冒険者ギルド
「これが冒険者ギルドか……思ってたより立派だな」
リュートの目の前にあるギルドは周りの建物に比べて立派であり、二階建ての大きな建物だ。
リュートは両開きの扉に手をかける。ギイッ!という、古びた木製独特の音を立て、扉が開いた。リュートは1歩、足を中へ踏み出した。
その瞬間、外まで聞こえていた喧騒はピタリと止み、すべての視線がリュートに向けられた。
しかしリュートはそれらの視線に臆することなく中に入っていった。
ギルドの奥にカウンターのようなものがあり、数人の女性が座っている。おそらくそこが、受付なのだろう。
リュートは誰も冒険者たちが並んでない席へ向い、そこの受付嬢に話しかけた。
「あの、おねーさん?今いいですか?」
「ッ!はっはい、なんでしょう?」
「僕は冒険者になりたいんですけど、どうすればいいですか?」
「冒険者登録ですね?でしたらまず、銀貨3枚をいただきます」
「わかりました」
そう言って、リュートは銀貨を3枚払った。
「では次に、冒険者である証明として、カードを作ります。そのためにはあなた様の血液が必要となります。よろしいですか?」
「かまいません」
「ではこちらの皿に血を数滴、落としてください。こちらの針をお使いください」
そう言って出されたのは小さな皿と、裁縫などに使う針だ。
「わかりました。これを使えばいいのですね?」
リュートは針を持ち、自分の右手の親指に刺した。いや、刺そうとした。
しかし、針は刺さらなかった。それどころか、針のほうが折れ曲がってしまったのだ。
「「「…………」」」
リュートに対応していた受付嬢や、それを見ていた周囲の者たちは、声が出なかった。リュート本人もだ。
――――さすがにこれは……僕の体ってこんなに硬かったのか?
そうはいうが、いくら人化+弱体化とはいえ、彼は龍神なのだ。こうなるのは当然である。
「あっあの、これって血が出せればいいんですか?」
「はっはい、そのとうりですが……」
「なら――」
リュートは自分の右手親指を噛み切った。その指からは少なくない量の血が流れている。
「これでいいですか?」
「はい、ありがとうございます」
受付嬢は従業員であろう男性に皿を渡した。リュートの行動に驚かないところを見ると、肝が据わっているのか、それともただ単に慣れているのか。
「10分ほどでカードができます。その間に、『冒険者』について説明がありますが、お聞きしますか?」
「ああ、それは以前知り合いに聞いたのでいいです。それより、あの……ひとつ、聞いてもいいですか?」
「はい、なんでしょう?」
リュートは若干興奮した様子で尋ねる。心なしか、リュートの頬も紅く染まっている。
「あなたはもしや……猫の獣人、なのですか!?」
そう、リュートは彼女の頭にあるネコ耳がずっと気になってたのだ。
「はっはい?え、あの、そっそうです。私は猫の獣人ですけど……それが何か?」
何をあたりまえのことを……?と不思議がる彼女。こんな質問をするものなど初めてだろう。
「おおっ!!初めて獣人に会えたッ!あの、名前教えてくれませんか!?」
初めて獣人に会えたことでテンションがおかしくなったリュートは、思わず笑顔で彼女の手を握ってしまった。
突然握手され、リュートの笑顔を目の前で受けてしまった彼女は
「……ミ、ミーナ、です」
頬どころか、顔全体が真っ赤だ。ピコピコとせわしなく動いているネコ耳が実に可愛らしい。
なんとか名前を返すことはできたようだ。
ミーナは猫の獣人である。黒いショートの髪に、黒い切れ長の目。
出るところは出て、ひっこむところはひっこむまさにモデル体型。
あまり表情の動かないところから、「クールなできる女」を連想させる。
そんな、ギルド1、2を争う受付嬢もリュートの笑顔にはかなわなかったらしい。
彼女は人気が高いため、よく冒険者の男どもには告白され、全部を断っている。
その彼女が現在、来たばかりの男に手を握られ、顔を紅くしている。面白いわけがない。
「おいッ、てめえ!何ミーナさんと手ぇつないでやがんだ!」
いかつい顔のスキンヘッドのおっさん冒険者が、リュートに近づいた。彼は以前、ミーナに言い寄った男の一人であり、リュートのことを面白く思わない男の一人である。
彼の名前はブルド。Dランクの冒険者でだ。彼は自分より下のモノにはよく乱暴を行い、受付嬢へのセクハラの常習犯である問題児だ。
そして、彼は自分の力に過信している。これまで自分より弱い者を相手にしてきたため、自分は強いと思い込んでいるのだ。
今回も今まで通り、自分にビビると思っているのだろう。
しかし――――
「僕はリュートっていいます。よろしくお願いします!」
「はい、リュート様ですね。こちらこそ、よろしくお願いします」
リュートは知らん顔でミーナと話を続けていた。
「こんっの、俺を無視してんじゃねえッ!」
それにキレたブルドは、リュートに殴りかかった。気づいたミーナが「危ないッ!」と叫ぶが、リュートは振り向かない。
ブルドは笑った、これは”当たる”と。
しかし次の瞬間、ブルドの顔は驚愕に染まった。
「――ッ!?」
「危ないなぁ。いきなり殴りかかるなんて、ひどくないですか?」
リュートがなんでもないかのように、片手で受け止めていたのだ。これには周りの連中も驚いた。
「暴力よりも先に、話しかけるのが礼儀だと思いますよ?」
(((((話しかけただろうがッ!)))))
周囲の男どもの心がひとつになった。
しかし、ブルド本人にそれを話す余裕はない。彼の拳を握り締めるリュートの手が強すぎて、うめき声以外に声が出せないのだ。
「ウッグァァァァァッ!?」
「せっかくミーナさんと話していたというのに……」
ブルドの悲鳴に気づかないリュート。
「ァァァァァッ!は、はなし――」
「いいですか?暴力は――」
まだまだ気づかないリュート。もう、わざとやっているんじゃないだろうか、こいつは?と思いたくなるほど、リュートはブルドの悲鳴を無視している。
「たったのむッ!手をはなしてくれぇぇぇぇえ!」
「ん?ああ、すみません。テンションが上がってたもので、気づきませんでした」
ようやく気づいたリュートは、手を離す。
まだ手が痛むブルド。その目にはリュートに対する恐怖が浮かんでいる。
さらに、リュートのブルドを見る目には、何の感情も浮かんでいない。それが余計にブルドを恐怖させた。
その結果――
「うわぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
ブルドは逃げ出した。みっともない悲鳴をあげながら。少し涙目になっていたらしい。
これは余談だが、ブルドは二度とこのギルドにこなかったようだ……
周囲は呆然としていたが、
「えと、リュート様、ギルドカードができました」
ミーナのこの一言で再び動き始めた。
「ホントですかッ!」
ブルドのことで下がっていたリュートのテンションが、再び上がった。
「はい、こちらをどうぞ」
「ありがとうございます!それと、僕のことはリュートでいいですよ。敬語もいりません」
「わかりました、ではリュートさんと呼ばせて頂きますね。それと敬語ですが、私は普段からこんな感じの話し方なのです」
「そうですか、なら仕方がないですね。これからよろしくお願いします、ミーナさん」
「はい、それでは……ようこそ冒険者ギルドへ。これからのリュートさんの活躍に期待しています」
そういって笑ったミーナの笑顔は非常に美しく、先ほどとは逆に、リュートの方が赤くなってしまった。
ミーナの笑顔がいつもの営業スマイルではなく、心からの笑顔であることに、隣の受付嬢のみが気づいた。
そんな、彼ら、彼女らの奇異の視線に晒されながら、リュートはギルドを出たのだった。
いかがでしたか?感想等、よろしくおねがいします。




