初依頼
「知らない天井……じゃぁないか」
リュートは目を覚ました。定番のセリフを最後まで言えずに。
まだ空が明るみをおびている程度である。
「さてと、今日から依頼を受けるんだ。頑張ろう!」
リュートは酒場に入る。昨夜の喧騒が嘘のように整理されている。
「おはようございます、ダナさん」
「おはよう、リュート君。よく眠れたかい?」
「はい、久しぶりのベッドでぐっすり眠れました」
「そうかい、そりゃ良かった!朝飯はいるかい?」
「いえ、今日はいいです。ギルドに行く途中で食べますから。もう行きますね」
「頑張りなよ!」
ダナの激励をもらいながら、リュートは「赤竜の安らぎ亭」を出た。リュートは途中で食べると言ったが、龍神なので食事を必要とせず、早くギルドに着きたかったため、実際は食べようとは思っていなかた。
リュートはまっすぐギルドに向かった。
***
リュートは現在、依頼を選んでいる。Fランクの依頼ボードにはかなりの量の依頼が来ているが、ほとんどが王都内での慈善事業のようなものばかりなのだ。
ゆえに、どれを選ぼうか迷っているのである。
「どれがいいかな?木材運び、薬草探し、売り子……このあたりがいいかな」
リュートはいきなり依頼を3つも受けることにした。これらがFランクの中で一番報酬がいいのだ。
依頼書を受付に持っていき、昨日ミーナの横にいた受付嬢に渡した。どうやら今日はミーナはいないようだ。
「おはようございます、今日はミーナさんはいないんですか?」
「おはよう、リュートくんよね?やっぱり綺麗な顔ねぇ~。ミーナなら、今日は夕方から出勤だよー!ちなみに私はカナっていうの。よろしくねッ!」
カナはどうやら人族らしい。赤い髪のサイドテールであり、目がパッチリとしていて結構可愛い。しかし、胸が残念である。
「そうなんですか?まあ、よろしくお願いしますね、カナさん」
「わあ!破壊力抜群だね~」
「ん……?とりあえず、これ受けますね」
そうしてリュートは先ほどの依頼書3枚をカナに渡す。
「えッ、いきなり3枚も受けるの?これ全部時間がかかるやつだよ?」
「大丈夫です」
「そう……なら、ハイ。これで依頼を受けられるよ。ああ、それと、私には敬語はいらないよ。ていうか敬語を使う冒険者なんてあまりいないからね!!」
「そうなんですか?わかりま……わかった、そうするよ。じゃあ行ってくる!」
フレンドリーなカナに、リュートも敬語を止めることにする。カナから依頼書3枚を受け取り、依頼先に向かう。その足取りは初仕事に対する期待のせいか、かなり早歩きである。
***
「順番としては、午前は木材運び、午後から売り子かな?薬草探しは大丈夫だしね!」
最初の依頼場所は王都の端にある。そこで建築中なので、人手が欲しいとのことだ。ちなみに報酬は銀貨3枚。Fランクの依頼としては高額である。
建築中ということでかなり賑やかだ。あちこちで木を打つ音や叫び声が聞こえる。
「すいませーん!依頼を受けに来ましたー!」
「おうっ!こっちだ。よく来てくれたな!!」
リュートの大きな声に手を振って答える男がいた。彼は日焼けしていて筋骨隆々という、まさしく「工場で働く男」である。
「俺はダント。ここの責任長を任されている。来てくれたのはいいんだが……お前、そんなんで大丈夫か?」
リュートは見た感じ、体の線は細く、優男風だ。どうみても「木材運び」の依頼を受けるとは思えない。心配してしまうのも仕方がない。
実際リュートは鍛えに鍛えているため、いわゆる「細マッチョ」だ。さらに、龍神ゆえに筋力も普通じゃないため、まったく問題はないのである。
「大丈夫です」
きっぱり言い切ったリュートに、とりあえず、任せてみるかと思うダント。
「そうか、ならいいんだが。じゃあ、向こうに倉庫があるだろ?その中に木材が積んであるから、それを持ってきてくれ」
ダントの指差す場所には大きな倉庫がある。リュートは早速倉庫に行ってみると、大きな木材が10本を1セットにして並べられている。
木材1本は大人が3,4人ほど必要そうな大きさである。
「ここにいる奴らと協力して『大丈夫ですよ』……なに?」
「魔法を使えば楽チンです!――フライトッ」
そう言ってリュートは風属性魔法、浮遊を木材にかけた。
いくら魔法とはいえ、木材10本を一気に浮かせるなど、はっきり言って異常である。そんな光景を見た周囲の人々は、唖然としている。作業をしていた人々は、思わず手を止めて見入っている。
リュートは周りの視線などお構いなしに木材を運び、数回往復して仕事を終わらせた。
「終わりましたよ、ダントさん!」
「おお……お前、実はスゲー魔法使いなのか?そんなナリして……」
「え~~~っと……まあ」
本当はスゲーというより、最強クラスの魔法使いなのだが……。
「じゃあ、これでいいな。早く終わったから報酬は上乗せしておくなッ」
「本当ですか!?ありがとうございます!!」
ダントから依頼書にサインをもらい、リュートは次の依頼場所へ向かう。
こうしてリュートの初の依頼は、わずか15分ほどで終わってしまった。
次の依頼は最近できたばかりの食事処「三日月亭」での従業員をして欲しいというものだ。まだできて間もないため、あまり働き手が集まらないらしい。
「ここが、『三日月亭』か。やっぱり立派だな」
食事処にしては小奇麗な店だ。地球で言う、喫茶店を想像させる。
「すいませーん。依頼を受けて来ました」
扉を開け、店の中に入る。中には数人の客と、この店の制服なのだろう、上下黒のスーツ、ネクタイを着た男性従業員が3人のみである。
職員の一人、金髪の見るからにチャラそうな男がリュートに近づいてきた。
「ああ、あなたが依頼主で『もッッッッたいない!!』……は?」
「なんだその格好はッッ!!君は絶世の美男子のくせに何故そんな古びた格好をしてるんだッ!!実にもったいない!!!」
「す、すみません……」
チャラ男のあまりの形相に、思わず謝ってしまうリュート。しかし、リュートは未だにウンディーネからもらったこの村人のような質素な服しか持っていない。だからこそ、服を買うために金を稼いでいるのだから。テンションが上がりまくっているのか、今のこの男は普通ではない。
「早くこの制服に着替えてくるんだッ!髪はこれで縛って!」
「はいぃぃぃッ!!」
リュートはチャラ男から制服とゴムひもを受け取り、いそいで従業員室に向かう。
数分がたち、リュートは出てきた。黒の上下のスーツにネクタイ、革製の靴。少し長めの後ろ髪は青いゴムひもで縛っている。
まるで執事のような格好であり、かなり高そうだ。
「おおッ!おおッ!いいね!素晴らしいねッ!!」
「あの~~……?」
ハアハアと息を切らせ、かなり興奮している男。はっきり言って気持ち悪い。
リュートが声をかけてようやく気が付いてくれた。
「ああ、ごめんごめん。少し興奮しちゃったよ。俺はトール、これの依頼主であり、この店の店主だよ。ちなみに俺は以前、服屋のデザイナーをしていたんだ」
やっと落ち着いてくれたようだ。見た目に反し、意外と真面目なようだ。
「ついでに言うと、なんで俺がこんな店を立てたのか、それは女の子の客を狙っているからだ!俺は女の子が大好きだからねッ!!」
……訂正しよう。やはりこの男は見た目通りのチャラ男である。
「僕はリュートです。それであの、この制服って高そうなんですが……」
「それ一式で金貨2枚くらいかな。そんなに高くないぞ?」
なんともないように答えるトール。しかし、現在金欠のリュートからすれば十分高級品である。
「じゃあ、店の前で宣伝して。客がこないことには始まらないからね!君なら確実に女の子を呼べるよ!」
「わかりました」
店を出るリュート。店の前の参道にはそれなりの人々が歩いている。周辺の店にはアクセサリーや軽食を売っているところが多く、客も男性よりも女性の方が多い。「三日月亭」に入ろうとしている人も中にはいるが、あまり多くない。
これは頑張らなければ、と気合を入れるリュート。
「『三日月亭』で食事でもいかがですか――ッ!!」
まずは気を引くことが大事だと思い、大声で叫ぶリュート。予定通り、周辺の人々は皆、リュートに注目する。
男性陣はリュートの見た目に圧倒され、女性陣は完全にリュートに見惚れている。
(それじゃあ、次は……)
次にリュートは立ち止まっている人たちに片っ端から声をかけていく。常に笑顔を意識しながら。
「あちらの『三日月亭』で休憩されてはどうですか?」
「値段は安く、味も保証できますよ」
「ぜひ、おいでください」
店を出る前にトールに言われた通りの言葉を、笑顔と共に繰り出すリュート。やっていることは、まんま「ホストの呼び込み」である。
そうしてある程度呼び込みを行うと、店の前には行列が出来ていた。他の従業員も美形ではあるため、女性客も満足しているようだ。
「なんだ、お客さん結構来てるじゃん。さっきまでの閑古鳥かんこどり状態はなんだったんだろう?」
自分が原因だとは思っていないリュート。手が足りないため、中で接客をして欲しいとトールに頼まれたため、店の中に入るリュート。中にはやはり客が多く、従業員たちは皆、大変そうだ。
リュートもすぐに手伝いに入る。接客は割と簡単だったが、忙しさが尋常ではなかった。人が多すぎて休む暇が無かったのだ。
精神的にへとへとになりながらも、リュートはなんとか依頼を終えた。空がもう夕日で紅く染まっているころである。
「いや~、ほんっとありがとうッ!君のおかげで女の子がいっぱい来てくれたし、大儲けできたよ」
そしてトールはサイン付きの依頼書を渡した。ついでに、トールが以前勤めていた服屋を紹介してくれた。なんでも、「そんなボロい服じゃもったいない!!俺の紹介だって言えば、安くしてもらえるから!」とのことだ。
「では、ありがとうございました」
最後に礼をいい、リュートはギルドに向かった。
***
リュートはギルドに入る前に、左手のアイテムリングからあるものを出しておく。それは、3つ目の依頼内容である「薬草」だ。
実はこの薬草、魔障の森にも結構生えていたのだ。それを、リュートは森を出る途中で採取していたのだ。
リュートはギルドに入り、受付の前に行く。
「はい、カナさん。依頼書と薬草」
リュートはカナに依頼書3枚と薬草を渡す。
「嘘……本当に全部終わってる……。そのうち2つは追加報酬付き。……リュート君って、いったい何者?」
カナが驚くのも無理はない。薬草は王都の外にでて探さなければいけないし、木材運びも重労働のはず。こんなにはやく終わるわけがない。
「追加報酬と合わせて、報酬は金貨6枚と銀貨3枚。これ、Fランクの報酬じゃないよねッ!?」
「まあ、どれも今の僕にあっていたって事で」
納得できていない様子のカナだが、無理に聞き出す様子はない。と、そんな時、リュートは隣の席にミーナがいることに気づいた。
「こんにちは、ミーナさん。昨日はありがとうございました」
「いえ、依頼の達成、おめでとうございます。……それで、二人はいつのまにそんなに仲が良くなったんですか?」
「今朝、カナさんが敬語はいらないって言ってくれたんです」
ミーナはリュートとカナの仲が気になるようだ。そして、リュートの答えを聞いて少し考え、言った。
「なら、私にも敬語はいりません」
ミーナは済まし顔である。しかし、若干頬が紅い気がする。そのことに唯一気づいたカナが「ムフフフフ」とニヤニヤしていたが、ミーナは気づかないフリをしている。
「わかった。じゃあミーナさん、カナさん、これからもよろしく!」
「うん、よろしく~!」
「はい、よろしくお願いします」
さすがに二回目であり、リュートは普通に敬語をやめる。カナから報酬を受け取り、ギルドを出る。
予想以上に稼げたことと、美人で可愛い女の子と気軽な仲になれたことで、気分が高揚しているリュート。その笑顔にやられるものが多数出たことに気付いていない。
「赤竜の安らぎ亭」につくと、そのまま部屋へ直行し、ベッドに倒れ込む。忙しすぎた接客業に、精神的に疲れているのだ。そのまま寝てしまった。
リュートの初めての依頼は、異例の大成功という形で終えた。
いつの間にか日刊ランキング4位になってました!
嬉しすぎて悶絶してしまいます!!
これからもよろしくお願いします_(._.)_




