姫と王城の影
ホーリーレムレシア帝国のジクセン王国領とノーランド王国の国境は、赤と黒に支配された。
夜を引き裂く赤い炎に、黒い煙。さらに人の血が赤黒く彩る。
「親衛隊!左右に分かれて敵を抑えよ!貴様らが頼りだ!」
リヴァイア騎士団のトブロク司令が叫ぶ。
夜陰に乗じての突撃は成功し、とりあえず当初の目的通り敵を分断して血路を開くことができた。
問題はここから。馬の突撃力を失った騎士団兵は馬から落とされたり馬を討たれたりして次第に歩兵と化していく。
普通なら突撃したらすぐ退くのが普通だが、彼らにここから退く先はない。味方が無事リヴァイア騎士団領に撤退するため、命を懸けて踏みとどまるのが彼らの務めだからだ。
レムレシア帝国軍の主力を成すジクセン王国を率いるフリードリヒ公爵とプロセリオン王国のゲオルグ王子の二人は分断された帝国軍を立て直していく。
混成部隊とはいえ、もともと数が多いレムレシア帝国軍は奇襲で受けた狼狽から立ち直り、たちまち防衛体制を整えて撤退するリヴァイア騎士団に攻撃を仕掛けた。
「逃げる者は放っておけ!敵の司令官、トブロクを探せ!」
戦況がひと段落するとフリードリヒ公爵とゲオルグ王子は同じ指示を同時に部下に飛ばす。
彼らレムレシア軍の司令たちは当初、虚を突かれたものの体制を立て直し、戦争に負けないと見るや自らの武勲を示してライバルを出し抜こうと躍起になった。
目指すは個々の騎士の最高の武勲、敵最高司令官の首を取ることだ。
各々帝国軍の指揮を部下に任せ、トブロクめがけて馬で突進した。
戦闘開始から1時間。すでに大半のリヴァイア騎士団は脱出に成功したか逃げたか、あるいは討たれていて、戦場には残るのは殿を務める親衛隊と司令官のみとなっていた。
「リヴァイア騎士隊長トブロク!勝負しろ!」
そういうや否や白馬を駆り立ててゲオルグ王子が突撃する。
ゲオルグ王子はレムレシア帝国構成国のうちでも力のあるプロセリオン王国の若き第二王子。
白金色の鎧にはどこへ出てもおかしくない威厳に満ちた堂々とした造りで、文化の先進国シエルダンジュ最先端の職人に、この戦いのためにわざわざ作らせた特注品だ。
首から胸にかけてプロセリオン王国王家のオッフェン家の紋章を纏う。筋骨隆々のその姿は騎士の鑑と言えるほどだった。
しかし彼は第二王子なため、家督を継ぐことができない身。行く末を案じ日々の鬱憤を募らせていたから、なんとしてもここで武勲が欲しかった。
ゲオルグが槍を振りかざすと、黒い鎧に血が乾いてさらに黒く光らせる鎧をきらめかせてトブロクが振り向く。
トブロクはガキッと剣でゲオルグの槍を払い、突撃をかわすと、次はゲオルグは白馬をターンさせて槍を投げつける。
トブロクは馬を巧みに操って投げ槍を回避すると同時に馬を躍らせて長剣を振りかざしてゲオルグに突撃し、不意を突かれたゲオルグは剣撃を避けたものの落馬し、強い衝撃が身体を伝い、脳震盪を起こして倒れ込んだ。
次はフリードリヒ公爵が槍を振りかざしてトブロクに突撃した。
フリードリヒ公爵は今回の件の首謀者のジクセン王国の王族の一員だった。歳は35歳とゲオルグよりも年下だが、王族と言えどただのいち公爵に甘んじている境遇から、やはり武勲が欲しかった。
首謀者は王族だが、彼は王家のためなら命をも差し出すと言ってはばからない。今回も陰謀を知るや否や真っ先にこの任務に志願した。もっとも忠誠心は心からではなく、自身の出世のために過ぎない。
倒れるゲオルグを横目に、やはりぴかぴかに磨かれた白金色の鎧に豪華な飾りの入った紋章入りの帷子を身に着け馬を走らせていく。
「バカめが、戦いは遊びではないぞゲオルグ王子!鎧は新しいものよりも使い込んだほうがいいのだ!武勲は貰ったぞ!」
フリードリヒとトブロクは4〜5合打ち合ったのち、トブロクの怪力と技量がフリードリヒを圧倒し、フリードリヒは馬から突き落とされた。
しかしホーリーレムレシアの親衛隊が駆け付けたため、トブロクは止めを刺すことを諦めて撤退していった。
5日後、トブロクはリヴァイア騎士団領にたどり着いて領内で部隊を再編したが、出発時2万人いた軍団は9000人ほどに減っていた。
それでも全滅を免れたのは、ノーランドと本格的な戦闘を回避できたこと、ホーリーレムレシア帝国軍の指揮官二人はそれぞれ自分の武勲を立てたかったがために、逃げる兵を追撃しなかったことが大きい。
敵司令官の二人を負かせて生き残ったが決して良い結果とは言えない。本当なら今頃ノーランド王国のグダンチアを占領し、騎士団長から最上級の名誉を授かっていたはずだ。結果はどうだ、得るもののない大敗をしてしまった。騎士団長からトブロクにどのような責めがあるか分からない。
このまま逃げてしまいたかったが、実直な彼は"戦果"を起きたまま報告するため騎士団の本部へと馬を進めた。
ノーランド王国領グダンチア
「いやぁ!さすが殿下!一時は覚悟を決めておりましたが、やはり奇跡というものはあるのですな」
グダンチアの領主、コメルジェフはルリアに向かってにこやかな顔で拍手した。
あたりは崩れかけた城壁と投石攻撃の痕が生々しく残っているが、住民は勝ったという自信と王女ルリアの活躍から、人々の顔に明るさを取り戻している。
住民らは教会に突っ込んだままになっている空飛ぶ機械ー気球ーを街のシンボルとして保存しようとか、王女ルリアの像を建てようとか話題になっている。
戦場に残されたリヴァイア騎士団の戦利品を運び込み、一部は公共競売にかけられて街の復興代金に充てた。
計算したところ、回収した戦利品は2万クローネどころか3万も4万にもなると見込まれている。
戦闘から7日が経ち、早急に城壁と港の復旧が行われている。
気の早い港町の住人たちは、壊れた街もなんのその、さっそく戦勝パーティを各々開いている。
街中にはタダでビールを振る舞う者が出てきて、人々を楽しませる大道芸人がどことなく現れ、時期外れの祭りが勝手に開催されている。
ホーリーレムレシア帝国から「治安維持と物資の援助」の申し入れがあったが「ありがたい申し入れなれど戦利品を獲た故、必要なし」と返事して使者を追い返した。
この日、コメルジェフはルリアを協議して、今から10日後に凱旋パレードを行うことを決めた。
本来なら当日行ってもよかったのだが、被害は相当にあり、戦利品の運び込みと処分を決めたりとやることが多いという理由で期日を遅らせている。
「さてルリア殿下、10日間いかがお過ごしいたしますか?わたくしめがお供しましょう」
戦いの最中、青い顔をして必死にルリアを逃がす方法を考えていたセルディエフが、若干赤ら顔でそう言ってきた。
「結構よ。お酒臭い人をお供に連れたくないもの」
とルリア。
「よく分かりましたね」
「顔が赤いわ」
ルリアは城を守ってくれて今は無残に壊れかけている西側城壁に登ってみた。
「殿下、ここは危険でございますから、騎士館にお戻りいただきたく…」
兵士のひとりがルリアを止めようとしたがつかつかとルリアは山登りするかのように壊れかけの階段を上がる。
「お勤めご苦労なことだけど、私は敵が攻めてきたときもここを登ったのよ。それと比べたら今ははるかに安全だわ」
兵士がルリアに触れるわけにいかないから、止めることも結局できず、見送るしかなかった。
前世の大学生だったころは駅前のスポーツ娯楽施設か何かで、友達とサッカーなり野球なり気軽にできたが、ルリア姫となって生まれてからろくに運動もできない。
それどころか、ルリア姫が走っているというだけで注目の的になってしまうほどだ。
登っている最中、ルリアはアスレチックを思い出し、できることならどこまでも高みに登りたい衝動に駆られたが、ゴールはすぐだった。
登りきると崩れかけの城壁外に援軍としてやってきた地方領主の軍隊数百人が野営陣を張って柵を立て、臨時の砦としているのが見える。
一応敵が来ないとも限らないから、臨時の措置としてコメルジェフが作らせたようだ。
その砦で、ひときわ目立つ服装の男がロケット攻撃で黒く焦げた地面を見分している。
「シュバイツ、何やってるの?」
城壁の上からルリアが叫ぶ。
「これはこれは殿下!世界で初めての武器ですから、結果もちゃんと記録したいのです!しかしこの兵士どもが邪魔してきます」
見ればシュバイツの周りに兵士が囲んでいる。あるものは興味から、ある者は警戒からだ。
シュバイツは以前ルリアが手渡した姫のサイン入り「全区画通行許可証」をちらつかせ、砦に入って何やらやっていたようだ。
たしかアレは24時間で有効期限が切れるはずなのだが、援軍も城の兵もシュバイツの活躍と噂は聞いていたし、ことば巧みに出入りしているらしい。
「いいわ、調査をさせてあげなさい。ただし、その通行許可証は無効よ」
とだけ言うとルリアは再び城壁を街のほうへ下り始めた。
さっきルリアを止めた兵士は何も言わずに胸に手を当てて敬礼した。
ルリアは考える。姫というのは、自由なのか、それとも不自由なのか。考えるうちによく分からなくなってきた。
それぞれが勝利に酔い、凱旋パレードまであと1日に迫った夕暮れ時。
王城クラフトから騎士が伝令書を持って現れた。
城門を半分閉じかけたところで現れたものだから、門を管理する兵長はぶつぶつ文句を言いながら面倒くさそうに門を開けるよう指示した。
指示された兵隊もまた、仕事が増えたことに不平を言いながら重い扉を開ける。
「ようこそおいでました王国の騎士さま」
という兵長の出迎えも無視してそのまま騎士館へと馬を疾走させていく。
「やれやれ、面倒なこった。しかし、随分と急いでいたな…またこの街に災難でも降りかかるのでなければいいが」
部下はそう口ぐちに噂しあった。
王城から伝令の騎士が来たということで、騎士館内では上から下へと騒ぎになった。
かなり身分が高いことから、考えられるのは王城で何か大問題でも起きたということくらい。
ルリア姫に直接受け渡せという命令を受けているという。
ルリア姫以下、グダンチアの重鎮らが謁見の間に集合する。
王城の騎士が平伏し、頭を下げたまま奉るようにして伝令書を掲げる。
ルリアは別に自分で受け取りに行っても良かったが、なんでも面倒な王宮の儀式。受け取ったものをルリアの手元にまで運ぶ役目を負った騎士館の役人が
さも国宝を扱うかのごとく丁寧にルリアの元へ運ぶ。
現世の日本なら、真っ先に失職する役だろうな、なんて頭の中で考えながら、ルリアは手紙を広げた。
ルリアはその手紙を読み、差出人のサインを見て卒倒しそうになった。
心臓が抉られるような感覚、吐き気すらする恐怖をも襲ってくる。
役目を終えた騎士はそのまま儀式的な動きをしてその場を去った。
ルリアはグダンチアのトップであるコメルジェフ、ルリアに付いてきた王族のセルディエフ二人だけを執務室に呼んだ。
「さて、二人は私の親、サンドラ女王陛下が危篤なことを知っているわね」
最初にルリアがそういうと、二人は「まさか…」という顔をした。
しかし次に続く言葉が違う。
コメルジェフは「お隠れになられたのか」と女王が死んだのかと聞いてきた。普通ならそういう反応をする。
一方セルディエフは「回復なされたのか」と聞いてきた。
「セルディエフ、なぜそう思うの?」
とルリア。
「私はあの騎士を知っているのです。あれは女王陛下の命令を各所に伝える上級の騎士のひとりで、陛下以外の命令はいかなる場合も受けません。アレが来たということは女王が命令を出せる、つまり女王の意識が戻られたということだ」
セルディエフは手に汗を握り、まくしたてるように言った。
それを聞いたコメルジェフは大喜びした。
「いやぁ良いこと尽くめですな!ご回復とあればうれしい限りです」
コメルジェフは王族でもないから知らないのだ。王族と女王は仲がとことん悪いことを。
ルリアは凍り付いた。王国の為とはいえ、勝手に国を仕切っていたのはもう筒抜けだろうし。
それ以上にセルディエフの心は締め付けられているようだった。当然だろう。最大の敵が復活してしまったのだから。
「手紙には、なんと?」
恐る恐るセルディエフが聞く。
「いいわ、二人に見せる。当然だけど口外は厳禁よ」
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親愛なる娘ルリアへ
そなたの働きのお陰で王国が救われたと聞きました。
我が娘として大変誇らしい限りです。
同時に危険な目に遭わせてしまって母として情けない気持ちです。
そなたが連れて行った従者と共に王城へ急ぎ帰り、どうか私にその元気な姿を見せてください。
サンドラ
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一見、文面は子を想う母そのものだが、セルディエフは極度の警戒を示した。
「何をされるか、分かったもんじゃないぞ」
そう、ルリアに耳打ちした。
陛下に何を言っているのか、普通なら不敬罪だし、それを娘のルリアに耳打ちなんて暴挙とも思えるが
ルリアもサンドラ2世が何をするか不安で仕方なかった。
王城に残った王族については何も触れていない。しかし良い方向には動いていなさそうだ。
セルディエフは内心、このまま逃げてしまおうかとも思っている。
城に帰れば女王に何をされるか分からないのだ。ルリアは王族に理解が少なからずあるように思える。しかし女王はまず王族にとって敵にはなれど味方にはならない。
今ここにいないあの変態錬金術師のシュバイツが羨ましかった。彼は自由だ。そういう人生を歩むのも悪くないかもしれない。
そう、セルディエフは考えてたが、ルリアを見てその考えを消した。
ルリアのすごさは分かった。もう少し、この不思議な子を見てみたい。
女王は今まで王族を疎外しきっていたから、復活したなら一切の権限がまた奪われてしまう。それでもルリアの成長を見て、あわよくば女王が亡くなってルリアが女王になったとき、また復権を狙えばいい。
翌日、パレードの冒頭でルリアは挨拶すると、そのまま騎士館に引き返して出発の準備を進めた。
「パレードを最後までご堪能頂きたかったのですが…陛下のお願いとあらば仕方ありませんね。また会える日を楽しみにしておりますルリア殿下」
コメルジェフ見送られながらルリアとセルディエフ、そしてほとんど忘れられていた王城狩場管理人は護衛の騎士数十騎とその部下らを引き連れて王城へ向けて出発した。
王城で何がルリアたちを待ち受けているのだろうか。
つづく




