Ⅲ
「そうなのかもしれないし、別な人間の名前かもしれない。何も思い出せないんだ。君はなぜ俺がアルフレッドという名前だと思ったんだい?」
男がそう質問するとディアナは木の箱をサイドテーブルに置き、懐から刺繍の入ったハンカチを取り出した。
「あなたがお持ちになっていたこのハンカチにアルフレッドと書かれていたからです。あなたのものだという確証はありません。でも、私はなぜかあなたのものであるという気がしてしてならないのです。名無しさんとお呼びするわけにもいきませんから、とりあえずアルフレッド様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
男が頷くと、ディアナは父親を呼びに行くとハンカチを置いて部屋を出ていった。ディアナがおいていったハンカチを手に取った男は、あることに気が付いた。ハンカチに使われている刺繍糸と生地は記憶を失った男にもわかるほど高価なものなのだ。それだけではない。ハンカチに刺繍されていたのは男の見たことのない文字だった。むろん読むことすらできない。記憶喪失のせいで文字すら読めなくなったと思いたくはないが。
*
しばらくすると良い身なりの男が一人部屋に入ってきた。多分ディアナの父親だろう。
「初めまして。私はスティーブン・アイルバートだ。ディアナの父親だよ。君に話があるんだ。」
「申し遅れました。私は…」
「いや、いい。ディアナから話は聞いているよ。」
いや~うちの娘美人だろう?などと親ばかを爆発させているスティーブンをアルフレッドは無視した。
「あの、話っていったい何ですか?」
「ああ、すっかり忘れていたよ。アルフレッド、君の身なりを見込んで頼みごとがあるんだ。」
「はい。何でしょう。」
「うちの執事になってくれないか?」
「はい?」