龍神とウンディーネ
まるで時が止まったかのように、龍斗と彼女は顔を見合わせた。
龍斗は思わず、目の前の美しい女性に見惚れてしまう。
薄いベールのようなもので包まれた、トップモデルもかくやという見事なプロポーション。容姿に関しては言わずもがな。背丈は2mを超えているくらいと推定するもかなりの長身だが、それでもその美しさを損なってはいない。
だが、目が向くのはそれではない。
彼女の肌は水色、目は空色、髪は蒼。全身が青一色と、明らかに普通ではない。
とりあえず状況打開の為、話しかけてみることにした。
「あ、あの~~……?」
その声に、はっとしたように彼女は目を見開く。
「あ、え、ええ……えと……」
言葉にならないようだ。何か、困惑しているようにも見える。
「ぎ、銀の竜……まさか、“龍神”さま……?」
「え、銀の竜?なにそれマンガ?」
周囲を見回してみるが、それらしきものはない。何のことなのかと疑問に思っていると、ふと、横を見た瞬間に目に入ったものがあった。
それは、銀色の大きな翼。先端の棘と、大きな翼は、ゲームや漫画で見たドラゴンの翼に酷似している。目で追っていくと、それは自分の体から生えていた。ついでに言うと、龍斗の体は人間のそれではなく、銀色の爬虫類のモノに似ていた。
彼女の言動と、自分で見たモノ、それらを合わせて考え、ようやく理解した。
「なるほどなるほど、銀の竜ってのは僕のことか~~…………って、納得できるかぁぁぁぁああああああああああッ!!」
「きゃあああッ!?」
突然叫びだした、意味不明のことを言う龍斗に驚き、のけ反る彼女。しかし、龍斗にはそれを気にしている余裕がない。
「は!?死んで気が付いたら銀竜でしたとか、何それ!?もしかして夢!?」
慌てふためく龍斗。これは、誰でもする普通の反応だろう。しかし、龍斗は普通ではなかった。
「あ…………まあいっか。夢でも現実でも、どーせ死んでるんだし。この状況に身を任せちゃえ」
数十秒ほど悩んだのち、勝手に自己完結してしまったようだ。この辺、明らかに普通ではない。しかし、これが神崎龍斗なのである。そんなとき、目の前から声がかかった。先ほどの女性だ。
「あの、あなたは龍神様……ですよね?なぜ、こんな洞窟の中に?」
「龍神様って僕のこと?それに、ここって洞窟なの?そしてあなたは誰です?教えてくださいお願いします」
とりあえず、何か知ってそうな彼女に逆に質問してみた。困惑するのは相手も同じのようだが、彼女は素直に答えてくれた。
「えっとですね……龍神というのはすべての生命体の頂点に立つ竜種、その頂点に立つ存在です。簡単に言えば、竜たちの王ですね。考え方によっては、ヒト種が祭る神と同じで、竜種の神という話もありますね。……あの、本当に何も知らないんですか?」
「はい、何もまったく全然わかりません。何でもいいので教えてください」
さらに困惑を深める両者。話は続く。
「それじゃあですね、私はウンディーネ。自然を支える守護者、精霊王の一角を担っている者です。属性は水ですね。そしてここは、私が住処としている湖の近くの大きな山にある洞窟です」
「ウンディーネ!?精霊王!?属性!?」
「ひゃあッ!?」
ずい、と体と顔を近づける龍斗。身長2mのウンディーネにも引けを取らない大きさの竜が、ぎらつかせた黄金の眼で見てくる。そのあまりの迫力に、またもや体を引いてしまう。
しかし、龍斗からすれば絶対に聞き逃せないワードなのだ。漫画やラノベを愛する男の子として、心揺さぶるその単語。引いてたまるかとさらに前に出て、体全体が入れ物から出た。しかし、本人はそれに気づいていないほど目の前のことに集中している。
「じゃあ、ここには“魔法”なんてものがあったりするんですか!?」
「え、ええ、当然ありますよ」
ホラッ、と言って手を差し向ける。すると、何もない空間から突然、水が溢れてきた。水の量は増えていき、渦を巻いていく。その光景に目を奪われていると、水に反射した自分の姿を確認できることに気付いた。
ギラギラと輝く銀の鱗。大きな翼と立派な四肢。長い尾と、輝く黄金の竜眼。そして、何故か幼いと理解できる、まぎれもない、そして美しい竜の姿。
「これが……僕……?」
茫然として呟くと、ウンディーネから声がかかる。
「本当に何も知らない、幼いからだ、卵……なるほど、あなたは丁度いま、卵から生まれたばかりなのですね!だから、自分のことをよく知らない。ああ、やっと謎が解けました!」
「卵……?」
自分が出てきた入れ物を見ると、たしかに卵の形をしている。だからカーブを描いていたのかとようやくこちらも理解した。
「ああ、僕もようやく理解したよ。これはよくある“死んで異世界転生、しかもチート付”ってやつだね。これならすべて納得できる。それにしても、まさかそんな話が現実に、僕自身に起こるとはね……」
両者がようやく理解したところで、水を消し、落ち着いて話をすることにする。その際、水が突如消えるという現象に、またもや龍斗は感動していた。
「えっと、僕の名前は神崎龍斗……ああ、ラノベ的にはリュート・カンザキって言った方がいいのかな?」
「御自身の名前をお持ちなのですか?流石ですね」
「おかしいかな、やっぱり?」
「いいえ、伝承通りの龍神様ならなんでもありですので」
伝承で語られる龍神、それがひどく気になる龍斗、いや、リュート。しかし、今は置いておいて、話を先に進めることを先決する。
「それと、僕に敬語はいいですよ。あなたの言う通りなら、僕は子供らしいので名前も呼び捨てでいいです」
「ですが……」
「いいからいいから」
「……わかりました。それじゃあ……あなた、リュートも私に敬語は必要ないわ。生物的“格”からいえば、あなたの方が上なんだから」
「了解」
一体と一匹は顔を見合わせ、おかしそうに笑う。
「それじゃあ次は僕から質問するね。ウンディーネ……精霊王について教えてよ。あとできれば竜についても」
「わかったわ。それじゃあまずは、精霊からね」
洞窟の中で、リュートは座り、目を輝かして彼女の話に全力で集中する。
「まず、この世界には自然に満ちる魔力と、生物の体内に宿る魔力の2種類があるの。自然に満ちる魔力は、世界のバランスを保っているのだけれど……精霊はそんな自然魔力の調停者って言えばいいのかしらね。何か異変があれば、すぐに精霊が静めるの。私たちはその精霊たちの最高位の存在で、各属性に一体ずついるから精霊王っていわれているのよ」
「ハイ先生」
リュートは昔のように手をピンと上げる……ことはできなかったので、代わりに右の翼を広げた。バサッという音と共に翼が開かれる。
「はい、なんでしょう」
「属性というのは魔力の種類のことなんでしょうが、それは全部で何種類あるんですか?」
「お答えしましょう。属性は火・水・風・土・光・闇の計6つです。世界はその6つを軸に構成されているのです。精霊も竜も、その6つの属性に分かれています。私は先ほども見せたように、水を司る精霊王です……って、これはさっき言いましたね」
リュートのノリに、どうやら彼女ものってくれたらしい。これで、教師と生徒という構図が出来上がった。
リュートの目を見ると、「次は次は!?」と急かしているのが手に取るようにわかる。ウンディーネは苦笑し、再度話を続ける。
「これは竜種も同じだと言いました。竜種には下から順に4つに分けられます。【飛竜種】・【属性竜】・【六皇竜】そして【龍神】です。属性竜というのはそれぞれの属性ごとに色や特徴がわかれており、六皇竜はそれぞれのトップに立ちます。いわば、私と同格の存在ですね。――――説明はこれで以上です。何か質問はありませんか?」
後で聞いた話をまとめると、「赤皇竜・蒼皇竜・嵐皇竜・岩皇竜・白皇竜・黒皇竜」の六体がおり、その下に「火竜・水竜・風竜・土竜・光竜・黒竜」がいるとのことだ。属性に関していえば、名前を見ればすぐにわかる。
また、この世界ではリュートの考えていた通り、ヒト種にとって竜種は脅威の存在であるらしい。これもなんというか、ありきたりな話だが納得できる。
「なるほど、それじゃあさ。龍神の僕はどの属性を扱えるの?」
簡単に聞いてみた質問、しかし、それに対する答えは「わからない」だった。彼女も困った顔をしている。
「……実は、伝承には龍神の属性が伝わっていないのよ。あるのは、“龍神は無限の魔力で国を、大地を、果ては世界すら滅ぼす力を有している”というものだけ。何千年も前の話だから、どれが事実でどれが嘘なのかがあいまいなのよね」
「ハイきました魔力チート。じゃあさ、僕にも魔法が使えるんだよね?」
期待に満ちた表情で尋ねる。もしここで無理と言われたら、一週間は落ち込み続けるだろう。そんな彼に、ウンディーネは慈愛に満ちた表情で言った。
「もちろん。なんなら試してみる?」
「いいのッ!?」
「かまわないわ。そう簡単に使えるものでもないから練習が必要だけど。リュートは龍神だから、きっとすぐに使えるようになるわよ」
魔法を練習するのにこの洞窟の中では危険すぎる。魔法の練習というのは、下手をして暴走させてしまったら命に関わるものだからだ。無限の魔力と言われている龍神の魔力暴走など、考えただけで恐ろしい。
というわけで、外に出ることにした。
のしのしとつたなく歩く龍神と、ふわふわと空に浮きながら進むウンディーネ。その光景には、なんだか微笑ましいものを感じた。