表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/26

第九章 〈 十七時 通路 〉

「何がどうなったんだ?」

 通路に出た二人の後を追いかけてきたトモヤがラグに声をかけるが、ラグはさきほどのトモヤを真似て肩をすくめてみせただけだった。

 そのラグを、トモヤは何度も目を瞬かせて見つめた。

 目の前にいたのは、いつもの、トモヤの知っているラグだった。

 不思議なことに、衣裳も髪型もそのままなのに、スポットライトを浴びていた時のラグとはまったく別人のようだった。

 どこにでもいるようなさわやか系の高校生。

(……っていうか、さっきのあのラグが別人というべきだろうな。)

 トモヤはなぜだがホッとしている自分に気がついて、笑いたくなる。

 だが、あの時、スポットライトを浴びてセットに存在していたラグは見る人を魅了する空気をまとっていた。それだけは確かだった。

「何がどうって……ちゃんとした俳優さんが登場しただけよ。それだけ。視聴率だってかせげる人だもの」

 ラグの代わりに答えた金髪碧眼、甚平姿の美少女は、トモヤを見上げながら、にっこりと口元に微笑みをつくって挨拶をする。

「はじめまして、ルアシ・サーマンです」

「こちらこそ、はじめまして。レンのマネージャーのトモヤです。どこかで会ったことある……よね」

 トモヤは、サングラス姿のルアシの輪郭と口元、横顔を見てピンとくるものがあった。

 だが、肝心のどこで見たのかが思い出せなかい。

「あら♪」

 ルアシはにっこり笑った。

「トモヤさんは緑ヶ丘朝日町に住んでいるの?」

「いや、住んでないど。それが?」

「ふーん。違うんだぁ」

 ルアシは、サングラスに隠れた青い大きな瞳で、トモヤを頭のてっぺんから足のつま先まで見定めるように眺める。

「あたしね、緑ヶ丘朝日町商店街のキャンペーンガールなの。あたしを知ってるっていうからご近所の人かと思っちゃった」

 そう言って、得意気ににっこりと笑う。

「チラシにだって、ちゃあんと、モデルとして出てるのよ。すごいでしょう?」

「いや、そうじゃなくて……」

 トモヤは口ごもった。

 もっと特別な場所で、それもひどく印象に残るなにかで見たことがあるはずなのだ。

「残念。ご近所さんじゃないのね。でも、いいや。トモヤ、合格」

「は?」

「ルックスも、声も、話し方も超あたし好み♪ マネージャーっていうお仕事もナイスよね。トモヤ、今度ランチをご馳走してね。デートは遊園地がいいな」

「………」

 初対面にもかからず挨拶のように、人形のように可愛い女子高生にそういわれてトモヤは内心あせった。だが、顔には出さないように務めて冷静な表情をたもつ。

「もちろんレンも連れてきてね。二人ともかっこいいもの。楽しみにしてるんだから♪ 忘れないでね、約束。今日はいい日だわ。ショウにも会えたでしょう? カッコイイ人たちにいっぱい会えた」

 あっけらかんと言われて、指きりまで勝手にされてしまい、ますますトモヤは目が点になる。

「ごめんね、トモヤ」

 ラグが片目を閉じて、苦笑いモードでトモヤに囁く。

「ラグの彼女?」

 お返しのようにラグの耳元に口を寄せてルアシに聞き取られない小声で尋ねる。

「幼馴染で……」

 ラグが答えかけようとした時だった。

「あ、忘れてた」

 ルアシは、馴れたしぐさでラグの腕に両手を絡ませ身を寄せると、可愛らしい舌をペロリと出す。

「リーダー待たせたままなの」

「そうだった。どこにいるの?」

 驚いた表情のラグに、ルアシはクスクスと笑い出す。

「リーダー、警備の人に止められちゃって、ケイトと一緒に玄関フロアの奥の応接セットで自動販売機のジュース飲んでる」

「やっぱり……そうなると思って、ちゃんと受付に伝えておいたのに。でもまたケイトがいるのにどうして止められたの?」

「ケイトは止められたわけじゃないの。中に入ろうとしなかっただけ。リーダーが警備の人に止められたのをケイトが見て、大笑いしながら自動販売機のお茶コーナーに引っ張っていかれた、ってところかな。」

 ラグはあいかわらずだね、と言って笑った。

「リーダーって?」

 トモヤは、高校生カップルの会話についていけなくなりそうになりながらも、ラグが言う「リーダー」なる人物が気になり質問する。

「あ、僕らの保護者みたいな感じ? 大学生なんだけど。説明が難しいかな」

 ラグはどう説明をしようか考える。

 学校の先輩でもなく、商店街仲間でもない。

 ある日、ピクニックをしていたらUFOを発見して、たまたま出くわしたユウと一緒にトゥーム星まで行って、危害を加えられそうになっているトゥームの人たちを助けてあげて、帰ってきて以来の仲間です……と、本当のことを言えるわけがない。

「あたしの通っている合気道、柔道、剣道、空手とかを教えているの道場の息子さん」

 ルアシは真面目な顔をして説明をした後、プッと噴出しておなかを抱えて笑い始めてしまった。

「本当のことだけど、説明すると、とっても立派なお坊ちゃまみたいよね」

「本当だ」

 ラグもつられて笑い出す。

「ギャップがすごすぎて……」

 意味もわからず困惑するトモヤをよそに、二人はひとしきり笑った後、息を整える。

「ま、頼りないようなあるような、あたし達の兄貴分なの。今日は、あたしの運転手。そういえばさっき、ディレクターの人のクロサキさんがね、事情があってスタジオにいる人のほとんどははまだ帰ることが出来ないって言ってたの。だから、ラグもまだ帰れないんでしょう?せっかくだから、ちょっとだけスタジオの中を見学してもいいでしょう? 私、テレビ局のスタジオってはじめて」

 無邪気にはしゃいでいるルアシの姿を見ながらトモヤは首をかしげる。

 絶対にどこかで見たことがあるのだ。すれ違ったとかそういうレベルの問題ではない。

 大きな甚平は、多分スラリと伸びた肢体を隠しているはずだった。

 ふざけたように歩く姿さえ魅了するものをもっている。

 美しく見事な金色の長い髪。人形のように小さな顔と整った面差し。陶器のような白い肌。恵まれた美しい肢体。バランスのとれた長い腕と足。サングラスの奥の瞳を見てみたいと切望させる。

 そして際立つのは、周りの空気を変えていく全体にあふれる眩いばかりの明るさ。

 無機質なスタジオの通路さえ、何もないのに光源が増したように感じられる。

 ラグといい、ルアシといい、トモヤの知っているモデルたちなど、足元にも及ばない眩しさを放つ不思議な存在に思える。

 特にルアシはただの女子高生であるはずがなかった。

 これほどの素材が放っておかれるはずがない。 

 だが、どうにも思い出せない。

「ちょっと待っててね。リーダーと、ケイトを呼んで来る。これ、リーダーの甚平なの面白いでしょう?」

 ルアシは茶目っ気たっぷりにトモヤに片目を閉じてみせると、くるりと一回転してみせた。

「あ、そっか。今日は稽古の日だったんだ?」

 ルアシは月に何度か、ユウの実家の道場に合気道の稽古に通っている。教えているのはユウの母親だ。

 多分、稽古場からここに駆けつける際に、甚平を無理やり貸してくれとせがんだのだろうとラグには想像がついた。

 目立たないようにと考えてことだろうけれど、逆の意味で目立ちすぎてるかも、と内心苦笑する。

 レンとトモヤの目が、節穴ではないことも気がかりではあった。

「うん。ケイトも一緒だったの」 

 そう笑うと、軽やかに背を向けて走り出していった。

「じゃあ、僕はこの服を早く返してこないと」

 ホストの背広姿で、やや恥ずかしそうにトモヤを見る。

「似合わないって思ったでしょう? さっきも、変に静かな空気になっちゃって、やばいと思ったんだ」

 その場の全員がラグに見惚れていたことに気がついていないところが、ラグらしいとトモヤは思う。

 視線が、撮られるより撮るほうなのだろう。

「なかなかいい味だしていたぜ。端っこでもドラマの画面に映ればスカウトが山のように来るぞ」

「いいよ、フォローしてくれなくても。トモヤは優しいよね。大丈夫、本番とかじゃなかったから、失敗したみたいだけどそんなに落ち込んでないし、芸能界自体にはあまり興味もないから」

 温かな微笑みを向けられてトモヤもつられて微笑む。

「ところで、あのルアシちゃんって何者だ? ただの商店街キャンペーンガールじゃないだろう」

「商店街キャンペーンガールは本当。ルアシの家はパン屋さんで、僕の家が写真スタジオ。つまり同じ地元商店街つながりなんだ。ルアシは小学生の頃からずっと商店街のチラシのモデルもやっていて」

「他の仕事もやってるだろう。プロのモデル」

 トモヤは確信をこめて言い切った。

「うーん。たまに……そんな……ことも……」

 ラグはしどろもどろになる。

「あのスタイル、身のこなし。トップレベル級のモデルの持っているオーラと変わらない空気がある」

「うーん」

 うそがつけないラグの困った表情にトモヤはさらに確信を深めた。

 〈デイズ〉のメンバーであるラグなら、他の一流プロカメラマンとも知己が大勢いる。

 ルアシがラグと一緒にいるのを見る機会が一度でもあったならば、黙って見逃す人間などいるはずがなかった。

 被写体としても、ファッションショーのモデルとしても、素材としての力は計り知れない魅力がある。

 トモヤはそう話しながら、どこで見たのか思い出せない歯がゆさに何度かため息を吐き出す。

「絶対に、知ってるんだ。どこだったかな……。なぁ、ラグは教えてくれないのか?」

「ルアシはそんなすごいことしてないからさ。きっとトモヤが覚えていなくてもしかたない程度だって。それより、レンの撮影どのくらいかかるの?時間がわかれば食事する場所とか決めておくのもいいよね。あ、この間連れていてもらったお店が近くにあってね」

 ラグはなんとか別の話に切り替えようと、話をしていたが内心はドキドキものだった。

「ラグーっ」

 しばらくして、先ほど消えていった廊下の曲がり角からルアシがポニーテールを揺らして戻ってきた。

 ラグはホッとした表情で振り返る。

「リーダーは?」

 一緒に来るとばかり思っていたユウとケイトの姿がない。

「リーダーったらね、『かったるいから、お前たちだけで見学して来い』『終ったら教えてくれ、寝てる』だって。さっき、レンさんの控え室を使っていいよ、って話してくれたからそれも言ったんだけど、面倒だからこのままでいいって。それに、ケイトはずーっと電話とミニ・ボードでメールしてて話しかけられなかった、あの二人は放っておいていいわよね。そうそう、今そこでハルトに会ったのよ。アレ?って思って見ていたら、あいつ知らないふりして逃げ出したのよ。絶対あやしいでしょう?あれは、絶対あたしだって気がついたわよね。捕まえて逃げた理由を白状させちゃおうかな」

「え? シンクロの? あいつらまだいたんだ、っていうか帰してもらえないのか?」

 トモヤは驚いたように言ってからラグを見た。

「まぁ、あきらめないって、言ってたもんな」

「はは……」

 笑ってごまかすのは、誰かさんの得意技だと思いつつ、ラグは「着替えてくるね」と言って、二人の前から消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ