Ⅳ
「はい?」
「記憶が戻るまでの間でいいからうちの執事になってくれないか?」
アルフレッドにはいまいち状況が理解できなかった。どれだけ俺の身なりが良くても、見ず知らずの人間に執事なんて頼んでもいいものなのだろうか?
「私のような見ず知らずの人間でよろしいのならお受けいたします。」
「ありがとう。さて、これから一か月は十分に療養してくれ。大けがしていないからいいものの、嵐の日に落馬したみたいだからな。」
「はい。これからよろしくお願いします。」
それだけ言うとスティーブンは部屋から出ていった。一か月もあればけがも治るだろうし、執事としての仕事がどのようなものかよくわかるだろう。そう思ったアルフレッドは一刻も早くけがが治るように今は十分に寝ることにした。
*
そのころディアナは後悔していた。これから自分の家の執事になるとはいえ、見ず知らずの男の前で古代妖精文字を読んでしまったことについて。自分の能力が他人にばれてしまったらどうなるのかわかっていたはずなのに。アルフレッドが記憶喪失でなければ、すぐにそのことがばれてしまっただろう。古代妖精文字には魔を払うという伝承があり、貴族の間では術者にお守りとしてアルフレッドものと同じようなハンカチを作らせることがあるのだ。しかしラルドア国では術者、いや妖精そのものを忌み嫌う傾向が強く術者はディアナとスティーブンしかいない。だが、隣国のリルアドール国では妖精をよきものとして受け入れており、術者も多い。中流階級以上の家庭では術者にハンカチを頼むのがステータスになるほどに。つまり、アルフレッドは隣国の中流階級以上の人間ということだ。期間限定の執事とはいえ、気軽にそんなことをしてしまった自分にディアナは後悔していた。
とはいうものの、グダグダ考えていてもなんにも変わりはしない。ディアナは本棚からお気に入りの小説を取り出し、読むことにした。気分転換にはこれが一番なのだ。
術者;ディアナやスティーブンのように妖精が見え、話が出来る人のこと。古代妖精文字が読めます。お守り作ったり、悪い妖精倒したりしてます。日本でいう拝み屋的なお仕事ですかね。
古代妖精文字;フェアリールーンって読んでください。甲骨文字みたいにラルドア国や隣国のリルアドール国で使われる文字のもとですが、普通の人は読めません。