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僕と夢物語

 今の若い人たちは外を知らなくて、可哀想だと彼はよく言った。別に、と僕らが言うと、彼は少し寂しそうな顔をした。

 僕は職業的なドロボウなので、彼からお金を貰って、仕事を請け負う。普通この大ドロボウ、こんな金額じゃやらないんだぜ、と僕はいつも言うけれど、彼はいつも深く笑むだけで、僕が結局いつもその金額でそれを引き受けることを知っている。

 彼の依頼は絵を盗む事で、それは美術館だとかそういう場所からで、難しいことこの上ない。まあ僕は自他共に認める大ドロボウだからなんとかこなしてみせるけれど。

 彼は僕に「この絵」と指定する。僕は数ヶ月に渡る下調べをして、その絵を盗む。最近彼の仕事ばっかり請け負っていたので、すっかり絵画専門の職業ドロボウのようになってしまっている。僕はお金と引き換えに、いつも約束している場所で彼に絵を渡す。そして彼はそれを持ち帰る。……たぶん、売り払うとかではなく、個人的にコレクションしているんじゃないかと思う。彼に渡した絵がその後、市場に出回ったという話をまったく聞かないから。

 

 その彼が死んだという噂はすぐに伝わってきた。あーあ、せっかく盗んでやった絵も一切合財押収されやがって、と僕は苦々しく思いながら通信ネットワークのニュース画像を読んだ。やけに不味い酒にさらにやりきれない気分にさせられた。金は都度受け取ってたから自分としては損はないのだけれど、今まで苦労して盗み出した絵を取り戻されるのは、ドロボウとしてのプライドに何か傷をつけられたような感覚だった。

 それに……。

 僕は彼の言葉を思い出した。

 絵を盗む目的を、一度彼に聞いたことがある。その夢物語を、夢物語といって一蹴して、あざ笑ったくせに僕は意外にその夢物語が気に入っていたのだ。

 彼には絶対言ってやらなかったのに。

 

 押収された絵の中から、何枚かが足りないな、とは思っていた。いちいち品目は覚えていない。僕はそこまで絵画に興味はない。だから、よく持ち運びが乱雑だと、彼に怒られたし。

 彼は絵を本当に丁寧に扱った。宝物のように扱った。

 覚えているのは彼の依頼する絵が全て風景画だった事。

 それはきっと、彼の夢物語に起因する。


 足りない何枚かがどこへ行ったのかはわからないけれども、もしかしたら誰かに引き継がれているかもしれないと思うことがある。そう思う事に僕が慰めを少しだけ感じているのは、僕がまだ彼の夢物語を信じていたいと思っているからかもしれない。

 もし引継ぎ相手に出会えたら、そしてその相手がその夢物語を知らなかったのなら、教えてやりたいと思う。

 ……積極的にその相手を探すほど、僕は暇でも情熱的でもないわけだけども。


 彼の夢物語は。

 いつか、みんながこのシェルターの中で元の世界を知らなくなって、元の時代がどうだったか忘れてしまったら。そういう資料なんかもすべて戦争や天変地異なんかで失われてしまったら。そういう時のために美しい風景画を何点か、命に代えても保存しておいて、元の世界を知らない人たちに見せてあげる事だったのだ。その見せてあげる役が彼でなくとも良い。ただ、彼はその為に絵を保存する。

 その絵が、その美しさが元の世界に本当に存在したのか、そんなのは別として、ただその美しい絵の世界が自分たちのいた世界の原風景だと、教えてあげたいのだと言っていた。

 それは、人々のひとつの希望となるかもしれないから。

 繰り返すけれど、僕はもちろん、嘲笑った。冷笑した。

 だけどそれを聞いた日からその希望の欠片はきっと、僕の心にも小さく根付いたのかもしれない。

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