姫の静かな戦い
朝目覚めると、短時間しか眠らなかったことに対して後悔が襲ってきた。しかし不思議と朝の光は暗殺の恐怖を和らげる。今は睡眠時間を削った後悔の念のほうが強い。とにかく眠い。
数時間しか寝てない。それなのにめざましとか無くても毎日起きる朝6時に自動的に目が覚めてしまう。
姫というものは怠惰に好きなだけ起きて、好きな時に食べて、毎日遊んで過ごしている。…と自分が姫になるまでは思っていた。あれは夢物語だ。現実は、まるでサラリーマンのよう。
格式張った行動、歩き方ひとつに至るまで決められ、腰を締め付けるコルセット!物理的にも時間的にもぎゅうぎゅうだ。おまけに命の危険まである。
朝の着替えと礼拝を終えて、日程はベルトコンベアで運ばれる製品のように、自動的に進む。
女王が君臨している今、姫に謁見を申し込む人はいない。公務はイベントがあるときだけだし、今は戦勝パーティが毎晩続いているから、昼間に姫が姿を晒す場面がない。
王族に直接会うのは夜のパーティだけだが、それまでにやれることはある。あの家庭教師のリンデンに、授業を通していろいろと聞き出すのだ。
「リンデン、私は政治と歴史に興味があるのは知ってるわね?今日もいろいろ質問するけどいいかしら」
「えぇえぇもちろんでございます。以前も申しました通り、勉強のためであれば、それはもう喜んで尽くさせていただきます」
リンデンは真面目だ。ルリアは勉強熱心なフリをしてリンデンからいろいろ引き出すことにした。
真面目のフリとはいえ、宗教学が中心なのが世の常で、しかもノーランド語じゃなくて共通語になっている古代レムレシア語で書かれているから、柔軟な”少女ルリアの”脳を持ってしても辛い。
自分の出生とか新宿の記憶はなんなのか、この世界はなんなのか、興味が沸いてからは宗教学も以前より苦にならない。何かヒントになることがあるかもしれないから。
ルリアは休憩時間も巧みに利用する。「王族たちはなんで遠くに行ってしまったの」とか「王族の中で母に恨みを持つ人は誰?私は悲しいわ」などと少女らしく、かつさり気なく暗殺に関する小さなヒントでも聞き出していった。
その結果、いくつか情報を得られた。その断片的な情報を合わせてみる。毒殺に関する噂はさすがにあるわけ無いが
「王族の中でも筆頭株のセルディエフ大公が、他の王族を扇動しているらしい」
という事実が浮かび上がる。リンデンは貴族だが王族ではなく、限りなく女王派と見られているが、実際は学問の神様にしか仕えていないと思えるくらい、本の虫で浮世の出来事にあまり興味を示さない。
それでも勉強の延長にある質問ならどんな内容でも答えてくれた。というのも、リンデンは博識で通っていたから、質問に答えられないのはプライドが許さない。きな臭い政治の歴史なども調べてでも教えてくれた。ルリアはこの便利な本の虫をありがたく利用させてもらうのだった。
一方で晩餐会やパーティそのものでは、さすがに誰もボロを出さないようで、全く情報を得ることができなかった。
それから毎晩、新たな情報を得ては夜な夜な忍び込んでくるシュバイツに得意げに報告する。ルリアに失望しかかっていたシュバイツも3日間、小さなものでも新たな情報を得てくるルリアを見て、いささか信頼を取り戻しているようだ。
3日目の深夜。あと数日で”花火”の披露となる時期に迫った。花火打ち上げ後は速やかにシュバイツは城から追い出されるだろうし、毒殺が行われなかったと知ればシュバイツの身も危険にさらされ、第二の刺客が放たれるだろう。命の期限は刻々と迫る。
「打ち上げロケット(花火)のほうは順調なの?」
「順調も何も、今すぐにでも打ち上げ可能ですよ」
やっぱりシュバイツは天才なのかもしれない。いくらヒントを与えたと言っても、一発で飲み込んでいつの間にかどこからか材料も取得している。しかも毒殺の調査と並行してだ。味方としては心強いが、敵になったらと思うと心が凍る。
それから間もなく、現状の確認と今後どうするか、二人だけの作戦会議が夜の窓辺で行われた。
「結局、あのセルディエフ大公が反女王をウラで訴えて王族らを扇動している…ということくらいしか分かりませんね殿下」
「うん、新情報を得てもその関連ばかりね。裏付けにはなるけど」
「ここまで噂が伝わってくると、もはやこれは、なんというか…」
「なんというか?なによ、言いなさいよ」
「もしかして女王はわざと噂を垂れ流しているんじゃないかと。ここまで公然の秘密になっているのに、女王は何も対策を取ろうとしない。おかしいと思いませんか」
「そうねぇ。同じ情報も得すぎると、新しい事実に行き着くこともあるわね。確かに、多すぎるくらい彼の噂が入るわ」
二人は無言で、ルリアは腕を組んで、シュバイツは手を顎に当てて上を向いてしばらく考え込んだ。
だいぶ経ってルリアが口を開く。
「…ねぇ、セルディエフに直接聞こうと思うんだけど」
「それは、それは辞めた方がいい!いや、せっかく我々が秘密裏に調査を進めているのに、本当に彼が犯人だったらどうするんですか、ぶち壊しですよ」
「聞いたところによればセルディエフ大公は先の戦いの罰を受けて謹慎中ではないか!もしルリア殿下と会ったとなれば、今度こそ彼は極刑ですし、あなたも不利になりますよ」
あまりにシュバイツはびっくりして、言葉が一瞬強まった。
「ふふ、会うのは私じゃないわ。シュバイツ、あなたが私のメッセージを彼に届けるの」
「馬鹿言わないでください。私はそんな賭けで身を滅ぼすのは御免です!失礼します」
シュバイツは入ってきた窓から出ようとする。ルリアはその背に声をかける。
「あら、帰ったところであなたにも未来は無いわよ?その前に私が今ここでキャーっと一言騒げば、済む話だわ」
「脅したって無駄ですよ殿下。そうすればあなたも終わりだ。いずれ毒殺されてしまいますよ」
シュバイツは後ろを向いたまま話す。
「あなたは”王族某”に実際に毒殺を頼まれている身だわ。そしてあなたは忠実にも今ここで毒を仕込もうとして私に発見された…ということにもできるわ。それ以前に姫の部屋に忍び込んだのを城の皆に見られたらどうなる?先に破滅するのはあなたのほうねシュバイツ」
シュバイツはそれを聞くと観念したように両手を挙げてやれやれという仕草をしたあと、振り返って再び窓際のイスに座った。
「ごめんなさいシュバイツ。あなたのことを恨んでいたりするわけじゃないけど、私も必至なの分かって?」
「いえいえ、それはもう…しかしセルディエフ大公に手紙を送るのは、敵に答えを送る可能性もあるのですよ」
「私はセルディエフを信じているわ。彼は犯人なんかじゃないって。一緒に戦った仲だし」
「いいですか殿下、ここは王城、伏魔殿なんですよ。そんなロマンチックな考えじゃ破滅してしまう。それに彼はだいぶ野心家だった。本当に殿下を暗殺くらいやってのけるかもしれない」
シュバイツは何を言っているんだというような顔になってルリアを諭すように言う。
「ちゃんと確証はあるわよ。いい?セルディエフは今謹慎中で晩餐会すら欠席なのよ。彼は危険人物とみなされているから、彼に会えるのは女王の忠実な部下の官僚たちだけ。監視されてる彼が、反女王の扇動をどうやってやるの」
「確かに、そこは気になってました。セルディエフは女王の手の内にあって噂が流せない。というのも、もし本当にセルディエフが噂を流しているなら、女王は彼を処分するか、噂を止めさせるのが普通だ」
毒殺とか暗殺の噂はさすがにないが、反女王の狼煙を上げているのがセルディエフだという噂は日に日に増していた。
普通なら、女王の監視下にある人物がそんな態度を取るなら、処分するか少なくとも辞めさせるだろう。
セルディエフは女王の手の内にあるから、噂になるほど堂々と反女王の話を王族にバラ撒けるはずがないし、そもそもやろうとも思わないだろう。
噂が止まらないということは、女王自身か、あるいは別の誰かがセルディエフの名を使って噂をばら撒いているとしか考えられない。
だが、仮にそうだとしても、何のために誰が「セルディエフが反女王の行動を取る」などと噂を城にばらまいているのか、毒殺とは関係あるのか、そこまでは全く分からない。
「ということで、今はセルディエフに直接聞くくらいしか、ヒントを得る口はないわ」
「分かりました。私は大道芸人から郵便屋に転職するわけですね」
「いいじゃない。なかなかステキよ。今急いで手紙を書くから待ってて」
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セルディエフへ
あなたがサンドラ2世女王への反逆ともとれる行動をしようとしていると、城内で噂があるのはご存知でしょうか。
私はシュバイツをこの件に関して調査するよう、この手紙を渡して指示を出しました。
本当か嘘か、知っている限りのことを手紙に書き、封をしてシュバイツに手渡してください。
追伸 この手紙を見て了解したらすぐ焼くのよ
ルリア
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「殿下、手紙に残すと、万が一私が捕まった時に証拠になってしまうのではないですか?それに私がこの手紙を持って密告するかもしれませんよ」
とシュバイツ。
「密告したら、あなたもただじゃ済まないわ。なにせあなたは大層にも女王殺しの依頼を受けているんですからね。それに、印章入の手紙が無いと、あなたが何言ってもセルディエフは信用しないわよ」
「それもそうですね。わかりました」
手紙を封してシュバイツに手渡すと、彼は怪盗のように窓の外へ消えていった。
果たして、犯人は誰なのか。セルディエフ大公と関係はいかに。
つづく




