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第十三章 〈 十九時 トラブル 〉

  ケイリー・デイジーの生放送を行なうスタジオでは作業が急ピッチで進められていた。

  シンクロのメンバーは、人手が足りない中で力仕事もいとわずによく動き、働いた。

  中には、途中まで彼等がシンクロだと気がつかない人間もいたほどで、それほどスタッフに溶け込んで一心不乱に指示を受けながら動き回っていた。

「おやっさんが来た!」

 美術監督のトキタがスタジオに現れると、スタッフの間から安堵と歓声がどよめきとなって広がった。

 小柄で細い体格ながら、腕を組んでセッテイングを確認し、部品搬入、大道具搬入の指示、組み立てをしていく様子は、体を一回りも、ふたまわりも大きくみせる。

「待ってたよ。トキさん」

「会社って奴は、鬼畜だよな」

 すべての状況を理解している様子のトキタは、クロサキを見て目を細める。

「半人前のお前さんじゃ、逃げ出さないだけでも上等だ。ドラマも撮ってるんだろう?」

 定年を目前にしたトキタから見れば三十台半ばのクロサキは、いつまでも若造でしかないようだった。

「あっちは、監督に任せました。若いのでついていてやりたいんですけど、そうもいかないし、いろいろありましたが、順調に進んでいるようなので全て任せました」

「それがいい」

 トキタは、スタジオ全体を真っ白なベールで包むセットを準備していた。

 簡単にセットが組めて、豪華に見せられるものとなったらセットの種類としては限られてくる。

 しかも、今回は映像をバックに流さなくてはならない。

 黒の布を基調として、フロアは一面、白く輝くシルク調の布がゆるやかな波のようにケイリー・デイジーとりまくイメージでシンプルにまとめる予定だ。

「念のために聞いておくが、歌姫さんの衣裳、本当に私服で歌わせるつもりじゃないよな」

「は? あの、一応というか、フローラル・ブリュッセルの東京支店から十着ほどドレスを用意をしました。スタッフも先ほど到着して、控え室で準備を進めてもらっています」

 トキタの目が更に細くなる。

「お前さんじゃ、出来ない仕事だな。そんなツテもっちゃいないだろうしな。お前、わかってるんだろうなぁ」

 巨大スクリーンをスタジオのメインに搬入セットさせながら、セッティングを急がせる。

「と、いいますと?」

 胸の内を見透かされたようで、言葉がつまる。

「考えてみろ。今や世界中から注目を集めているのは本人が一番よく知っている。そんな時に、どこに私服で歌う歌姫がいる。私服で歌うといったのは、ケイリー側が俺たちフェニックス・テレビの誠意を試しているんだよ。どこまで満足させてくれるかって、な。相手の言葉を鵜呑みにして『私服でどうぞ』なんて言ってみろ、今度こそ絶縁されちまう」

 その言葉にクロサキは震えた。

 ラグとともにいたモデル張りの少女、ルアシの顔が浮かぶ。

 あの少女はすべてわかっていたのだろうか?と、そう思うとゾッと背筋が凍るような震えと同時に、全身から嫌な汗が噴出した。

「トキさん! モニタートラブルです」

 巨大モニターをセットしていたチーフが蒼ざめた表情で飛んできた。

「昨日の段階までは問題なかったんですが」

「原因は?」

「今調べています」

 ばかやろう!と、怒鳴りたいのをグッとこらえる。

 ここで怒鳴ったところで、解決しない。一分一秒が惜しまれる。

「代案が必要だな……」

 トキタは、隣でオロオロしているクロサキを見た。

「さっき、中学生の坊やが来ただろ? まだいるか?」

「ええ、第二会議室にいると思います。ササヤマさんから指示されてバックに流す写真を持ってきました。多分、まだ彼らと一緒に……」

「わかった」

 そういうとトキタは、クロサキを残して第二会議室に足を向けた。


「失礼するよ」

 ドアを開けると、ラグ、ルアシ、シーダの三人が振り返った。

「あ、おやっさん」

「お久しぶりです」

 シーダとラグが挨拶をすると、トキタは驚いたようにラグを見た。

「ラグか、ひさしいな。まさか、こんなところにいるとは……元気だったかい?」

「はい。トキタさんが美術監督なんですってね。シーダが言っていました」

 ラグの祖父とトキタは旧知の仲だった。今でも、年に一度は顔を合わせるというが、ラグとは高校に入った時に会ったくらいだ。

「じゃあ、ラグの写真を使うのか」

 顔をほころばせて、トキタがラグの手元の写真を覗き込む。

「ええ。ここの国に撮影に行って帰ってきたので、ちょうど使えそうなんです。あとは、ササヤマさんが戻ってくるのを待って映像編集に入りたいんですけど」

「そのことなんだが」

 トキタは、シーダに視線を向けた。

「シーダ坊ちゃん、力を貸してくれねぇか。この通りだ」

 シーダに向き直り、改まった顔つきで腰をおって深々と頭を下げるトキタに、シーダは慌てて机から飛び降りてトキタの前に飛び込んだ。

「いいから」と、顔を上げさせようとする。

「何? まず話してよ」

「モニタートラブルが起きた。今、修復中だが、万が一間に合わないことを考えると……」

「うん」

 ラグもルアシも、トキタの言葉を待つ。

「映像用はそのまま進めて、スライド写真を使える準備も念のために進めておきたいんだ」

「そっか……」

 ラグの顔に笑顔が浮かぶ。

「いいですね。万が一トラブルが起きた場合ででも、切り替えられるし」

「ただ、スライド用のスクリーンがここにはない。巨大スクリーンが必要だ」

 トキタの言葉を理解したシーダは、「ううううう」と唸りながら「わかったよ」と携帯電話を手に取った。

「親父? あのさぁ……」

 シーダが嫌なものでも食べるような表情で話し始めるのを聞いて、ルアシが笑いながらラグを見る。

「シーダって、相変わらずよね。お父さんと話すのが苦手なんだもの」

「なかなか、複雑だから……ね」

 口調とは裏腹に、ラグが微笑ましげにシーダの横顔を見ながらうなずくと、トキタは申し訳ないといった表情で、シーダに再び深々と腰を折って頭を下げる。

「おっちゃん、了解。四十分で届けさせるって」

「四十分?」

 ラグとトキタの声が重なる。

 いくらなんでも無理というものだろうと、その表情が語る。人間がタクシーでやって来るのとはわけが違うのだ。

「無理だろう。首脳会議で道路大渋滞だよ」

「ヘリ出すって。梱包に十分、こっちは郊外だから、ホテルの屋上のヘリポートまで飛んで十分、あとは車で十分。正味四十分あればいけるってさ」

 シーダは俺が言ったんじゃねぇもん、と明後日の方向を向く。

「申し訳ありません。坊ちゃんがこういった頼みごとがお嫌いなのは、重々承知しているんですが」

「だからだよ。それをわかってるトキタさんの一大事の頼みを断れるわけないだろう。事情はラグから聞いて知ってたし、実はさ、ラグから電話があったとき、レジー爺ちゃんが写真ならスライドをモノクロで映すと味わい深いって言ってたんだよ。で、ちよっと電気事業部の販売部長にスライド用のでかいスクリーンってどのくらいの大きさまであるのか聞いたんだけどさ。多分、その話、親父に筒抜けだったらしい。電話したら、してやったりみたいな嫌な口ぶりで万事まかせろだってさ。準備してあったんだよ、きっと。費用の件は、今度番組で新製品の宣伝をしてもらえればいいってさ。そっちはよろしく」

「かしこ参りました。私の責任で必ずやらせていただきます」

 トキタは、世界に名を馳せる財閥ティッド・コンツェルンの御曹司シーダ・ティッドに深々と頭を下げた。

 そして、黙って三人のやり取りを聞いていたルアシにも、意味ありげに一礼をする。

 ルアシはサングラスを取って「どういたしまして」と可愛らしいウインクを返した。

「じゃあ、僕はリバーサルフィルムチェックしてスライドを作るよ。機材用意してもらわなきゃ」

 ラグが立ち上がろうとしたとき、退出するトキタと入れ替えに、レンとトモヤが現れた。

「それは手伝ってやるよ」

「レン、収録は終ったの?」

時計を見ると二十時を指すところだった。

「おお、ばっちり。今日はラグのおかげでいい一日だったしな。付き合わせたお礼だ。手伝ってやるよ」

「ありがとう、レン」

 満面の笑みを向けられて、レンは照れくさそうにフッと笑った。

「そっちは、友達か? なんだかここは子供会議室みたいだな」

「失礼ね」

 言葉とは裏腹にルアシが嬉しそうに花のような笑顔を浮べた。

 そして同じタイミングで、レンとルアシは互いの姿を足先から頭のてっぺんまでじっくりと吟味するように見つめあった。

 サングラス越しに小猫のように挑発的な微笑みを唇に浮べるルアシ。

 レンも不敵なそして極上の微笑を見せて応じる。

「あとでゆっくり話がしてみたいな」

「あら、デートの誘いならOKよ」

「俺はラグに嫌われたくないから、デートはラグ同伴で」

「ふうーん。面白い人ね。いいわ、その話はあとでしましょうね」

 二人にしか通じないような会話と、見えない火花が散る中、ラグがその空気を意にも介さず「そうそう」とトモヤにシーダを紹介しだした。

「こっちは、シーダ。今日はミヤマ現像所の使いで写真を届けてくれたところ。僕達の幼馴染」

 まったく、ラグだなぁ……とトモヤは、レンとルアシのなかなか見られない緊張感のある探りあいさえ、ものともしていない様子に破顔してしまう。

 レンは、自分と同様にルアシが「誰なのか」を見極めようとしているのは間違いない。

 きっと、すぐにその正体を暴けない自分にいらだっている。

 ルアシの方は、自分の正体がバレるのを恐れているのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 (空気としては……)

 トモヤは自分のカンが当たっていたらレンが嘆くだろうと思った。

 どう見てもルアシの様子は、新しいおもちゃを見つけたようなワクワク感が全身から漂う様子がみられるのだ。

 それは、ひょっとすると天下のファッション誌プロ・カメラマンのレン・レイドリックスを知らないモデル、という構図になる。

(まさか、本当に商店街のキャンペーンガールなのか……)

 そう思いつつ、シーダに挨拶をする。

「じやあ、君もラグの商店街仲間か?」

 トモヤの言葉にシーダが自慢そうにフフンと笑う。

「そう、うちは電気屋」

「見たところ、中学生?」

「十四歳」

「バイトやっちゃダメな年齢だろ?」

「孫が爺ちゃんの仕事を手伝うのは、バイトとはいわねーもん」

 尊大な口ぶりで、トモヤを下からなめるように見上げる。

 そして焦げ茶色の瞳から強い輝きが放たれトモヤを射抜く。

「ラグの親戚?」

「違うけど、ラグの爺ちゃんは、俺の爺ちゃんみたいなものだからいいんだよ。ほっとけよ」

「……」

 あまりに乱暴な言葉遣いにトモヤが思わず黙ると、さっきまでレンと対峙していたルアシがシーダの頭を後ろから殴りつけた。

「なに乱暴な口きいてんのよ。ラグの仕事仲間なんだから、えらそーに『ほっとけ』は、ないでしょう。謝りなさい」

「うううう……」

 頭を押さえながら、眉間にしわを寄せたシーダは、仕方なさそうにトモヤに頭を下げた。

「悪かったな」

 だが、顔には、なんで謝らなきゃならねーんだよ、という言葉がバッチリ張り付いている。

 それでも頭を下げるということは、よほどルアシに頭が上がらないのだろうと思うと、トモヤはこの三人の関係が興味深く思えてきた。

「仲がいいね。商店街トリオか」

 その言葉に、ラグがなんとも言えない微笑を浮べた。

「まだ他にもいるんだけど……。じゃあ、僕、編集出来る場所を貸してもらえるように頼んでくる」

 ラグが部屋を出ようと、ドアノブに手を回そうとした時、そのドアが開いてササヤマの巨体が現れた。

「待たせたな」

 顔に汗と疲労がびっしりと貼り付いている。

「ビデオ編集室の準備をしてきた。そっちでやろう」

 そして、レンとトモヤの顔を見て神妙な表情で会釈をすると「本当に助けられた」と改まった口調で礼を述べた。



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