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音香彩々  作者: 天猫紅楼
22/50

ファーストインパクト

  トゥルル、トゥルル……

 

 七回目に相手が出た。

「……もしもし……?」

 かなり眠そうな声が聞こえてきた。 音香ははっとして時計を見た。 もう午前一時を回っている。

「ご、ごめんなさい、先生! こんな時間に!」

 電話の相手は影待だった。 彼は向こう側でフウッと大きく息を吐き、少しかすれた声を出した。

「うん……大丈夫。 ……何かあったのか?」

 音香はベッドに座り直した。 まだ酔いが完全に覚めてない頭がフワフワしていたが、どうしても聞きたいことがあった。

「先生、あたしは、誰になりたいんだろう?」

「えっ?…………」

 影待は困ったように黙っていた。 だが、音香は影待が何か言ってくれると信じていたので、何も言わずに待っていた。 するとしばらくしてから、彼は呟くように言った。

「そのままで、いいんじゃない?」

「え?」

「城沢は、城沢でいいんじゃない?ってこと。 自分で作曲まで出来るようになったんだから、すでに一人のアーティストになってるんだ。 今更誰かの真似をする必要は、ないと思うよ」

「そうかぁ……」

 音香は何故かすんなりと影待の言葉に納得した。 そして、お礼と非礼を詫びて、静かに電話を切った。

 

『もう、一人のアーティスト……かぁ』

 それは影待に、アーティストとして認められているということなのだろうか?

『あたしはあたしで、いいんだ?』

 音香の心が、ずいぶん軽くなった。 そして、ふと我に返った。

『あれ、なんであたし、先生に電話なんてかけたんだろ?』

 手の中のケータイを眺めながら理由を考えてみたが、まだアルコールが残っている頭では到底無理な話だった。 分かるのは、影待に相談したことで、自分の中の悩みが一つ減ったということだった。

『ま、いっか』

 音香はベッドに寝転ぶと、素直に自分の睡魔に従うことにした。

 

 

 次のギター教室では、今まで作ってきた曲を、改めて影待に聞いてもらった。

 音香が今まで感じてきた様々な心を詰め込んだ曲ばかりだ。 まだ心のままを表現するには技術が足りない。 だが、今の音香に出来うる全ての心を詰め込んだ作品たちだ。

 三曲を聞き終わった後、影待は黙って頷いた。

「アコギ一本で聞かせるのは難しい。 だけど、それが伝わったとき、大きな力が生まれる。 次に繋がる希望や、勇気、それに、もっとやりたいことが出来るかも知れない。 俺たちが音楽をやめられないのは、そんな嬉しいことがたくさんあるからなんだ」

 いつもより饒舌に話す影待。

『ホントに好きなんだなあ……』

 音香にもひしひしと伝わってきた。

「あたしにも出来るかな?」

「?」

「ステージに立ったら、皆に認めてもらえるかな?」

 影待は首を傾げた。 その様子が、少し笑ったように見えた。

「それは、城沢次第だな」

「え……」

 影待はホントに素直じゃない。 だがそれでも、音香は自分を試してみたい気持ちが沸き上がるのを感じていた。

 帰り際、珍しく影待が音香に声をかけた。

「来週セブンスに入ったライブ、城沢が持ってきたって? 城沢も、やれば出来るじゃん!」

「? え、まぁ……」

「自分の稼ぎにもなるから、これからも色々声かけてみてよ。 ダメ元でもいいんだからさ」

「はぁ……」

 音香は何故かとっさに、ライブに出演する『クロノス』の一員の中に彼氏が居ることを言えなかった。 特別伝えなくてはいけないことではなかったが、思いがけず言葉を飲み込んでしまった。

 片付けを終え影待に挨拶をすると、荷物を担いでセブンスヘブンの扉を開けた。

「オッカ!」

 不意に声をかけられ、見回すと、拓也が店の壁にもたれていた。

「あ、あれ、拓也? なんで? 今日はバンドの練習じゃなかったっけ?」

 音香が驚いて駆け寄ると、勢い余った彼女を拓也がぎゅっと受け止めた。

「マサトが風邪引いたっていうからさぁ、中止になった。 今日、オッカがギター教室だって言ってたの思い出して、来ちゃった!」

 そう言って、無邪気に笑った。 音香は肩をすくめた。

「なんだ、もう少し早く教えてくれれば、一緒に中でやれたのに」

「えええ! あのな、オッカの先生っつったらライブの音響やってる人なんだろ? 俺にとっては神なんだぜ! 恐れ多すぎるよ! そう、今日は是非、その先生に挨拶しようと思ってきたんだ!」

『あの人がそんなにすごいとは思えないけどな……』

と音香は思ったが、目の前で所在なさげに挙動不審にしている拓也には言えない。 そうこうしているうちに、セブンスヘブンの扉が重々しく開いた。

「!」

 察知して急に硬直する拓也の前に、影待がふらりと荷物を持って現れた。 二人に気付くと、黙って立ち止まった。

 拓也は早速駆け寄ると、深々とお辞儀をした。

「あのっ、俺、来週ここでライブをさせていただく『クロノス』の古瀬拓也です! よろしくお願いします!」

 固い声で一生懸命に言葉を放ち、再び深々とお辞儀をする拓也。 一方影待は特に愛想笑いを出すわけでもなく、無表情で拓也を見つめ、一言

「がんばって」

と呟くように言い残して踵を返し、自分の車へと向かって行った。

『ほら、やっぱり愛想悪い……』

 音香は予想通りな影待の反応に、思わずにやけた。 影待の背中を見送っていた拓也が、音香のもとに戻ってきた。 その表情は石のように堅いものだった。 影待の印象が悪かったのだろうと感じた音香だったが、取りあえず彼に尋ねることにした。

「? どうしたの、拓也?」

「…………」

 拓也はすぐには答えず、音香とも視線を合わせずに、押し黙ったままだった。 そのうち、影待の車が発進し、二人の前を通った。 通り過ぎる瞬間に、音香は影待と拓也の間で火花が散ったように感じた。

「何? どうしたの?」

 ただ一言挨拶をして言葉を交わしただけ。 その、ものの数秒の間に、一体何が起こったのか……。 音香はそっと拓也の顔を覗き込んだ。 すると影待の車を睨むように見送りながら、拓也が昂ぶる気持ちを押し殺したように、震える声を出した。

 

 

「音響の神だかなんだか知らないが、アイツには負けねえ!」

 

 

 拓也がいきなりそんなことを言うので、音香は驚いてしまった。

「一体どうしたのよ、なんなのよ? 神って言ったり、アイツって言ったり!」

 彼は音香を見つめた。

「オッカ、アイツに変なことされなかったか?」

「はぁ? ただのギターの先生だってば。 何かあるわけないじゃん!」

 呆れた風に言う音香に、拓也はガッとその両肩を掴んで彼女の顔を真っ直ぐ見つめると言った。

「お前は、ほんっっとに鈍感だな!」

「はいぃ?」

 逃げ場が無いまま、すっかりその剣幕に押される音香に、拓也は言った。

 

「アイツ、オッカの事好きだぞ!」

 

「え?」

 不意に両肩が自由になり、音香の体がフワンと揺れた。 頭の中が真っ白になっていた。 拓也は目を見開いて呆けている音香の表情に、眉をしかめて首をかしげた。

「オッカ、ホントに気付いてなかったのか?」

「そんな風に考えたことなかったもん……でもなんで?」

 拓也は苛立った風に髪の毛をくしゃっと掻き上げた。

「男同士、わかるんだよ。 空気で!」

 以前、唖然としている音香に、拓也は引き締まった表情を見せた。

「でも、俺は絶対負けねえ。 オッカ、見てろよ」

 拓也は音香の頭をグリッと押さえるように撫で、駐車場に向かった。

「ちょ、ちょっと待ってよ! どこに行くの?」

 思わず引き止める音香の言葉に、拓也は振り向きもせず、背中を見せたまま立ち止まった。

「これは戦いだ。 遊んでる暇はない。 俺はこれからライブに向けて集中する。 当日また会おう! 心配しなくていいから!」

 そして早々と車に乗り込むと、爆音を残して走り去ってしまった。 後に残された音香は、呆然と拓也の車を見送った。

「なんなの、一体……?」

 音香は動揺したままで、一人帰宅することになった。


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