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第二十一章 〈 二十三時 エンデインク゜〉

 サワキがモニターの中で状況を説明し続ける中、映像編集室のラグが、スライドのスイッチを切って慌てて部屋を飛び出して、サブ・スタジオに向う。

「リーダー」

 サブ・スタジオにいたユウは部屋の片隅で壁にもたれて眠っていた。ライラも隣ですやすやと寝息を立てている。

 疲労の色が激しい、と言うことは、この短時間の間にそうとう動き回ったということだ。

 番組はまだ終っていないが、ラグに気がつき、スタッフに指示を与えていたクロサキが「ご苦労さん」と声をかけてくる。

「ね、リーダーってば、全国ネット、全チャンネル同時中継って?」

 寝ているユウの両肩を揺り動かして耳元に小声で囁き、強引に起す。

 ライラと移動し、ロシアナ共和国に行き、サワキを動かし、ユウが疲労困憊状態にあることはわかっていたが、嫌な予感が全身に広がるのだ。

 サワキと共に桜道スタジオに到着したユウは、奥の応接セットで大騒ぎしていた各国のリーダー達を『ミーティングはやるから、協力して』の一言で説得をしたのだ。その後、クロサキの協力の下で、上層部を説得してもらい、ケイリー・デイジーの歌の披露と、引き裂かれていた親子の涙の対面に立会わせ。このサプライズの為にサワキの承諾の上で食事会には参加できなかったこと。自分達は決して不協和音を奏でてはいないことを満面の笑みをもってアピールさせたのだ。

 ユウが、「まったく、なんで俺が……」とぼやいていたのはいつものことだし、そのユウにはあるまじきひさびさの獅子奮迅の活躍を裏方で見事に収めたのだから疲れているだろう事は充分承知していたが、それでも確認せずにはいられなかった。

「シーダが、このニュース番組だけが独占でこの様子を放送したら、あとあと政治的にも、テレビ局としても大問題になるって言い出したんだよ」

 眠そうな顔で寝言のように、モニターを食い入るように見つめているシーダに視線を向ける。

「んなの当然だろ。ケイリー・デイジーの歌はともかく、中心六カ国の大統領、首相が予告なくフェニックス・テレビにだけ登場して、パーティをキャンセルした裏話から、今回のサプライズ企画話、実はサワキとは仲がいいんだよ~なんて肩組んで笑っているあんな映像を独占したら、他局は怒り狂うだろ。裏番組でうちの会社のコマーシャルだって流してるんだから、スポンサー的にも問題なんだよ。全部巻き込んどけば責めどころがなくなるってもんだ」

 ラグに聞こえる程度の声でシーダは答えた。

 周囲には、まだパニック状態がおさまらないスタッフたちが走り回り、大声で指示を出し、フェニックステレビの本局と連絡をとりあっている。

 なるほど、とラグはうなずいた。

「シーダらしい考えだよね」

 モニターには、誇らしげなサワキの笑顔が映し出されている。

 ラグはひと仕事を終ってほっとしたせいか、資材が置いてある隅の床に座りこむと、緊張がほぐれたこともあって思わず笑いがこみ上げてくるのを押さえることが出来なかった。

 ロン――は、地球では俗に未確認飛行物体『UFO』と称される乗り物、宇宙船・アルファ号を管理する頭脳の名称コンピュータの愛称だった。トゥーム星全域がコンピューターの制御の下にあった時代、そのすべてを管理下におき、統治する能力を兼ね備えていたコンピューターと同等の能力を持っている人工知能。

 製造元はトゥーム星。

 製造者はトゥーム星の天才科学者ラフィン博士。

 所有者は、ユウ・マサオカ。

「全国チャンネル・全国ネット中継か、そっか……考えたね。ロン以外に短時間でそんなことが出来る奴はいないし、きっと誰がそんなことをしたのかわからない……。でも、テレビ局界が大騒ぎになる」

 サブ・モニターには一番上に他局の映像がうつるモニターが横一列にズラリと並んでいるが、いまはすべてが同じ映像を映し出していた。

「提案したのは俺だけど、案にのったのは、ロンだぜ。『ソノクライナラ、簡単ニ出来マスデス』とか言ってた」

 シーダも笑い出す。

「発信元不明の電波ジャック犯がここにいますよ~」

 シーダに指差さし囁かれて、ユウは唸る。

「お前らぁぁぁ」

 その様子にライラがユウのスーツの片袖を引っ張る。

「ライラ、心配すんなって」

 シーダが笑う。

「どうせ、いつものように噂ももって1週間の命だって。……多分……いや、そうじゃないとまずいしな」

「どっちに転ぶだろうね。例外がいなきゃいいけど」

 外側のドアをノックする音が聞こえてくる。

 ラグは椅子から立ち上がると、内側のドアを開けた。

「お待たせ」

 ラグが防音扉を開けると、ルアシ、アミー、サミーの三人が並んでいた。

 三人はケイリー・デイジーの歌うスタジオにいたのだ。

「あれ? ササヤマさんとレンたちは?」

「目の前のスクープを放っておくカメラマンなんていないでしょう? スタジオでシャッターおしまくり。政府の報道カメラマンもいないし、プロ根性に火がついてる」

 アミーがニヤリと不敵に笑う。

「さて、リーダー、本日最後のお仕事よ。お見送り」

「明日から首脳会議が終るまで……任務……だろ」

 壁に全身を寄りかからせるようにして立ち上がりながら、ユウは黒い髪がボサボサになるのも構わずかきあげている。

「うん。サワキ首相が明日の公式行事が終った後、ミーティングを開催するって皆に言ってた。それまでは、片時もそばを離れず警護するように、って。良かったね、リーダー。みんなとっても喜んでた」

 サミーが、僕も頑張ったよ、と得意げに胸を張る。

「じゃ、リーダー。行こ」

 ルアシが茶目っ気たっぷりに片目を閉じてみせる。全員が立ち上がりクスクスと笑いあう。

「いいよな、お前等は気楽で。電波ジャック犯だぞ……。そういえばトゥーム星から帰るときは誘拐犯だった……」

 ユウは、うーんと大きく伸びをすると、人が走り回る裏の通路に出た。

 すでに、桜道スタジオ全体が前代未聞の出来事に、蜂の巣を突いたような大騒ぎになっている。

 その間を、和気あいあいと歩いていく彼ら六人の姿を気にかけるものはいない。

 見覚えのない子供等に気をとられている暇はない、といった状況なのだろう。

 玄関ロビーが近づくと、前を歩いていたルアシが「ゴッドーー!!」と叫ぶ声に、くるりと振り返りユウを見る。

「リーダー、来たわよ」

 ユウが天を仰ぐ。

「ゴッド!!」

 キースの歓喜の声がユウの背中に響く。

「ゴッド!」

「ゴッドって、言うな!」

 ユウの背中に抱きつかんばかりの勢いで両手を広げたキースを、ユウがひらりとかわす。

「ゴッド、お久しぶりです。どんなにお会いしたかったか」

 ユウの前に姿勢を代えたキースの顔は、ニコニコと満面の笑みで筋肉が緩みっぱなしだった。

「時間、ないんだろう」

「用意は出来ております」

 思わず部下のように姿勢を正して、キリリとした表情をつくりユウに持参したスーツ一式を差し出す。

「俺はただの学生なんだぞ……」

 いまだ割り切れない表情でスーツを受け取ったユウはぼやきながら着替えの為に、キースに案内されながらその場を離れていく。

「お仕事、頑張ってね」

「頑張って」

「ファイトぉぉ」

「終ったら、パーティだ」

「よろしくね」

 五人はユウを見送ると、応接セットに消えていった。


「さてと」

 着替え終わり、黒のスーツに身を包んで玄関フロアに一人戻ってきたユウは、玄関に立っている二人の人物を目に留め「ははは」と力なく笑った。

 そこには厳しい顔をした警察庁長官と防衛庁長官が立っていた。

「すみません」

 ユウは深々と頭を下げた。

 二人の長官はユウに歩み寄ると咳払いをした。

「一時間で集められたのはこれだけだ。いや、君が集めた、と言うべきかな」

 二人の長官に示された玄関の向こう側には、警察官、機動隊員、国防部隊の隊員が道をつくるように門の外に向って両サイドにズラリと並んでいた。

 エントランスには、各国専用の黒光りをした高級車、そして護衛車。

「ありがとうございます」

 ユウが再び頭を下げる。

「各国首相、大統領を護衛なしで送ることは出来んからな。これだけの別動隊を君の一声で集め、統率がとれるとはやはり私が見込んだ人材だ。大学卒業の後は、是非、警察庁に来て欲しいな」

「なにを言っている、国防の方に来てもらわんと私が困る。だいたい君のところは地元の警察官さえ勝手に動かせんくせに」

「それはお前さんのところも同じだろう。官僚様のご機嫌伺いじゃないか」

「人望があれば、非番の人間が緊急出動でこれだけ集まるんだ。しかも、集まってしまえばあとは自分達ですべて手配をして統制が取れてしまう。うらやましい限りだ」

「仕切ってたのは、君の部下が地方に飛ばした若い巡査長らしいぞ。見る目がないとは恐ろしい話だ」

「お前のところを首になった元空軍大尉が、キビキビと優秀に働いているぞ」

「貴様……」

「なにか言いたいことでも?」

 二人のいい合いを見ながら、ユウは思った。

(どうせ、この会議が終れば、俺のことなんて「うっかり」忘れてしまうくせにさぁ……)

「ゴッド! お待たせしました」

 後方からキースの呼ぶ声に、ユウが嫌な顔をして振り返る。

「だ、か、ら~、ゴッドって、言うな!」

 しかし、キースはいつもその言葉には返事をしない。

「サワキ首相をはじめ、皆様方がこれから帰られます」

 見ると、キースの背後から談笑をしながら歩いてくるサワキ達がいた。

 廊下の両サイドにも、ユウの連絡で集まった非番の警察官たちがそろいのダークブルージャンパーで埋め尽くしている。

「外のほうも、見送りと警護の準備はできたから、後は任せるよ」

「了解しました」

 キースは、右の手の平を左胸に当てると一礼する。

 サワキが一歩、ユウの前に歩み出た。

「大変世話になった。感謝してもしきれないというのはこういうことなのだろう。大儀だが、明日もよろしく頼むよ。ミーティングがどんなものか、彼等から聞いて少しはわかったような気がするが、明日の本番を楽しみにするとしよう。キースも君の言葉に甘えてあずからせてもらう」

「はい」

 差し出された手を握り返し、ユウはやっぱ、馴れないなぁという表情をする。

 その後は、続々と現れた各大統領、首相に「明日逃げたら、もっと大変になるからな。日本のカクレンボに従って、全員でオニを探しに走り回るよ」と口々に言われて、「かくれんぼと鬼ごっこをごっちゃにしているな」と思いつつ、ひきつった笑顔を浮べることになる。

 そして、六人が緊急に集められた護衛チームに囲まれながら帰っていくのをすべて見送るとため息を吐き出した。

 その後を、フェニックステレビ局の取締役員以下、幹部たちがユウに一礼をすると通路にバタバタと戻っていく。

「ラグ、次のお見送りだってさ」

 ユウは、左手を高く掲げると応接セットでくつろいでいたラグたちを呼んだ。

「リーダー、お疲れ様。今日はありがとう。本当に助かった」

 ラクがユウの横に並ぶと、ニコリと笑う。

 やがて、大勢の人々に取り囲まれながらライアン王子、ケイリー・デイジーの一行が現れた。

 ケイト、ササヤマ、レン、トモヤの姿も見える。

「ありがとう。ラグ・ミラン」

 ケイリーがラグを見つけて歩み寄り、優しく抱擁をする。

「あなたが、母に会わせててくれたのね」

 傍らの母親をみつめながら、瞳に涙を浮べる。

「お礼は、ミハイル首相に言ってください」

「いいえ。母は、ついさっきまでロシアナ共和国の施設にいたと言っているの。神様が迎えに現れて、ここに導いてくださったって。気がついたら私が歌っているスタジオにいたと……。信じられないけれど、それが本当なら、私はあなたの写真が母を導いてくれたとしか思えないわ」

 ケイリーは十年ぶりに再会した母の背中に腕を回して、幸せに満たされた笑顔を向ける。

「ラグの写真は奇跡を起こす力があるからね」

 彼女に寄り添うライアン王子が意味ありげな微笑を浮べてラグを見つめた。

「また、会えるかしら?」

 ラグへの問いかけだったが、ライアン王子が嬉しそうに代りに答える。

「会えるよ。今度は私の伴侶となった君をミレドニア国の宮殿で一緒に撮ってもらおう。もう、君を孤児だという愚か者はいなくなるからね。帰国したら盛大に結婚式だ」

 大勢の人間に囲まれているのも気に留めずに、ライアン王子は優しく微笑み恋人に口付けを落とした。

「……………」

 至近距離で見ていたユウとラグが赤面する。

 幸せに満ちた一行を見送るとユウは、最後にフェニックス・テレビの取締役社長と挨拶を交わした。

「お世話になりました」

「ラグ君たちに大変お世話になったのは、こちらのほうです。別件でややこしい問題が出たのですぐ社に戻らなければならないのですが、今度改めてお礼にお伺いします」

「思い出したときでいいですよ」

 硬い握手にユウは願いを込め、取締役代表の瞳をみつめる。

「一刻も早く、俺たちのことを忘れてください」と心を込めて。

 そう、いつものように。




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