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姫と戦場の風

リヴァイア騎士団は荒れていた。

「おい貴様ら何している、敵は退けてる!あとは城壁を登るだけで勝てるんだ!退くな!戦え」

撤退命令を聞き入れない将兵らが城壁に向かって突撃体制を整える中、逃げる準備をする者、すでに鎧兜を捨てて逃げ出そうとしている者が絡み合い、まるで戦闘中の様相を呈している。


リヴァイア騎士団遠征隊最高指揮官のトブロクは取り乱しての撤退はしたくなかった。あくまで整然と、敵と対等の立場で戦略的な撤退ということにしたかった。


だが現状はどうだ。撤退と突撃のふたつの命令が入り乱れ、騎士団員の心は揺れている。


今突撃すればノーランド最大の都市グダンチアは一日、いや数時間で落とせる。それはノーランド王国に対して相当有利な条件で講和を結べる可能性を秘めている。

土地が痩せていて物資が不足気味の騎士団にとっても、港湾都市グダンチアは魅力的に見える。


しかし突撃すれば城壁は崩れ、逆に守る側になった場合、すぐ奪い返されるばかりか騎士団は壊滅的打撃も受ける。ノーランド王国の同盟国、ジクセン王国が救援に向かっているという以上、ミイラ取りがミイラになるのは目に見えている。


「突撃して略奪だけすればいい!このまま手ぶらで帰れるか!」


「ばかな!我らの力があればジクセンもレムレシア帝国も怖くはない!」


「何を言っている!敵は我々より数が多いんだぞ、あんなぼろ城壁で守れると本当に思っているのか!」


トブロク指揮下の部隊司令官たちも意見が割れ始めた。怒号と罵声が飛び交う。外では依然混乱が続き、踏まれた兵士が負傷していく。戦ってもないのに鎧の擦れる音、怒声が響く。


なし崩し的に突撃しても、この状態ではあの瀕死のグダンチア城壁すら突破できないかもしれない。


指揮所の大きな天幕で一進一退の議論が終わらぬうちに、外で「わぁ」という声が上がった。


「突撃!とつげーき!」

突然誰かがそう叫び、馬を走らせ城壁へ突撃を開始した。

始めはだれもついていかなかったが、2、3騎と騎士が突撃に参加し、ダムの決壊のように統制の効いていない一つの流れとなって鎧の列が出来上がる。





グダンチア城内


「西方城壁方面より、敵多数を確認!騎士団の突撃です!」

朝日に照らされた塔上でガンガン警鐘が鳴らされ、兵士が走り始めた。


「ル、ルリアさま!敵ですぞ、殿下は作戦成功とおっしゃっていましたがこれは…!」

コメルジェフはルリアが敵に疑心を与え、撤退させることに成功したと言ったことを信じていたのに、今や敵軍は大挙して襲ってくるという。


「だ、大丈夫よ。問題…ないわ」

ルリアが元気付けようと思って吐いた言葉は、逆に周りに「あぁだめだ」と思わせてしまい。グダンチア騎士館の指揮所は疑心暗鬼と恐怖心に支配された。


セルディエフは最終手段として用意してた、ルリア姫を脱出させる手筈を実行させようと身構え、コメルジェフは軍人らしく覚悟を決めようと気持ちを殺してうずくまり、逃げ場のない部下の指揮官らは冷や汗が止まらない。


ただ一人、シュバイツだけは飄々(ひょうひょう)としている。


「あんたね…」

宮廷ではまず使わないような「あんた」という言葉が自然と出てしまったルリア。が、もはやだれもことばづかいに気にしていない。


「殿下、あの火を吹く道具、使ってよろしいでしょうか。つい面白かったのでいくつか作ってみたのですよ」

シュバイツはいつもと変わらない調子で言う。


心なしか、周りの人も重苦しい空気が取れるのが感じられた。何か手があるのではないかと期待する。


「使いなさい」

ひとことルリアの言質を取ったシュバイツは「発射要員に40人ほど兵士がいりますから連れていきます」と勝手に兵士を連れていってしまった。もちろんルリア殿下の命令ということで。


「あと、殿下、ご同行よろしいでしょうか」

瞬間移動したかと思うほど、素早く、いつの間にかシュバイツがルリアの後ろで耳打ちした。


ルリアはひとつ頷くと「敵を追い払ってくる」と一同に言い残し、ルリアはシュバイツと共に西側城壁へ向かった。



ルリアはドレスが邪魔であまり走れないのでのろのろと早歩きで城壁へたどり着く。

するとすでに西側城壁にはロケット数十発の発射準備が整いつつあり、崩壊していない城壁の防塁裏にさらに多くのロケットが隠してあった。まるでここに敵が来ることを予想していたかのように、夜のうちに備え付けられていたようだ。



「ああ、お待ちしていました殿下。城兵も防衛戦を展開していますが、これでは1時間も持たないでしょう。それでこれを使おうと」

シュバイツが出迎える。


「ひとつ聞くけどシュバイツ?ロケットはこのことを予期して準備したの?」


「いいえ殿下。敵など来る来ないは問題ではありません。作りたかったので作ったのです。もし敵が来なければ今後のためにと、殿下に実験の許可をもらって平原に向けて撃ち込むつもりでした。


西側に配置したのは、崩れかけているカ所だから敵が来るとしたらここしかないと思ったのもありますがー…」


「わかった、わかった、いいわ。お陰で敵を驚かすくらいはできるでしょう」


「えぇはい、それはもちろん!ではさっそくやりましょう!」

シュバイツは科学実験ができることが最上の楽しみなようで、いつでもどこでも、それが基準。今がどういう状態かはあまり考えないのかこの男は。


この男なら、きっと宮廷の宴会中でもロケット実験をしてくれよう。


「弓兵!城壁の発射装置をを守れ!そのほか!発射準備ができたら敵に向けてケツの紐に火をつけてくれ!」

シュバイツが勝手に守備隊を指揮しているが、内容は至極もっともなのでルリアは「いいから言われた通りにやってちょうだい」と追認した。


崩れつつある城壁でも、人の力では壊せない。穴になった部分を使って騎士団員がよじ登ってくる。騎士団は統制が取れていないようで、投石攻撃は無く、崩れかかった城壁を打ち崩すことはついにできなかった。

城壁の上の守備兵は槍や弓でけん制・迎撃をする。


すると壁上の兵士が「発射準備完了!」と合図を送ってきた。


「ではルリア殿下!号令を!」

シュバイツが手を振りかざし、演劇役者のような振る舞いでくるりと回る。


ルリアは手を挙げ、そして振りかざし、言った。

「攻撃開始!」



斜め下方向に向けられた発射台数十から、ルリアの掛け声でほぼ同時にロケットが飛び出した。


シュババババ!という音、続いて着弾してドドーンと爆発音が鳴り響き、赤い柱と黒い壁が目の前に現れた。

地響きがし、城壁を登ろうとしている騎士団兵が20人ばかり下に落下。城壁の石壁がガラガラと音を立てて一部崩壊した。


爆発が起きたとき、城の兵2人が大きな盾をたててルリアを守った。盾の隙間から黒い煙が見える。


「ちょ、ちょっとシュバイツ!あなた爆薬をまた詰めたの?」


撃ち込むだけだと思ったルリアは、爆発が起きて度胆を抜かれた。敵はもちろん、味方すら狼狽している。

西側の爆発直下では、敵も味方も茫然とし、シュバイツだけが「あははははは」と声を立てて手を振り返していた。


ルリアははっと我に返り、城壁の淵に立ち、騎士団に向けて叫んだ。

「騎士団の者よ!おとなしく帰りなさい」


なんの変哲もない型通りの宣言だったが、騎士団を追い返すには十分だった。


見回せば一面黒い煙。ただ高性能火薬なんてないこの世界のこと。真っ黒な煙ばかり出て、爆発の威力は大したことはない。

直撃した場所は地面が掘り返り、死傷者が発生したが、大部分は無傷だった。


それでも戦場を見渡して被害が理解できる指揮官がいない、なし崩し的な突撃だったので、砂の山のごとく一気に逃げ散った。


この世界の人々が、火薬の爆発に、しかも火を吹いて向かって恐ろしい速度で向かってくる矢じりが爆発するなんてことを見聞きしている人は

ほとんどいないから、恐怖の伝播が一瞬だったのもある。




リヴァイア騎士団指揮所


ドゴォォォ…

音が響き地面が小さく揺れる。撤退と攻撃の議論をしていた天幕の中は、外の様子を見て一気に撤退へと傾いた。


すると間もなくして城壁へ突撃していた騎士団が、統制を欠いて今度は天幕のほうへ突撃、もとい逃げ帰ってくるのが見える。


馬は爆発音に慣れているわけはなく、落馬が相次ぎ、暴走した馬に轢かれて死傷した者はロケットの攻撃によるものよりも多かった。

ヒヒィィィンといななき暴走する馬、わぁっと叫ぶ兵士、助けを呼ぶ兵の叫び、まぎれもない、敗者の軍がそこにあった。


先頭を走る暴走した馬と騎兵が、天幕へ迫り兵士をなぎ倒す。


「トブロク司令!馬の突撃が…」


「親衛隊!槍を構え、弓で馬を撃て!」

トブロクは部下の声を聞いてか聞かないか指示を出す。


司令の親衛隊は優秀かつ忠実な部下で占められている。さっそく槍衾やりぶすまが築かれ、弓を構えて馬めがけて射撃した。

撤退準備をしていた天幕の兵士たちを守るべく、暴走する馬めがけて矢が降り注ぐ。


「まるで内乱だな…しかし騎士団が自ら馬を潰すとはなんたることよ」

トブロクはひとり呟き、指示を各所に飛ばした。


15分ほどで暴走した馬は逃げ散るか射抜かれ、天幕周辺の兵士は落ち着きを取り戻し、撤退準備を一応再開した。城壁に向かって突撃していった兵らの半数の行方は知れなかった。


「左翼第二騎兵!殿しんがりを務めろ!全軍、我に続け」

トブロクはノーランドとの交渉役に信頼のおける副将をひとり全権大使として置いて、残る全軍に撤退を指示した。


「トブロク司令、なぜ最強の親衛隊を先頭に置いているのですか。普通、最後尾を守らせるのですが…」


「…敵は前にある。ノーランドへは手紙の内容通り、2万クローネに匹敵する物資を置いて、全権が交渉に当たる。追っては来ないだろう。問題は我々の前だ」


トブロクは覚悟を決めていた。逃げる牙を失った獣を狙うは、完全武装で待ち構えているであろう、援軍として来た国境に陣を張っているホーリーレムレシア帝国軍だ。

交渉はもはや無意味だろう。騎士団が差し出せるものは命しかない。



夜を通して歩き、次の日を森に隠れて過ごし、また夜がやってきた。その間、ジクセン王国の軍に遭遇することは無かった。

するとトブロクの元に全権大使として置いてきた副将が戻ってきた。


「どうだった」


「はっ!ノーランド王国は我々を追尾しないとのことです。ジクセン王国軍を止められないかということについては『国境の中で起きたことなら退くよう説得できるが、国境の外にいるので我々は何もできない』とのことで、やはり突破するしかないようです」


「そうか、ご苦労。下がってよい。何も食べてないだろう、次は戦場で働いてもらうことになりそうだ。休んでくれ」


それから2日が過ぎた。

満身創痍の軍隊を率いるから、速度が遅い。もうひとつの理由はノーランドが追ってこないことを確認できたから、次の戦、もっと強力なレムレシア帝国軍を突破するため、体力を温存していきたいということだ。


ノーランドの欺きを注意して左右前後3kmに偵察騎兵隊を置きつつ、ゆっくりとノーランド領内の村や町を避けて進んだ。


グダンチア撤退から4日目の夜。ついに国境付近に陣取るジクセン・ホーリーレムレシア帝国軍の影が見えた。

3km先を進む偵察騎兵が伝達する。


簡単な天幕で、トブロクは将を集めて軍議を開く。

夕暮れの木陰は美しいシルエットを見せてくれる。近くを流れる小川は輝いて、吹き抜ける風は暑さを忘れさせる。4日間、着こんだ鎧だけが不快な熱気と臭気を閉じ込め、将兵を苦しめる。


軍議の場では、生き残りをかけているのもあって誰もトブロクに反対をしなかった。


「生き残るために突破のみを重点に置く。親衛隊が突撃して、それから左右に分かれる。抑えている間に他の者は全員突破して騎士団領へ戻るのだ。味方を待つ必要はない。それぞれとにかく騎士団領へ撤退してくれ」

「敵はまだ我々がここにいることを知らない。今夜の闇に乗じて作戦を決行する。よいな」


各々頷いて、胸に手を当て敬礼し自分の部下へ指示を与えに戻った。




その日の夜。


ジクセン王国軍を率いる王族のひとり、フリードリヒ公爵

は夏の夜の空気を楽しんでいた。「ブドウ酒を持ってきてくれたまえ」と部下に命じる。


彼の任務は騎士団を追い払ってノーランド王国の危機を救うこと。ただし内々に「ノーランドのグダンチアを実質奪え」という指令を受けている。


弱った敵を倒して、弱った街を奪うだけだから、武勲を立てるには持って来いだし、負けることはないだろう。

ただひとつ、邪魔な存在が横にいるプロセリオン王国のゲオルグ・オッフェン王子率いるホーリーレムレシア帝国軍だ。


プロセリオンもジクセンも共にホーリーレムレシア帝国の構成国だが、この国家は統一政府を持たない集合体に過ぎない。

ジクセンばかりが利益を得るのではないかという懸念から、帝国は混成部隊を援軍として共闘させることにした。無論、監視役としての意味合いが大きい。


ジクセン王国としても、疑われて妬まれるよりは有力国にこっそり公開して共に利益を得たほうが得策と、この打診を受け入れた。


軍の規模はジクセンが主力となっていて全体の7割を占め、レムレシア帝国軍はプロセリオン、バイローエンなどの混成部隊でおまけのようなものだ。

戦争の主役はジクセンに譲っても、個々の武勲は譲れない。フリードリヒ公爵とゲオルグ王子にとっては、互いに味方でありながら最大のライバルとなっていた。


建てるのに3時間は要する絹製の贅を凝らした大きな王族の天幕で、二人は「そろそろ行くか」とブドウ酒を飲みかわしながら内容の無い談話をしていたところ、急報が届いた。


「敵襲!前衛が襲われています!騎兵の突破が激しくすでに陣の半ばまで来ています!至急指示を!」


「どこの軍だ!」

フリードリヒが叫ぶ。


「り、リヴァイア騎士団!やつらでございます!」


陣内は夜陰を狙われて浮足立っている。

フリードリヒもゲオルグもここで戦闘になるとはまさか思わなかった。


グダンチアの様子を見張らせるために派遣していた偵察部隊は、何者かに邪魔をされ、ここ国境に様子が伝達されていなかったためだ。


フリードリヒとゲオルグは互いに目を見て、何も言わず、それぞれの部隊に指示を出すために去っていった。


陣内には煙が上がり、赤く照らされていた。




つづく


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