僕とコンピューター
コーヒーが常に僕の右手の棚の上にある。いつも気がつくと醒めていて、ちょっと酸っぱい味がする。
僕の向かうのはコンピューターの画面で、汚い部屋の中には数人のトモダチがいて、みんな好き勝手している。怠惰な、居心地の良い空間。みんなやる事がなくて、暇で暇で。そこでぼくの部屋に集まってくる。僕が暇つぶしに作ったコンピューターゲームなんてものに熱中したり、酒や時に薬を併用したくだらない話。僕はそれを背後に聞き流しながら、コンピューターの画面を見つめ続ける。彼らに付き合うくらいなら一人でコンピューターと向き合っているほうがいくらかマシな時間の潰し方だと知っているから。でも、彼らはまるで集会所かなにかのように僕の部屋に集まってくる。僕が何も文句を言わないからか? 誰かが言うには、みんなふらふらしてる中で、僕だけが一人安定しているようでなんとなく落ち着くらしい。別に安定していない。ただ、僕は他のものより少しコンピューターに興味があるだけ。それを「打ち込んでる」といわれればそんなものかと思うけれど。でも一人でいるよりも誰かがいるほうが寂しくないので、僕も彼らを追い出さない。興味はないけれど、いる分には問題ないと思っている。みんな不安なんだ。一人でいるのは。だからか、僕の部屋に人が集まるのは。
「あ」
僕は画面を見つめ続けたまま、滅多に発しない声を発した。本当に驚いたから、単純に発してしまった言葉なのだけど、余程珍しい事だったのか、何人かが反応した。
「どした?」
問われたから、無視しても良かったんだけど、ちょっと自分のしてしまった事にテンションがあがってしまった僕は無意識に答えてた。
「やばいもん、見つけちゃった」
暇していた連中が、それでわっと食いついてきた。何何何? 何みつけたの!?
この「あ」が全ての元凶だったと、僕は今でも思っている。
例えば人々が政治に感心を示さなくなったら。社会が閉じられたものになってしまったら。権力が形骸的なものになってしまったら。
人々にとって、国家権力なんて、自分たちが生きるのに都合よく国を運営していてくれさえすれば、誰が握っていたって同じなんだと思う。握る本人たちは別として。そこは、一部の人たちがその力を手にしたいがためにどろどろと争っている場所。民草とは一線を画した場所で争う人々。
人々はシェルターの中で閉ざされたし。国家機関は、通信ネットワークを通して「どこからか」国民に政策を通達する。いつの間にか、国中に張り巡らされた通信ネットワークを制御するものが権力の象徴になっている。食物や水の配給システムも、電力の供給システムも、全てそれによってまかなわれる。交通機関も押さえたのも同然だ。
絶対的な権力。それを、いつの間にか「誰か」が握っていた。
僕が見つけた「やばいもの」。国家の通信ネットワークの頭脳。そこに入り込めば、もしかしたら権力をその手で握る事も可能かもしれないもの。
その噂が口から口へと広がるのは早かった。
いつのまにか、小集団が出来上がっていた。いつのまにか教祖のようになっていた。
その集団は、思想なんてなかった。思想はないけれど、現状に不満はある人間たちがぞくぞく、集まってきて。あと、暇をしていて刺激を求めている人間が。どこからともなく。始めは連中の間を口コミで、そのうち、僕には手におえないくらい広まって。
僕はそこでその集団を逃げ出した。本当に信頼できる二、三人にだけ連絡をとれるようにしてとんずらを決め込んだ。
数年後、そのうちの一人から連絡があった。これから国家を転覆する。自分たちが権力を握る。その為に、数日間の通信ネットワークの故障が起きるだろう。でも、それだけで終わる。国家の中枢に携わる人以外は誰も気づかず、いつのまにか通信ネットワークの主導権はその集団に入れ替わっているだろう。その中枢に関わる人たちに関しては、仕方ないから物理的な方法で排除する。彼らが何らかの方法で事実を漏らしたら、面倒な事になりかねないから。
あなたも事実を知っている人間だからこのことを伝えたけれど、もし誰かに漏らせば命はないと思ってくれ。
報告かと思いきや恐喝。でもまあ、いきなり殺されなかっただけ良い方かも知れない。
いまだ撲は、国や権力だなんて事にはまったく興味を持てずに、ひたすらコンピューターの画面と向き合っているだけなんだし。
ただ、「物理的に排除」する場所が、場所だったから。以前から知り合いだった、ちょっとばかし僕が気に入っている老人にその事を教えてあげた。それだけ。