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第十一章 〈 十八時 打ち合わせ 〉

 二人はクロサキに案内をされながら、会議室に向っていた。

「詳しくは説明できないんだけど、急遽、ケイリー・デイジーの歌収録をここで行なうことが決定してね。三時間後に、こっちに到着するという連絡があったんだ」

 通路には、どこから集まってきたのか大勢の人々が集まり、右往左往する姿が増えだしていた。

「なんだか、民族大移動みたいね」

 ルアシが笑いながら周囲の人々を見回している。その横で ラグが腕時計で時間を確認する。

「今六時だから……。九時にここに来て、それですぐ収録なんですか?」

「すぐって言うわけには行かないだろうな。だが、相手もそんなに時間をくれないだろう。多分取り直しはきかない。1曲歌って、終わりの本番一発勝負。真剣勝負だ。あとはドタキャンされないことを祈るばかりといったところ」

「さっき、カメラマンのササヤマから電話が入って、ラグ君に会議室で待っていて欲しいと連絡があったんだ。なんでも、予備の一セットをシーダという人が届けるから、至急チェックをしてくれと。それがケイリー・デイジーの歌に関係した写真らしいんだけど、意味、わかるかい?」

「わかりました」

 ラグは、少し複雑そうな顔をした。

 フィルム撮影した写真は焼き増しをして一部はライアン王子とケイリー・デイジーとの交渉用に、そしてもう一部はラグのもとに一刻でも早く写真を届けてほしいと連絡はいれておいた。ネガも同封されているはずだ。だが、その写真をプロモーション用に編集するのにササヤマは間に合うのだろうか、と。他に編集スタッフがいれば問題ないのだが、テレビ局の事に関しては素人のラグにはわからない。

「シーダが来るの?」

 ラグの心配そうな表情に、ルアシがそのことなの? と覗き込む。

「うん。さっき着替えた時にメールが入っていたからシーダが来るっていうことはわかってたんだけど。心配なのは写真の編集のこと。クロサキさん……」

 ラグが問いかけを発しようとしたその時、クロサキの携帯電話が鳴った。

「はい、準備すすめています。はぁぁぁ……? 何、バカなこと言っているんですか?ドジ踏んだのも、交渉したのもそっちでしょう?  来週の放送分の歌収録だって言ってたじゃないですか!今日の生放送に組み込むなんて……」

 しばらく絶句して声がでない。

『十時からのニュースの中で歌ってもらう。社運がかかっているんだぞ。うちの局での騒ぎで他局や、大勢を巻き込んだ。他の番組でもキャスケット事務所と同様、タレントを番組から引き上げさせるところが続出してきている。ケイリー・デイジーのコンサートツアー中止っていう噂まで飛び出した。生放送で問題が終結したところをみせなきゃ、他が納得しないんだよ。歌姫様はすでに日本を離れたって騒ぎにもなってる。実際、ケイリーのスタッフの中には、仕事はキャンセルになったって思い込んで帰っちまった奴も何人かいるんだ。聞いているのか? クロさん!』

「無茶だ……。ライトセッティングだって通常7時間かかる。本局スタッフ総動員で取り組んでるが、現段階で3時間、準備が出来るかただでさえギリギリなんだ。あと、4時間だぞ。美術とセッティングと……」

『とにかくやるしかないんだ。社命だ』

「ぐ……」

『それと……言いにくいんだが』

「まだあるのか?」

 電話の相手は、短刀直入に言った。

『ケイリーの衣裳は用意できない、私服で歌うと言っている。最初にもめた時に感情的になって、帰国する予定だと関係者に言い放ったことで、衣裳関係者や衣裳も今日の昼の便で帰しちまったらしい。スタイリストとメイク、ヘアメイクは手配したからそっちに行かせたが。上品な感じで上手くやってくれ。俺もこれからそっちに向う』

「…………」

 クロサキは切れた電話を片手に呆然としたまま廊下に立ち尽くしていた。

「クロサキさん、大丈夫?」

 ルアシがクロサキの腕をつかんでゆする。

「あ…あ……」

 気絶しそうだと、思った。

「大丈夫? 電話の相手の声、でっかくて全部聞こえてたから、生放送になったんだよね?」

「ああ」

 呼吸を整えながら、冷静になれと自分に言い聞かせる。

「僕たちに出来ることがあれば協力するよ」

 ラグは、目の前にいるクロサキの状況を正確に把握していた。この状況で、気の毒なこの人物を見放すことは考えられなくなっていた。

 帽子のつばを後ろにして、深くかぶり直す。

「素人だからできることは限られているけど、雑用とか力仕事なら」

「ありがとう」

 クロサキはラグの両肩に手を置くと、深々と頭を下げた。気持ちだけでも嬉しいといった表情だ。

 素人の高校生に頼りたかったのは、ドラマの方で、今回のこの件に至っては長年業界にいる自分でさえもお手上げしたいくらいで、頭が働かない。

「俺たちも手伝います」

 その時、廊下の影からシンクロの五人が現れて、クロサキを取り囲んだ。

「俺たち手伝います。荷物の搬入でも、道具運びでも、セッティングでも。文句は言いませんから、バイトだと思って使ってください」

「まだ……帰ってなかったんだ……」

 ラグが目をパチクリとさせる。

「まぁ、ね」

 バツが悪そうに、ハルトがルアシを見つめて首をすくめる。

「助かるよ」

 クロサキは息を深々と吐き出すと、シンクロのメンバーに第二スタジオに向ってくれと指示を出した。

 同時に、無線でスタジオの人間に状況を話し、シンクロがヘルプに行くと連絡をする。

 彼等は、「じゃあ」と親指を立てるとスタジオに向って走っていった。

「私もお手伝いしようかな~。歌姫ケイリー・デイジーの衣裳が私服じゃ、見栄えが悪いわよね」

 ルアシは、クロサキに口元に笑みをたたえて見せると、まかせてね、とウインクひとつして携帯電話を手にした。

「もしもし、ルアシです。お願いがあって……」

 少しだけ話しこみ、電話を切ると、青い瞳が魅力的に輝き、ちょっとだけ笑う。

「余計なお世話だと思うけど、一応、万が一のことも考えてドレスとスタッフを手配したわ。衣裳はケイリーが契約しているフローラル・ブリュッセルの東京支店から十着。靴、小物、髪飾り、装飾品も衣裳に合わせて一式。あと、メイクスタッフはミレドニア国出身のカミラ・サン。ヘアメイクはサラス。ケイリーにいらないって断られるかも知れないけど、準備だけでもしておくのも必要でしょう? 極秘任務なら、受け付けには知人が見学に来るって、きちん伝えてね」

 クロサキはあっけにとられてルアシを見ていた。

 耳にしたすべのスタッフは、クロサキでも知っているほどの超一流の人物たちだった。

 それを一本の電話で手配をしてしまうこと事態が、冗談にしても程があった。

 オファーを取り付けるだけでも難航するアーティストの面々だ。

 しかもフローラル・ブリュッセルの東京支店からと、簡単に言ったが、一本の電話で動くような会社ではない。

 だが、クロサキは二時間後に続々と到着し、ルアシとハグを交わす本物たちを前に凍りつくことになる。



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