そこから何か掴めるかもしれないから」
メアリーの目は真剣だ。純粋に、更なる高みへと登ることを望んでいる。
「……わかった。なら、僕にも魔法を教えて欲しいな。自分の体を影そのものに変えるやつ」
「わかった。ありがとう、リュート様」
これが、昨晩のやりとりだ。
流石に屋敷の庭でやるわけにもいかず、そのため、またこの場所に来ることになったのだ。リュートとメアリーが来るということは、王族であるユスティや奴隷であるウルたちも必然的に付いてくることとなり、結果、全員でもう一度来ることとなってしまった。
「ごめんね、みんなも来させちゃって」
「構いませんわ。リュート様たちの魔法をもう一度お目にかかれるなんて、嬉しいことですもの」
「あたしたちはあたしたちで、カレンに戦闘を教えておこうと思う。だからこっちのことは気にしなくていいぞ」
リュートの謝罪に、ユスティとウルが気にしない、というふうに笑って答える。どうやら、ウルやイレーナたちがカレンに闘いを教えるようだ。奴隷の中で唯一、戦闘技術のないカレンであるため、たしかに必要かもしれない。
そのため、リュートもメアリーとの魔法の訓練に入ることにした。
「……じゃあ、まずはリュート様に教える。そっちのほうが早そう」
メアリーが教わりたいのは、リュート以外では不可能だといえる魔法だ。逆にリュートはすべての魔法を操ることができるため、この選択は正しい。
「この魔法は、『人身変幻』の応用みたいなもの。ただし、一度魔力を属性に変えてから体中に流す。そうすることで、流れた属性に体の全てが変化する」
「あれ?てことは、すべての属性にこの魔法は存在するんだね?」
「そう。だから、すべての竜皇はこれが使える」
ここで、リュートは首を傾け、疑問を問う。
「人身変幻の応用なら、精霊王も使えるんじゃないの?それとも六皇竜だけとか?」
「精霊王はいわば、それぞれの属性の魔力集合体みたいなもの。使えても意味がない」
「ああ、なるほど」
リュートは納得する。確かに精霊は魔力そのものであるため、属性変幻の魔法状態なのだ。そのため、使う意味がないのだろう。
「じゃあ、リュート様、まずは闇の属性魔力を体に流してみて」
「わかった」
そう言って、リュートは自身の魔力を全身に流し始める。この作業、実はリュートにとっては意外と簡単なものだ。リュートは地球での知識で体の知識がこの世界の人間たちより遥かに多い。
生き物の体は「細胞」でできている。そのため、体の全てに魔力を流すということは、細胞の全てに流すということだ。そのことをイメージできれば、あとは龍神補正で魔法を発動する事が可能となる。
「あ、できたかも」
「速い!?」
やはり速くも発動できたリュートの肉体は、闇よりも濃い影となっていた。以前、メアリーがみせてくれたものと全く同じだ。
「へえ、なんか不思議な気分だね」
リュートはのんきにそう言い、今の自分の状態を楽しんでいる。やがて、影の中へと移動したり、影から影へと移ったりしている。
しかし、そんなリュートを見るメアリーの目は、驚愕に見開かれている。よほど驚いたのだろう。彼女の体は微動だにしていない。そしてそれは、二人の話を聞いていたユスティも同じだった。
「ありえませんわね……」
「うん。できるのはわかっていたけど、これほど速く、簡単にできてしまうとは思わなかった」
リュートへの魔法授業は、ものの数分で終わってしまった。しかし、リュートはこれで終わりではなかったのだ。
「そうだ、これは属性に変化できるんなら、僕は他の属性にも変幻できるんじゃない?」
そういって、今度は火の魔力を体に流し始め、「属性変幻・炎」を発動したのだ。リュートの体は影から炎そのものへと変わった。
「もうコツを掴んだの?」
「うん、やってみれば、意外と簡単だったね」
「「・・・・・・」」
驚きを通り越して呆れてしまった。今のユスティとメアリーを表現するなら、これが妥当だろう。
「……属性変幻は転移ができる。例えば、影属性なら影から影へ、水属性なら水から水へ、というふうに」
「へえ、そんなことまで出来るんだ」
しかし、リュートはすでに転移魔法を会得している。この情報は、あまり意味はないだろう。
こうしてリュートは、結果的にすべての属性に変幻することが可能だった。やはり、規格外な男である。
「さて、僕は終わったことだし、次はメアリーだね!」
その一言で、驚き呆れていたメアリーの表情が喜びに変わった。よほど、楽しみにしていたのだろう。
「まあ、メアリーには流石に擬似生命体は作れないと思うけど、それに近しいことは出来ると思うんだ。という訳で、僕が教える魔法はこれです!」
リュートは笑顔でその魔法を発動させる。これもまた、膨大な魔力でだ。
リュートは片手を真上に上げる。するとそこから黒い魔法陣が浮かび上がり、どんどん肥大化していく。そして、それらは一気に現れた。
黒い魔法陣から浮かび出たもの。それは黒い狼、黒い獅子、黒いドラゴン、黒い鳥……など。
影・闇があらゆる動物の姿を型どっている。しかし、それはリュートの七色の龍とは違い、まったく動かず、そして意志が感じられない。
『黒き世界の始まり』
これが、リュートの発動した魔法名であり、これからメアリーが教わる魔法だ。
「すごい……これが、私が教わる魔法……?」
「そうだよ。これは個人的な差が大きく出る魔法なんだ」
「どういうこと?」
「それはね――」
説明すると、この魔法には大きく分けて、二つある。それは、作り出せるものが「武器系」か「生物系」かだ。リュートは「生物系」であり、地球で多くの動物を見てきているためだろう。この世界では、生存本能の高い動物、魔獣たちは、リュートを見れば襲うか逃げるかのどちらかしかないのだ。そのため、じっくり観察できない。
つまり、作り出すものは本人の強い「イメージ」であり、数も変わってくる。リュートはやってみれば100体くらいは簡単に作れるが、ウンディーネが使ってみたら、20体が限界だった。ちなみにウンディーネは「生物系」であり、やはりとういうか、水の生き物だった。
使う本人によって、属性・系統・数がまるっきり違う、それが、この魔法なのだ。
「じゃあ、まずはイメージからだ。メアリーの一番思い浮かべやすいものをイメージしてみて」
「ん……」
こくりと頷き、目をつぶって考え始めるメアリー。しかし難しいのか、眉間に小さく可愛らしいシワが寄っている。
「簡単に考えればいいんだよ。身近な動物とか、よく使う武器とかさ」
苦笑しながらリュートが助言する。それが役に立ったのかは分からないが、メアリーは目を開け、「できた」とリュートに報告した。
「本当?じゃあ、今度は魔力を手のひらに集中して、そこにイメージしたものを流し込むようにしてみて。それが自由に動きまわるイメージが大事だね」
実を言うと、これが一番難しい。一度にイメージできる数には流石に限界があるからだ。魔法を極めた者ならある程度思考を分割して考えることができるが、それでもやはり、あまり多くはない。
しかも、それが動き出すイメージをしろという。かなり無茶を言っているのだが、ここが肝心なため、リュートは躊躇しない。
メアリーは魔力を込め、イメージし続けるが、なかなかうまくいかない。というよりも、これが普通であって、数分でできてしまうリュートが異常なので、仕方のないことなのである。
そうして頑張ること、約3時間。途中で休憩を挟んだり、カレンの訓練を見に行ったりしたが、まだメアリーは発動できていない。挫折しそうになったこともあったが、リュートとユスティで励まして再挑戦したこともあった。
そして、ついにそれは起こった。
今までどこか安定していなかったメアリーの魔力が、一瞬正常な流れになったのだ。
(……きた!)
リュートが確信し、その瞬間、メアリーの手から魔法陣が浮かび上がった。大きさはリュートのものに比べて圧倒的に小さいものの、それでも発動できたことは確かだ。
そして、現れたのは10本ほどの大きな大剣だった。形状は微妙に違うものもあるが、その全てから闇の属性を感じる。メアリーは意外にも、「武器系」のようだ。
「これは……成功?」
「成功だよ!初めはこんな感じなんだ。慣れていけば、もっと増えると思うよ」
「……本当?」
「本当!」
リュートが親指を突き立てて断言する。その姿を見て、メアリーは満面の笑顔を見せる。それは、見ていたリュートや同性のユスティでさえも魅了してしまいそうな笑顔だった。
そうやって三人で喜んでいると、突然魔法陣が消え、闇で作られた大剣たちも消えてしまった。
「あっ……。これ、維持するの難しい……」
「ははっ。そりゃあ、この魔法はかなり難しい魔法だからね。会得できただけでもすごいと思うよ」
お疲れ様、と言いながら、ついメアリーの頭を撫でてしまった。見た目が幼いため、無意識にやってしまったのだ。しかし、メアリーは目を細め、気持ちよさそうにしていたため、まあいいかと、撫でるのを続けるリュート。
しかし、その光景を見て頬を膨らませる者がいた。もちろんユスティだ。
「りゅ、リュート様!今度、私にも魔法を教えていただけませんか!?」
嫉妬からなのか、焦りからなのか。おそらくどちらでもあるのだろうユスティは、大声でリュートにお願いをする。
(ユスティも、自分の身を守れるようになっていたほうがいいかな?カレンも闘い方を習ってるくらいだし)
一瞬の思考の結果、そう判断したリュートは、ユスティのお願いを引き受けることにした。
そろそろ夕方に差し掛かるころであり、空は若干赤みを帯びてきた。そろそろ家へ帰ろう思い、ターナリアたちの元へ向かおうとした時だった。
「「きゃあああぁぁあああ!!」」
「うわぁぁぁぁああああ!?」
お待たせしました。今回はメアリーの訓練の回でした。
どうだったでしょうか?
感想、お待ちしております。




