焦燥の姫
シュバイツはうまくやってくれたようだ。セルディエフ大公への手紙を託した次の日の夜。もう返事を持ってきた。
「よくこんな短期間でセルディエフ大公に手紙を渡せたわね。どうやって彼の部屋に忍び込んだの?昼間にいったんでしょ?」
とルリアはびっくりして聞く。
「それは秘密です。しかしこの城、もう少し裏口の警備を増やしたほうがいいのではないですかね。特に錬金術部屋あたりを」
「それは女王に言ってよね」
シュバイツは以前、気球を作る際に錬金術部屋で猛威を振るったことがあるから、たぶん裏口を開けてくれるような機知の人物でも作っていたのだろう。本当に、なんでも利用する男だ。
二人は手紙を見た。手紙は丸めて封がしてあって、一度も開けられた形跡はない。赤いロウにセルディエフ大公の指輪の封印がなされている。
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ルリア殿下へ
私が女王に歯向かうなどもってのほか、ましてや他の王族に反女王を私が煽ったことなどございません。
今私は幽閉にも等しい囚われの身。どうして他の王族と接触したり手紙のやりとりをできましょうか。
以上のことは神に誓って本当のことだと約束します。
私は今、何も知らぬ身でございます。残念ながらお力になれることはございません。
セルディエフ
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「彼と話もしましたが、話の内容は手紙の内容と同じでした。部屋もくまなく調べたし、彼の監視を担当している官僚にも変装してそれとなく聞きましたが、やはり手紙に嘘詐称はないと思います」
とシュバイツ。
ノーランド含め、エウリアの民というのは、どんな悪逆非道でも高位の騎士や貴族なら、よほどのことがない限り「神に誓って」などと言ったりしない。それにいまやルリアと運命共同体となっているシュバイツがそこまで言うなら、本当だろう。
「それでルリア殿下、実はセルディエフ大公に接触する際、たまたま有益な情報を得たのです」
「なによ、教えなさいよ」
「それはもう、重要な情報です。あ、そうでした、その前にですね、セルディエフ大公に接触する際、錬金術士どもを買収するため、いささか費用がかかりましてね」
「カネを出せっていうの?それなら見当違いだわ。私はほとんど幽閉されたようなものよ。今自由に使える資金はないのよ。分かるでしょ」
「いえいえ、そうではなくてですね、事が済んだ後、便宜を図って頂きたいのです。例えば硝石鉱山のひとつやふたつくらいの経営権を」
「あなたとことんずるいわね。鉱山はくれてあげられないけど、必要になったら必要な数の硝石を送るわ。それでいいでしょ」
「ふむ、まあいいでしょう」
シュバイツめ、こんな時でも交渉してくるとは。しかもかなり偉そう。キモが据わっているというか、いつもこういうギリギリ生活をしているから慣れているのか。
「で、情報は?」
「はい殿下。殿下のために命を投げ打って手にいれましたよ。花火設備の一切の準備を女王に認めさせ、女王を暗殺する任務を受けた私を、わざわざ城に引き込んだ例の”高位と思われる王族”はセルディエフ大公だそうです」
「それはありえないわ。だってセルディエフ大公は幽閉されているのよ。そんなことできるわけないのに」
「でもくすねた命令書にはセルディエフの名がありますよ、ホラ」
ポンとテーブルに丸められた羊皮紙が投げられた。開いてみると、セルディエフが書いたことになっている提案書で、しっかり女王の裁可を得た印もある。「街で噂の大道芸人を呼び、宮大工たちを招集するのはどうか」という内容。言うまでもなく大道芸人とはシュバイツのことで、そのシュバイツは女王を暗殺する依頼を受けている。
「うーん」
シュバイツは顎に手をもっていって首をかしげる。
「セルディエフ大公は女王に幽閉され何もできない。なのにシュバイツを城内に招く提案は、セルディエフがやったことになっているし、提案書には女王の裁可まである…おかしいわ!裏切リ者としてセルディエフの幽閉を指示した女王がセルディエフの提案を認めるわけないもの」
二人は少し考えて、ある結論に達した。
「セルディエフ大公の名を使って女王を殺すため“暗殺者”を城内に引き込む命令を下したのは、当の女王…?」
「ありえるわね。他の誰かがセルディエフの名を騙って女王に提案したら、女王がおかしいと思うわ。それに裁可の印は女王しか押せない。セルディエフ大公は幽閉されているから、自分の名が勝手に使われたなんて思いもよらないでしょうね」
「そうなりますね」
「…でも待って、それじゃ女王は自らを暗殺する刺客を、自らの手で城に引き込んだってことになるわよ」
「私もそこが…ひっかかります」
二人はそれ以上これと言った結論が出せず、その日の夜はお開きになった。
「それでは、私はこれにて…また情報を得てから考えましょう」
そう言ってシュバイツは窓から夜の世界へと消えていった。
予定通りに行けば、花火は5日以内に打ち上げねばならない。打ち上げの日、それは女王の暗殺を実行する日でもあり、もし暗殺が実行されなければ別の刺客によってシュバイツは殺され、彼の命日にもなる。
5日以内に問題を解決し、どうにかルリアとシュバイツは生き残らねばならない。
残り4日と迫ったその日、シュバイツは夜な夜な窓からルリアの部屋に忍び込んだ。もう手馴れたものでルリアもその時間になぜかちょうど目が覚めた。
ルリアは不思議な高揚感に囚われていた。数日前まで暗殺される恐怖に眠ることすらできなかったはずだし、今でも怖いのは確かなのに、冒険心が勝っている。映画のように、人ごとのように思えてすらいる。
「シュバイツいらっしゃい。あと4日でどうにかしないとならないわ。何か今日は収穫あった?」
「…厳しいですね。これはもう、本当に女王を暗殺して国外に逃げるしかなさそうですねぇ」
シュバイツもまた他人事のような冗談を言う。
「新情報、あるにはあるのですが」
「なによ」
「怪文書が王族らに向けて出回っていました」
前日と同じく、シュバイツはポンと粗末な紙を机に投げた。
「また盗んだの?」
「人聞きが悪いですね殿下。落ちてたのを拾っただけです。ロケット発射台が事故である王族の頭に落ちてお転びになられたので、その隙に落ちたのかもしれません」
「そんなことして!もし怪文書が無いと知ったら、その王族は血眼になって探しにくるわよ?」
「大丈夫です。なにせ内容が内容ですから、探そうと思っても諦めるでしょう」
「そんなまずい内容なの?」
二人は手紙を見た。
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誇り高きノーランド王族に告ぐ
我々は歴代ノーランド王に尽くした忠節な一族であるはずだ
それが見よ!この惨状を!女王の独裁が始まり、地元から選ばれた我々を排除し、女王の為すがままとなった
これほど王族が愚弄されたことが過去にあろうか
私は地方に激を飛ばし、反女王の軍隊を集めている。同時に王城では逆賊サンドラ女王とルリア姫を暗殺する刺客を何重にも放っている
暗殺後は王族による議会を編成して政治を行う。この革命に賛同しない者は新政府によって王族の地位を剥奪するだろう
賛同する者はロケットを飛ばす祭典の場で大柱より右に寄れ
ロケットが空を舞う時、それが我々の勝利の時だ
大公セルディエフ
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「…この手紙も当然、セルディエフが書いたものではないわよね」
「確かめてませんが、そうでしょうね。彼は幽閉されていますから」
「何が目的なの?」
「どうやらこの怪文書、王族の中でも限られた人にしか渡っていないようなのです」
「どういうこと?訳が分からないわ」
「賛同する者は大柱の右へ、とありますね」
「それがどうかしたの?ちゃんと説明して」
「会場の左側は小ロケットの資材で埋まっていて、入りにくいのです。つまり、手紙を見ても見なくても大半は右側へ行くしかない」
「つまりですね、この手紙は口実ということです。王族が右側に整列する。手紙が暴露される。右によった王族は無実でも女王暗殺に加担した奴らとなる」
「そんな…騙し討ちじゃない」
ルリアは戦慄した。また冒険心より恐怖心が勝っている。
「セルディエフの名を騙ってこんな怪文書を出して、女王の監視を免れるとこができる人物は…そのいい難いですが女王陛下しかいないわけでして…」
一泊置いてシュバイツは続ける
「それで、私に暗殺を依頼した人物の代理人とやらから、こう命令を受けました。『ロケット祭りの晩餐会に合わせ、右の毒でルリア姫を殺し、左の毒で女王を殺せ』と。調べたところ、左の毒は弱い毒で、右の毒は即死級でした」
「…」
ルリアは言葉を失ってペタンと部屋に座り込んだ。シュバイツは手を貸し、ルリアを支える。
「…私、女王に殺されようとしていたの?」
女王が毒を被って寝込んで、弱々しい呼吸をしていた時を思い出した。母親らしくないとはいえ、あの頃は愛情を感じた。政治抗争が渦巻く王城で一番近い血縁、父親亡き今、この世界で唯一親と言える存在。
女王は暗殺未遂以来、人が変わってしまったのだろうか。それとも、元からこういう人だっただろうか。
悶々とした気分に、ルリアはベッドに倒れこむようにして、潜り込み、うつぶせになって静かに泣いた。
迫る期日に焦るシュバイツは、何か言いたそうにしたが、そのまま何も言わずに窓から退散していった。
女王に対してあまり愛情はないと思っていた。こっちの世界は現世と違って仮の世だと。本物の親なんかではないと思っていた、だけだった。心の奥底でやはり母親は母親だった。
期日が迫る中、ルリアはうわの空だ。毎夜、シュバイツはルリアの部屋に通ったが、ルリアが全く話を出来る状態じゃないから簡単な報告だけして去る。
そしてついにロケット発射の前夜となった。実質最後の夜だ。
「殿下。心苦しいのは分かりますが、手を講じないと我々はあの世へ行ってしまいます」
とシュバイツ
「それもいいかもね」
ルリアの脳裏に本当の母親と新宿の風景が蘇る。現世でふつうに大学生をしていたあの頃に、死ねば戻れるかもしれない。いやそんなことはないんだろうなと分かっていつつ、今から逃げたくなる。
「聞いてなくても言います。私は明日、盛る毒を間違えます。ルリア殿下に弱い毒を、女王に強い毒を盛ります」
「やめてっ!!絶対それは…それだけは…」
ルリアは夜であることも忘れて絶叫した。声が漏れれば衛兵だって駆けつけかねないことも忘れて。
シュバイツは急いでルリアの口を塞ぐ。
「いいですか、あなたが死ぬか女王が死ぬかの瀬戸際なのですよ。女王が死ねば一瞬でも会場は混乱します。その隙に得意の演説でもして、あの時のように殿下が場を掌握してください。殿下に盛る毒はほぼ無毒になるまで薄めておきます」
シュバイツも命が掛かっているから必死に説得するのも当然だ。それは分かるが、ルリアは既に論理的に考えられなくなっている。
快晴の朝。
花火大会の準備は万全に整い、金銀の甲冑に身を包んだ王城近衛がずらっと整列する中、戦勝を祝う式典は盛大に開始された。
苦虫を潰したような顔のジクセンやバイローエンの大使・王族たちがそれを囲む。月桂冠をかぶり、銀の仮面に顔を包んだノーランドのサンドラ女王が中央の赤い高い台座に座り、その周りを女王親衛隊が囲み、さらにその前後をグダンチア攻防に参加した大部隊が揃う。城下の大通りから王城へ凱旋パレードの軍隊行進は延々続いた。
城下の市民らは華麗なパレードをひと目見ようと窓や屋根に群がって乗り出している。わぁっという大歓声がところどころで断続的に響き渡る。
夜には花火の打ち上げがあり、女王かルリアの命日となる。シュバイツは準備を指示し、自らは料理の中に毒を仕込む。
グダンチアを奪い取れなかった屈辱に顔が曲がりそうな各国代表の横でプロセリオン第二王子エルクトは不敵な笑みを浮かべる。
一方その頃、プロセリオンと国境を接するノーランド西方のきこり小屋が突如燃え上がった。
その火と煙を頼りに、軽装の正体不明の軍勢が集まり始めた。雨水が水たまりを作るようにして鈍色にきらめく不統一な装備と武器が太陽の光を反射する。
事態は急変する。
つづく




