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姫と見えない敵


自分が暗殺されかかっている、しかも暗殺の依頼を受けたのはこともあろうに仲間のあのシュバイツだった。


朝になると、ルリアはようやくその事の重大さに戦々恐々とした。今の自分は囚われの小鳥に過ぎず、シュバイツならその気になればいつでも自分を殺せる。今のところシュバイツは自分の味方だからその点は安心だが、暗殺しようとしている人が果たして暗殺をシュバイツだけに任せるだろうか。


もし、自分が暗殺の依頼を出した”王族の某”だとしたら…シュバイツの他にも暗殺者を仕立てる。シュバイツが暗殺を実行しようが失敗しようが、口封じにシュバイツも殺すかも。


シュバイツもバカじゃないからそこらへん分かってるだろう。とにかく、早く依頼主“王族の某”が誰なのか知らねば…。


コンコン!


「ひゃ!」

にわかに扉を叩く音。ルリアはベッドから飛び起きた。


「殿下、お着替えと朝の礼拝の時間でございます」


「え、あ?ああ…いいわよ入って」

いつもの、日常の流れなはずなのに、昨日の話を聞いて以来なんでも恐ろしく感じるようになってしまった。

(ひゃ!とか言ってしまった…どんどん心のほうも女の子みたいになってきている。一体この先どうなってしまうんだ。私は新宿の記憶も経験も、いずれ全て消えて本当にこの世界の住人になってしまうんじゃ…)

不安は連鎖するもので、関係ないことでも何もかもが不安に感じる。


従者のシシーと幾人かが入ってきた。彼女らが着替えと髪結いをしている間、ルリアは考える。


(このままではいけない。取り乱しているのが王族の某とやらにバレたら、暗殺計画が漏れたと分かってシュバイツも殺されてしまうかもしれないわ)


と頭で考えてもそうコントロールできるだろうか。


見えない敵は恐ろしい。”この世界での母親”たる女王サンドラ2世は一度実際に未遂とはいえ暗殺されて死の淵まで行ったのに、今は堂々と人前に姿を晒し、パーティを主催し、独裁的に政治を切り盛りしている。今まで暗殺なんて物語の中だけ、あまり深く考えたことなんて無かったが、実際に狙われるとここまで恐ろしいものか。暗殺されても平然としている女王というのは凄まじい精神の持ち主なんだと改めて思った。


政治の内容はどうあれ、自分以外の全てが敵とも言える状況でも、あの女王は曲がらない。


そんなノーランドのサンドラ女王の娘として生まれ、国きっての英才教育を一応受けてきたルリアだが、前世は新宿のただの学生。頭脳と身体は”ルリア”という良い血統の媒体を使っても、精神的にはただの一般人なのかもしれない。


「殿下、終わりました。今日もお美しゅうございます」


シシーがもはや定型句のようになった終わり文句を言い、失礼しますと退場していった。すかさず迎えの別の従者が来て先導を受けて礼拝堂へ向かう。


見る限り、城は護衛の数も武装した兵隊も増えてない。当然だ。表は日常。何も変わらないのだから。暗殺なんて話はここには”無い”のだ。


ルリアの警護兵、王城の警備兵、女王の招集に応じる数千の騎士たちと数万の兵隊…。無力!なんて無力!全て、泥人形のようなものだ。


シュバイツ以外、守ってくれる存在はない。いや、違う。シュバイツだって敵になるかもしれない。


(結局は自分の力でなんとかしないとならない。姫というのはなんて力の無い存在なんだろう…・)


少し前のグダンチア防衛戦。敵は数倍の戦力差、強大ないくつもの勢力に囲まれて孤立無援だったあのときのほうがまだマシだった。シュバイツや、王族のセルディエフ、領主コメルジェフとか力強い味方達もいたし、敵が見えていた、誰だかも分かっていた。今は、たったひとりの見えぬ敵に翻弄されている。表向き何もない平和の中で。


あのとき一緒に戦ったみんなは女王の政策で離れ離れ。幼い頃からの相談相手だった大臣のラズリオも遠い存在になった。誰か、助けてと叫びたい。


==========


「…それでは殿下、私はこれで」

シシーはそういうと、ルリアの自室から退場しようとしている。


ハッとルリアは辺りを見回す。いつの間にか一日が終わって夜になっていた!

ずっと不安の中考え事をしながら過ごしていたら、まるでタイムマシンに乗ったかのように、いつの間にか夜になっていたのだ。


「待ってシシー、なんで帰ろうとしているの!?ちょっと、ちょっとここにいなさいよ」


「分かりました、お供します」

ニコッとシシーは微笑んで薄明かりのルリアのベッドの近くに寄ってくる。


「…殿下、あまりにも魂ここにあらずって感じでしたので、ご迷惑かと思い、失礼いたしました」


(まったくこの娘は、文句も言わず本当に何を言っても自分に付き従ってくれているんだな)

貴重な味方を得たようで嬉しく思った。


ひとりになるのが怖かった。


シシーは不安そうで寂しそうにしているルリアをよく気遣った。

ルリアは夜遅くまでシシーを“残業”させた。何気ない話をしていたと思う。でも何を話したかは覚えていない。それでも心は落ち着いた。


このままずっといて欲しかったが、お別れの時がやってきた。なにせシュバイツが来るのだから、ばったり二人が対面するのは非常にまずい。


ルリアはまるで看病される病人のごとくずっとシシーに右手を握ってもらっていた。ルリアは普段なら眠りに着く頃だが、今はウトウトもできない。暗殺を心奥底で恐るあまり、眠れないのだ。でもシュバイツがそろそろ来る。


「シシー…そろそろいいわ。ありがとう、よく眠れそうよ」


「はい、そう言っていただき光栄です。それでは、おやすみなさいませ殿下」

そういってシシーは棚のランプの火を消して退出していった。


よく眠れそうなのは嘘だが、居てくれてありがたかったと心の奥底で思う。なにせ暗闇の中のベッドは恐ろしく、風の音も悪魔の声に聞こえる。

(日本で暗殺を恐れる人って何人くらいいるんだろう。“現世”にいたころの歴史の教科書を思い出してみる限り、暗殺の無かった時代はないほどだった。権力者でも暗殺を恐れず夜も眠れる日本が特別な時代だったのかもしれない)


などと思いながら、窓から差す青い光をじっと見つめていた。


するとコンコン、っと窓を叩く音。


(シュバイツ!?)


ルリアはごそごそとベッドを抜け出して、恐る恐る壁を伝って窓に忍び寄る。


「…誰?」


「殿下の忠実なしもべ、シュバイツにございます」


その返事を聞いてルリアはバンと勢いよく窓を開けた。バルコニーに今度は跪いたりせず手すりに寄りかかって立っている。


まったくもって無礼なのだが、ルリアはもう安心のあまり嬉しくてしょうがなかった。


「殿下、報告しておきましょう。さて、暗殺の件ですが…」


「どうだったの!?」


「残念ながら犯人はまだ分かりません。噂話を収集していますが、あまり大したものはないですよ。ひとつ言えることは依頼主の王族某は相当な高位で政治に食い込んでいる王族でしょう」


「そうなのね。ほとんどの王族は女王が権力を剥奪したり地方に流したばかり。そんな高位で政治に残っている王族なら限られてくるかもしれないわ…」


「それで、殿下はどんな成果が?パーティに出ていらっしゃるなら、何か不審なヤツとか、目星のついた人とかいらっしゃるでしょう」


そう言われてルリアはハッとなった。しまった!自分は一体何をしていたのだ!!あれだけ一人でなんとかしないととか言ってたくせに、自分は何もやっていない。誰かに守ってもらうのが当然だと、安全は向こうからやってくると、どこかで生ぬるい考えがあったんじゃないか。


何もできなかった訳じゃない。十分に、時間もあった。命の危険にさらされたから何もできないなんて、この世界と姫という立場じゃ言い訳なんだ。


「…分からないわ」


「何も成果がないと?」


この男、ずかずかモノを言う。でも今は、言い返す材料は何もない。


「うん。ない」


「そうですか…、やはり殿下は結局姫様で少女なんですね。そこのところ忘れておりました。それではまた明日の夜に」


シュバイツはまるで自分ひとりでなんとかするしかないと悟ったように、それだけ言い残して窓に消えた。


部屋にはまた、風の音と青い光、そしてルリアだけが残された。


(シュバイツは私のことを一目置いていたのは確か。私はそれを裏切った。私は何もできない姫様で少女だと分からしめてしまった…彼は落胆したに違いないわ)


(私が無力で何も与えるものがないと思われたら、シュバイツは私を見限るだろう。そうなったら終わりだ。命を賭けても守るべき価値のある人間で有り続けない限り、私はひとりの味方も得ることはできないだろう…)


科学の知識を授けると言っても、ルリアだって万能ではない、ただ21世紀の科学をちょっと知っているだけの学生に過ぎない。いずれ知識は枯渇し、シュバイツはルリアを離れることになるだろう。科学の知識だけでは人を惹きつけるのに限度がある。特にあのシュバイツレベルとなると。


「…よし、やらないと。シュバイツを見返してやろう」


そう独り言をして、ルリアは眠った。暗殺の恐怖に、体力の限界が勝った。眠気、人はいつでも最後はこれに勝てない。


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