奴等が来た
「ムグゥ!?」
ユスティは眠ってしまう。どうやら布に眠り薬を染み込ませていたらしい。誰もが黒対銀の素晴らしい試合に目を奪われているため、気づくことはない。このままいけば、誰にも気づかれずにユスティをさらえるハズだった。
しかし、その小さなうめき声が聞こえたものがいた。
リュートとメアリーだ。二人は近接でのハイレベルな攻防のために、五感が鋭く研ぎ澄まされている。竜としてもともと耳は良く、さらには静寂な観客たちの中でうめき声がしたため、小さな声ですら聞こえてしまったのだ。
二人は闘いの最中、視線を一瞬だけうめき声のした方――王族席の方へと向ける。次の瞬間、二人の目が見開かれた。
「ユスティッ!」
「なッ!?」
珍しくメアリーが焦った声を出す。それもそのはず、王族席では、ユスティが全身黒の服で隠した者に連れられているのだ。本人は眠っており、周囲は気づいていない。
二人はすぐに闘いを中断し、ユスティの方へと向かおうとする。そんな二人の様子に異変を感じた者がいた。
「ユスティ!?貴様、娘に何をしておる!!」
国王ガルドだ。後ろで王族を守っていたはずの護衛騎士たちは、皆喉を一突きされ、死んでいた。その様子を見たガルドの焦りの声を無視し、黒服の男はユスティを抱え、そのまま飛び降りてしまった。この闘技場は日本のビル4階ほどの高さである。そんな高さから飛び降りるなど、正気か!?と思い、窓の下を見下ろすガルド。
それと同時に空から複数の影が現れ、その中のひとつの影が男に重なる。男はそのまま影に乗って空を飛んでいってしまた。
「わ、飛竜だぁッ」
影の正体は数十体の飛竜だった。一人の観客が気づき、その叫びは周囲を、そして観客全体をパニックにさせた。
「きゃあああああああ!?」
「わ、ワイバーンだとッ!?」
「だ、誰か私を助けろ!金はいくらでもやるぞ!」
皆が我先にと出口へ走る。貴族の中には、自分の命のために金を出すから助けろなどと言う者もいる。
『み、皆さん、落ち着いて下さい!?どうか落ち着いて!!』
『……ダメです。パニックになっていて、皆さん気づいていません。それより、私たちも早く避難しないと!』
『そ、そうですね!ちくしょう!いいところだったのに!!』
司会二人も避難を開始する。これほどの素晴らしい試合を最後まで見れなかったことに憤りを見せられるところを見ると、彼らは意外とそんなに慌てていないようだ。
ワイバーンたちは空を旋回しており、今のところは攻撃を仕掛けては来ない。しかし、いつ攻撃が始まるかはわからないため、危険なことに変わりはない。
リュートたちは現在、上空のワイバーンを見上げている。
ユスティのもとへ向かおうとした瞬間、どこからともなく現れた黒服の仲間と思われる集団が道を塞ぎ、二人の行く手を阻んできたのだ。
……まあ、リュートが雷の魔法を、メアリーが闇の魔法を放ち、「邪魔ッ!」の一言と共に全滅させてしまったのだが。奴らは既に虫の息である。
黒服の集団を瞬殺し、再び向かおうとしたとき、今度は上空から複数の魔力を感じた。それはワイバーンたちであり、思わず足を止めてしまったのだ。
「……あのワイバーン、どこか変」
「確かに。魔力の流れが歪ですし、数が多過ぎることから、もしかしたら先ほどの集団が操っているのかもしれません」
「たぶん、そう」
二人は現状の確認をしていた。一度落ち着き、冷静に対処しようとする。
「……あの数を人間の姿で倒すのは、骨が折れる」
「ユスティ姫は暗殺じゃなく、誘拐された。ということは、すぐに殺すということはないと思います」
「でも、急ぐ必要はある。そのためには、全力でやればいい。」
「じゃあ、メアリーさんが黒皇竜に――――」
じ――――――
「あ、あの、メアリーさん?」
じ―――――――――
「……どうかしました?」
じぃ――――――――――――――
「……まさか、僕に龍神になれ、と?」
こくん
メアリーはリュートが龍神になることを望んでいるらしい。視線のみだが、そう熱く訴えている。
「……龍神様は私たちの王であり神。私は知識でしか知らない。だから、龍神様の力を見せて欲しい」
「いや、でも……」
「…………ダメ?」
「やります」
幼さを残す美少女が瞳をうるわせ、上目遣いで聞いてきた。その庇護欲を掻き立てるような可愛らしさに、リュートは耐えることができなかった。
「はぁ……。じゃあ、ここは人が多いから別の場所でなりますね。それまでここをお願いします」
「……わかった」
その言葉を最後に、リュートはどこかへと転移をした。まだ残っていた人々も逃げるのに必死で、この光景を見ていた者は誰もいなかった。
リュートが消えたと同時に、ワイバーンたちも暴れ始める。本能でリュートの本性を感じ取っていたのかもしれない。
「……龍神様に、頼まれた♪」
残ったメアリー。その頬は、若干朱に染まっていた。おそらくこれを見た者全員がギョッとしたことだろう。
しかし、リュートは知らない。これはメアリーの単なる我儘に近いものだということに。
***
王都の近くの森、そこにリュートは転移した。
「はぁ、可愛いは正義って本当なんだなあ。まあやるしかないか……“解除”」
リュートは「人身変幻」を解除する。その瞬間、彼の体が光り、光の中で徐々に姿を変えていく。光が収まり、大きな影が姿を現す。
そこにいたのは、全長20mほどの、美しい銀のドラゴンだった。
「……それじゃあ、行こうかな」
リュートは自分の姿を確認し、翼を動かして飛翔する。離陸は静かに、しかし速く。もともと王都から近い森へと転移したため、闘技場はへ到着するのにそう時間はかからなかった。
龍眼で見てみると、闘技場上空でワイバーンたちがブレスを放っている。被害が出ていないところを見ると、どうやらメアリーが耐えているようだ。よく見ると、騎士団の者たちもいる。しかし、ワイバーンはメアリーに任せ、どうたら王族たち、そして貴族を逃すことに専念しているようだ。
王都内はすでに混乱に陥っており、あちこちで悲鳴が上がっている。
(それじゃあ、はじめるか)
「グルアアアアアアァァァッ!!!」
***
メアリーは闘っていた。しかし、今はリュートが来るまで耐えているだけであり、攻撃魔法は使っていない。
「ガァア!」
「……“闇の吸引”」
また一体のワイバーンがブレスを放ってきた。いい加減にして欲しい、と、若干うんざりしていると、王都外から暴力的なまでの巨大な存在を感じた。メアリーは確信する。これが龍神様の”格”なのだと。
そのまま猛スピードでこちらへと近づいてくる龍神。そして――。
「グルアアアアアアァァァ!!!」
咆哮をあげた。その声は、聞いたものの魂にまで響くかのような、威厳のあるものだった。小鳥や低ランクのモンスターの中には、心臓の鼓動が止まり、絶命してしまったものまでいる。
王都中の人間が足を止め、空を見上げる。そこには大きな銀のドラゴンが、まるで空の支配者のように君臨していた。
「お、おい。なんだよあれ……」
「ドラゴン……だよな……?」
「で、でもよ、銀のドラゴンなんているのか?」
「んなもん、きいたことねえぞ……」
人々は避難することも忘れ、銀のドラゴンを呆然と見上げている。ある者はその美しさに見惚れ、ある者はその大いなる存在に恐怖し、ある者はその神々しさに両手を合わせ、拝んでいる。
それは闘技場内でも同じことだった。しかし、そんな彼らとは違う反応をする者もいる。
「銀の……ドラゴン、だと?まさか、昔、ユスティが言っていたドラゴンというのは……」
「おそらく、あのドラゴンのことかと思われます……」
「では、あれこそが龍神ということか……」
一体何故ここに、と疑問に思うのは、国王ガルドと宰相・上位貴族たちである。彼らはその昔、ユスティたちに話を聞いていた者たちだ。こうして本物の龍神を見たことで、その時の話を思い出したのだ。
「……すごい。あれが、龍神様……ッ!」
メアリーは感動していた。あれこそが自分たちの王なのだと。そして感じていた。自分たち竜皇とは、まるで格が違う、と。
(まずは注意を引けた。次は、ワイバーンたちをどうにかしないと)
リュートはワイバーンたちと相対する。ワイバーンたちは目が血走り、ヨダレを垂らしっぱなしだ。そして、魔力が何かに侵されているような感じがする。彼らも竜種なのだ。龍神の力は感じているはず。にもかかわらず、怯みはしても、襲うことをやめようとはしない。
はっきり言って、普通じゃない。
(全身の魔力を侵食されているし、これじゃあ生きた屍も同然だ。助けられないな)
そう考えていると、ワイバーンたちは一斉に襲いかかってきた。強靭な爪をたて、全力で突進し、ブレスを放つ。自分たちが持てる限りの力で攻撃を仕掛けてくる。
しかし、たとえ竜種とはいえ、ワイバーンは格下だ。リュートの龍鱗には、傷一つつけることができない。
(今度はこっちの番だ!)
今度はリュートが攻撃を仕掛ける。その長い尾をひと振り。それだけで、数体のワイバーンが撃墜され、砕けた鱗と共に落下していく。
次は爪でワイバーンを裂く。肉を抉り、またもや一撃で絶命させてしまう。リュートの単純な攻撃の一つ一つが、圧倒的な攻撃力を有しているのだ。
この光景を見ていた多くの人々が、リュートのあまりの強さに戦慄する。リュートには格下でも、力を持たない一般人にとって飛竜種は、十分に脅威なのだ。
次々とワイバーンを蹴散らし、やがて、すべてのワイバーンを倒し終わる。しかし、リュートはそこで終わらなかった。
(さすがに、こんな死に方はあんまりだ。可哀想すぎる)
リュートも竜種なのだ。竜種の体は貴重なため、高値で取引される。同じ竜種である彼らが、意思とは関係なしに操られ、利用されて死んでいく。さらに、その死体までもが好き勝手に扱われる。そのことに悲しみを感じていた。そのため、彼らをここで滅することを選んだ。
風の浮遊魔法でワイバーンたちを浮かび上がらせ、上空で一箇所に集めるリュート。そして、口の中に魔力を集め、一気に解き放つ。
“龍神の息吹”
その一撃は、神の如き銀の柱。龍神の属性である「混沌」によって放たれたブレスは、天を揺るがし、ワイバーンたちを、雲と共に『消滅』させた。
(助けられなくて、ごめん)
目を細めるリュート。その目には、悲しみと自分への憤りが宿っていた。
ブレスがおさまり、空には太陽と青空のみが存在している。それを確認したリュートは、気持ちを切り替え、下を、すなわちメアリーを見る。彼女はこちらを見上げており、その目はキラキラと輝いていた。
「嘘だろ……」「なんて力……」などと聞こえてくるが、それらを無視してメアリーに話しかける。
『これでこっちは終わりました。次は、ユスティ姫の救出に向います』
みんなには「グルルル」としか聞こえていないが、メアリーはその言葉が理解できる。ハッとしてその言葉の意味を考え、こくん、と頷く。
それを見たリュートは、翼をはためかせ、ユスティの救出に向かう。王都内の人々は、龍神が飛び去ってくのを呆然としながら見ていることしかできなかった……。
***
リュートはある魔力を追っていた。一体だけ、黒服の男を乗せて飛び去っていった飛竜の歪な魔力をだ。
ワイバーンの飛行は速いが、リュートの、龍神のほうが圧倒的に速い。十数分ほどしかたっていないため、追いつくのに3分もかからないだろう。
やがて、ワイバーンの姿が見えてきた。「グルァア!」と一声浴びせ、ワイバーンの動きを止める。その間に追いつくリュート。
「な、なんだこのドラゴンは!?」
男が驚く。と、その瞬間、銀のドラゴンが光を纏い、人に形を変えたのだ。その姿は、男が映像魔法具で見たことのある青年だった。ちなみに、仮面はつけたままである。
「き、貴様!?竜皇だったのか!?いや、銀の竜皇など存在しないはず……。貴様、何者だ!!」
「あなたに教える必要はないよ」
リュートが人形になったのは、ユスティを傷つけないないためだ。龍神では力が強すぎるため、一人のみを助けることが難しいのだ。
男の問いに答えないリュート。そして、早く終わらせようと、すぐに攻撃に出た。
空中を蹴り、ワイバーンの背中へと一瞬で移動する。そして、ワイバーンを全力で蹴った。
ドゴォォ!!という音と共に、ワイバーンは悲鳴をあげて落ちていく。突然の浮遊感に驚いた男が、思わずユスティを離してしまう。そこを狙い、リュートはユスティを抱きかかえる。
救出は成功した。
「君も、助けられなくてごめん……」
リュートは先ほどのワイバーンたち同様、混沌魔法で『消滅』させた。そのとき、共に落下していた男までも、消してしまったのだ。男は誰にもばれずに王の護衛を亡きものへとできたほどの実力を持ちながら、空中で戦闘することはできなかったのだ。
「……初めて人を殺したのに、何も感じない。これも、龍神補正なのかな……?」
初めて人を殺した。しかし、今のリュートは人間ではなく龍神であるため、人を殺すことに何も感じなかったのだ。そんな自分の心に恐怖を感じつつも、今はそれどころではないと気持ちを切り替え、ユスティを抱えて王都に転移した。
***
リュートは闘技場内に転移し、その場にいた人々を驚かせた。そして、ユスティを抱えていたことから騎士たちに犯人の一人と勘違いされ、メアリーによって誤解を解かれる、などと一悶着あった。
王族たちがリュートたちのもとに来たため、これ以上騒ぎが起きるの面倒に思ったリュートは、再度転移してその場を離れた。
街はそれほど被害は無かった。ワイバーンが落ちた建物が数件あったほどであり、この程度ですんで良かったのだ。そのため、王都内が落ち着きを取り戻すのには、そう時間はかからなかった。
リュートは仮面を取り、宿に戻った。無事にとはいかないものの、大会は終わり、あれほどの騒ぎがおこっても、一般人の中に奇跡的に死傷者はいなかった。祝いの意味も込めて、リュートは久しぶりに唄った。この日もまた大盛況であり、リュートの唄はさらに人気が上がった。
夜になると、さすがに今日一日でいろいろあった為か、すぐに寝てしまった。こうして、剣闘大会、そして誕生祭は、波乱の終と共に、終了した。
やっと書き終わりました。
何度もパソコンが止まってしまい、その度にもう一度、というのがありまして、本当に疲れました。
次回は「王族との謁見」です。いろいろ聞かれるんでしょうねぇ。




