戦いの後の団欒
補足です。
「アルカンシエル」というのは、フランス語で「空にかかるアーチ」といい、「虹」のことをいいます。
リュートとメアリーの規格外な闘いが終わった翌日、彼らは屋敷のリビングに集まっていた。
実は、メアリーがターナリアに頼んで、自前の映像魔法具で戦いの記録をしていたのだ。今日はその映像を見ることと、メアリーにとっては反省をする日である。
「それにしても、よくそんな貴重品を持ってたね」
「これは昔、友好の証しとかで当時の国王に貰った物」
そう言って自慢げにするメアリー。映像魔法具というのは、一つ作るだけでかなりの資金が必要だ。そのため、国家で管理するのが普通なのだ。
「今日は、いつもより暑いね」
そう言って前髪をかきあげるリュート。そんな何気ない仕草に、周囲の女性陣はドキッとしてしまう。
若干龍神狂の気が入っているユスティなど、初めてリュートの人としての素顔を見たときは、まさに乙女そのものの表情となり、数分間微動だにしなかったのだ。
もし、城の画家がリュートの絵を描いたとしたら、それはとんでもない額で取引されるだろう。主に女性客によって。
「そ、それじゃあ見ましょうか!映像、出しますね」
リビングに充満したおかしな空気を払拭しようと、ターナリアが声をかける。その声にハッとなる他の女性陣。
そして流れ始める、昨日の闘いの様子。
「・・・・・・」
その瞬間、メアリーは真剣な表情となり、食い入るように映像を見る。開始直後、メアリーはリュートにやられ、海へと投げ飛ばされる。
「これ、よく見えるよなぁ。あたしには全く見えなかったぞ?」
改めて思う、この二人の戦いは異常だと。それはリュート、メアリー以外の5人の共通の思いなようで、ウルの言葉に相槌をうっている。
「あれは、目だけで追っているわけじゃないからね。魔力を感知したり、気配を感じ取ったりすればできるよ?」
「……そんなに簡単にできるものじゃねえと思うんだけど」
そんな話を続けるも、映像はリュートたちのドラゴンの姿を映していた。映像からさえも伝わる二頭の存在感、そして、神とさえ感じてしまう佇まい。
「はぁ――……」
その姿に、ターナリアとイレーナが、思わず感嘆のため息をついてしまう。
「それにしても、メアリー様の攻撃をくらってもまったくのノーダメージとは……。リュート様は一体どれほどお強いのでしょうか?」
「さあ?自分でもわかんないや」
ユスティのふとした疑問に、リュートは曖昧に答える。リュートは全力を出したことがないため、自分の限界を感じたことがないのだ。
「あっ……」
メアリーの小さな驚きの声。つられて見てみると、そこには七色に輝く龍の姿が。
「これ、とんでもない魔法ですわよね。まさか、魔法で『擬似的生命体』を生み出せるなんて……」
「何度見ても、ありえんな」
ユスティとイレーナが呟く。龍達はそれぞれに動き回り、確実にメアリーを追い詰めている。強すぎる龍神に加え、新たに7体もの龍が連携をとりながら攻撃を仕掛けてくるのだ。強い、で済む問題ではないだろう。
『七つの輝きよ、空に集いて世界を照らす虹となれ!【虹龍召喚】』
映像の中のリュートが魔法を唱え、七色の龍達が一つとなる。そして現れたのは、二頭のドラゴンよりも大きな、虹色に輝く美しい龍。
画面越しに感じる魔力はメアリーに負けるとも劣らない。
その佇まいは、まるで龍神のよう。
「「「・・・・・・」」」
これには、みんなが声も出せなかった。いくら二回目とはいえ、圧倒的な存在感を醸し出す3頭のドラゴンは、普通の人間からすれば、まるで神にも等しいのだ。
「やっぱり、この魔法はとんでもないね。完全ではないけれど、僕から自立しているように見えるよ」
リュートは笑い、楽しそうに答える。やがて、龍神と黒皇竜は互いにブレスを放ち、その襲撃がユスティたちをも襲う。
その衝撃のせいだろう、映像にノイズがはしり、途切れてしまった。
無意識にも緊張感の充満していたリビングも、映像が終わったところで軽くなったようだ。皆、少しばかり額に汗をかいているようにも見える。
「そうだ、ご主人様に一つ聞きたいことがあるんですけど、よろしいですか?」
「うん?どうしたの?」
ターナリアが首をかしげ、質問をしてくる。
「ご主人様たちはドラゴンの姿の時、何かを話してますよね。あの虹色のドラゴンを生み出した時、なんて言っていたんですか?」
おそらく、虹龍召喚のための詠唱のことだろう。ドラゴンは人間とは声帯が異なるため、彼らの話は人間には理解できないのだ。
そのため、ドラゴンが人と話すときは、相手の頭の中に話しかけることが多い。すなわち念話だ。
「ああ、それはね、『七つの輝きよ、空に集いて世界を照らす虹となれ!【虹龍召喚】』って言ったんだよ。この魔法は強力すぎて、さすがに無詠唱での発動はできないんだ」
「確かに強かった。……でも、龍神のリュート様が強力すぎるって、どういうこと?」
今度はメアリーの疑問だ。龍神はあらゆる魔法を扱え、魔力も無限である。その龍神が詠唱を必要とするとは、一体どういうことなのか。
「あの魔法、【虹龍召喚】は擬似生命体だって言ったよね?それを作るには膨大な魔力が必要なんだけど、これは問題無いんだ。ただ、僕の意志から別離した存在でもある。簡単に言えば、あの虹龍は意志を持ったひとつの魔力集合体、つまり、新たな精霊王に近い存在なんだよ。さらに言うと、発動時に込めた魔力の量次第で威力も大きさも変化するんだ」
その言葉に驚くメアリーたち。魔法で精霊王を生み出すなど、ありえないことなのだから。
それは魔法体系から大きく離れた魔法だ。どれほど魔法に長けた六皇竜や精霊王たちであっても、この魔法を取得することは不可能だろう。
「……待って。リュート様、込めた魔力で変化するって言った」
「それがどうしましたの?別に、魔法ならふつうなのでは?」
「リュート様の魔力は無限……」
「「「っ!?」」」
その言葉に、ことの重大さに気づいたユスティたち。魔力無限のリュートは、普通の魔法でさえ異常な威力へと変える。それがこの「虹龍召喚」にも適用されるということは、無尽蔵の魔力によりさらに強大な龍になるということであり、黒皇竜であるメアリーを倒したとき以上になるということだ。
つまり、魔法一つにこの世界のすべての生命体が勝てないということを意味する。
下手をすれば、第二の龍神の誕生、なんてこともあるかもしれない。
ゴクリと唾を飲み込み、怖々とした表情でリュートを見るメアリーたち。しかし、当の本人はのほほんとしており、たいして気にしてないように見える。
「リュート様は、すごい人なんですね!」
最年少のカレンは、あまりわかってないようだ。ただ、リュートはすごい、ということがわかっただけである。
「・・・・・・」
「ん?どうしたんだ?ご主人」
カレンの言葉を聞き、何かを考え出すリュート。不思議に思ったのか、ウルが尋ねる。
「前から思ってたんだけど、カレンってさ」
自分の名前が!?と驚き、次の言葉をドキドキしながら待つカレン。
「なんか、まだ僕に対して堅くない?」
誰かがずっこけるような音がした。悩んでたことがそんなことなのかと、少し呆れの表情も見える。
「ボク、そんなに畏まったりしてませんよ?」
「でも、まだ敬語つかってるじゃん?確か、最初にあった時は敬語とか使ってなかったよね?」
「カレンは敬語とか苦手じゃなかったけ?」
ウルにまで言われる。カレンは顔を少し曇らせ、渋々答える。
「お姉ちゃんが言葉使いが失礼すぎるから、ボクは気を付けようとおもったんだよぅ」
「あたしのせいかっ!?」
意外な妹の告白に、目を見開いて驚く姉のウル。
「別に気にしてないって。それに、確かカレンって14歳だったよね?僕はまだ8歳だし、遠慮はいらないよ」
「「「「ええっ!?」」」」
最後の一言に驚く一同。そういえば、年は言ってなかったなぁ、と思い出すリュート。
「いや、8歳とか何の冗談だよッ!」
「てっきり、年上だと思ってました。そのルックスで二桁も越えてないって……」
「ボクよりも下なんだ……」
「本当に、リュート殿には驚かされっぱなしだな」
各々が自分の感想を言い合っている。やはり、リュートは年上として見られていたようだ。しかし、意外と受け入れ気味なのは、リュートの異常性にもはや慣れているからだろう。ただ一人、メアリーのみが通常状態だ。
「……別に、おかしくはない」
「メアリー様?」
「リュート様も竜種。私たちと同じように、成長が普通じゃないというのはありえる話。私も、200歳を超えたけど、こんなだもん……」
最後の一言は、少し悲しみが含まれていた。自分の体のことを考えていたのだろう。
「メアリーはすごく可愛らしいじゃん。そんなに自分を卑下することはないよ」
それは、リュートの心からの本音。それをいつもの超絶スマイルとともに、メアリーに伝える。言われたら普通に嬉しいであろうその言葉を、美を超越したような存在に言われたのだ。さらに、本人は狙ってしたわけではないから余計にタチが悪い。
「あうぅ……」
目の前で向けられたリュートの本音に、メアリーもK.Oされてしまった。耳まで赤く染まり、自分の長い髪をいじりながらもじもじしている。いつもの無表情はナリを潜め、俯いたその表情は嬉しそうに照れ笑いを浮かべている。
(何この可愛い生き物!?)
と心の中で悶えつつ、リュートは表には出さずに冷静に話を戻す。
「それに、メアリーの言うとおりだよ。僕は竜としては8歳だけど、人間換算で言ったら20歳くらいらしいし」
「あ、やっぱりそうなんだ。じゃあ別におかしくないな!」
ウルがホッとした様子で告げる。何をそんなに焦っていたのか疑問に思っていると、どうやら周りも同じのようだ。
「じゃ、じゃあ、その、お、お兄ちゃんって、言っていい……?」
今度はカレンがモジモジして願い出る。さすがにリュートも予想外のようで、面を食らったような顔になっている。
「あ、あのね。ボクたちって家族とかいなかったから。だから、お、お兄ちゃんとかいたらよかったのになぁって。だから、その」
話を聞くと、二人は捨て子だったようだ。二人が生まれたのは亜人差別の国だったらしく、まだ赤ん坊に近いカレンと子供のウルでは生きていくのは非常に難しかったようで、結果、生きていくため、そしてカレンを育てるために盗みを働いたのが始まりだそうだ。
「や、やっぱりダメ、かな?」
どんな理由があろうと、盗賊は忌み嫌われる存在だ。カレンが諦めかけていたその時、リュートはカレンに近づき、腰を落として視線を合わせる。
「もちろんいいに決まってるじゃん」
「えっ?」
「前にも言ってるけど、この家にいるならみんな家族なんだから!だから、別に構わないよ」
メアリーは呆然とする。頭が追いついていないのかもしれない。しかし、周囲の温かい視線に気づき、やがて、瞳が潤みだす。
「うぅ……あ、ありがとう。お兄ちゃん」
そう言って静かに涙を流すカレン。しかし、表情は嬉しそうに笑っており、とてもキレイな笑顔だった。
「なら、僕はウルのことをお姉ちゃんって呼べばいいのかな?」
「は、はあ!?なんでそんな」
「だってさ、カレンを妹ってするなら、ウルは僕の姉ってことになるじゃん?」
リュートが何も考えずに発言する。しかし、その一言はウルを驚かせるには十分だった。ウルも妹と二人で生きてきたため、弟という発想は無かったのだ。
「お、弟か……」
「嬉しいのか?ウルフル」
「べ、別に嬉しくなんてねーし!」
そうは言うが、しっぽがフサフサと揺れている。やはり嬉しいのだろう。
「ウルお姉ちゃん♪」
「―――っ!?」
リュートがふざけて言った「お姉ちゃん」という言葉。その言葉は言われ慣れているハズにも関わらず、なぜかリュートの言葉には反応してしまうウル。
「やっぱりやめろ!な、なんか恥ずかしいッ!」
ウルが顔を真っ赤にして叫ぶ。
この日、7人の話は夜遅くまで続き、屋敷内は常に笑いで満ちていた。
お待たせしてすみません!
やっと更新ができました。前回は最高だったという感想を沢山いただき、とても嬉しかったです。
今回は少し落ち着いた話でしたが、どうだったでしょうか?
感想等、よろしくお願いしますm(__)m




