表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
音香彩々  作者: 天猫紅楼
16/50

作曲への道は険し!

 影待の指導のもと、音香と作曲との戦いが始まった。

 最初は三つのコードだけで曲作りに挑戦だ。 【コード】とは【和音】のことであり、何本かの指で弦を押さえ、一気に弾いたり、一本ずつ弾いたりという奏法がある。 同じ三つのコード並びでも、主旋律は自由に踊る。 その奔放さが、音香のツボにハマったようだ。 次第に使うコードが四つ、五つと増え、音香は作曲の楽しさに引き込まれていった。

 そして次に、出来た曲に歌詞を載せてみることにした。

 これが意外に難しい。

 思っているように言葉が音に乗らない。 無理矢理乗せると、字が余ったり足りなくなったり、歌いにくかったり耳障りだったり。

 

「おかしいなぁ~……」

 

 音香は早くもスランプに陥った。 世間に出回っているような、誰でも簡単に口ずさめるようなフレーズを作ることとはこんなに難しいのか……初めて曲を作ることの難しさを知った。 だからと言って、やめようとは思わなかった。

 音香は、スランプを押しのけられるほどの楽しさに目覚めていたのだった。

 

 

 作曲を始めてから何回目かの授業中、どうしても歌詞をうまく載せられなくて頭を抱える音香に、影待が器用にペンを回しながら呟いた。

「じゃあ、詞を先に書いてみたら?」

「なるほど……」

 考えてみれば、音香の頭の中で流れる曲と言葉にズレがあった。 歌詞でイメージを膨らませてから、それに合う旋律を探す、というわけだ。

「詞先、曲先、人には向き不向きがあるからね」

 影待のアドバイスを飲み込んだ音香は早速、書きためていた言葉を並べ、歌詞を先に作り上げた。 何度も読み返すうちに頭の中でイメージが出来上がり、鼻歌になり、それにあったコードを当てはめていく。 これが意外にすんなりと馴染んだのが不思議だった。

 鼻歌にコードを乗せる作業が、まだ耳が慣れていない為にぎこちないのだが、どうにか作業効率は良くなったようだ。

 

「当たりだったみたいだな!」

 影待は満足気に言った。

「これから何曲も作るんだ。 失敗だろうが成功だろうが、とにかく数をこなすこと」

 音香は嬉しくなって、思わず満面の笑顔になった。 そして影待に向かってまっすぐに言葉を投げかけた。

「先生、音楽って楽しいね!」

 影待は慌てて視線を避けかけたが、すぐに口元をニッとさせた。

 

「そう言ってもらえると、教えた甲斐があるよ」

 

 そういういつも控えめな影待を前に、音香は

『もう少し感情を出してもいいのにな……』

と思っている。

 それがいじらしくて可愛いと思う人も居るんだろうから、人とは十人十色だ。

 そんなことを考えていると、自然に音香のペンが動き、ノートに書き込んでいる。 ネタ集めもすっかり板に付いてきたようだ。 音香の部屋やバッグの中には、ふとしたときに書き残したメモがたくさん入っている。

 

 

 

 ある日、いつものように部屋でギターを爪弾きながらフレーズを探していると、裕里からメールが届いた。 何気なく開いたメールには、こう記されていた。

 

『オッカ元気? お願いがあるんだけどさ、今度朋美が結婚するんだけど、その二次会で弾き語りしてくれない? 返答求む!』

 

 朋美とは裕里との共通の友人で、高校の時に知り合って以来仲良くしている。 彼氏とうまくやっていると聞いてはいたが、しばらく連絡を取っていない間にまさか結婚とは驚いた。

 しかもそこで弾き語りをしろと? 音香は動揺しながら返信した。

 

『いきなり弾き語りをしろと言われても困るんですが……』

 

 そう返しながら、状況もまったく分からないこの段階で、何故かすでにやる気になっている自分に驚いていた。 ほどなく裕里から返信が来た。

『オッカの選んでくれた曲でいいよ! 任せる! 朋美には内緒にしてあるから、他言無用!』

 どこまで期待してんのよ、と少し呆れながら、音香はギターに視線を移した。 部屋の灯りが反射して輝いている。 以前マスターが言っていた言葉を思い出した。

『披露した数だけ成長する……かぁ』

 音香は覚悟を決め、ケータイを持つ指を動かした。

『分かったよ。けど、どうか期待薄でよろしく!』

『ありがと。じゃあ、詳しくは改めて打ち合わせしよ!』

 かくして、音香の二度目の発表会が決定した。

 

 

 次の授業に行った時、

「先生、大変です!」

と少し大げさに言う音香の言葉に、影待はたいして反応なく聞き返した。

「何か、あった?」

「私に弾き語りを披露して欲しいと、依頼があったんです!」

「えっ?」

 影待は持っていたペンを落とした。 気持ちを落ち着かせるようにメガネを上げながら座りなおすと、聞きなおした。

「で、誰に?」

「友達の結婚式の二次会で」

 影待は数秒止まった。 そして、

 

「なんだ……」

 

と落胆したように言った。 音香は驚いて言った。

「な、『なんだ』ってなんですか! どういう意味ですかっ!」

 すると、影待は少し笑いながら言った。

「いや、どこかの悪徳プロデューサーにでも引っ掛かったのかと思って。 二次会で披露? いいと思うよ。 何より、それだけ期待されてるって事でしょ?」

「それは分からないけど……友達のためにもやるべきかなぁって。 大切な友達だし!」

「うん、やったら? 俺も手伝うし。 じゃ、早速やろうか!」

 影待は簡単に予定を変更して、音香の弾き語り披露に向けてのスケジュールを組み直した。

「もしかして、今日の予定ってありました?」

 急に変更させてしまった手前、申し訳なくなった音香は一応聞いてみることにした。 すると影待は音香に視線も合わせずに軽い口調で答えた。

「ああ、レコーディングしようと思ってたんだ」

「えっ! は、はい?」

 事もなげに言う影待の前には、なにやら精密機械的なものやパソコンが置かれていた。

「い、いいんですか?」

「別に急いでないしね。 それか今日、こっちやっちゃう?」

 影待は目の前の機械を指差して尋ねた。 だが音香は

『そんな簡単に言われても……』

と思いながら、結局は丁重にお断わりした。

『て言うか、それって前もって言うよね?』

 レコーディングって、そんなお気軽なものなの? と疑問に思いつつ、影待を怪訝な目で見つめた。 だが彼はそんなことはお構いナシに、次の作業に移っていた。

 

さて。 披露するはいいが、どんな選曲をしたらいいのか。

「持ち時間はどれだけ?」

 という影待の問いに、

「全部お任せすると言われました」

 と伝えると、彼はしめた、とばかりに少し微笑んだ。 その意図がまったく分からずにいる音香に、影待は話しはじめた。

「じゃあ、曲は三曲にしよう。 時間は十五分。 間にトークを挟んで、それくらいで充分だと思う。 あまり長すぎると飽きられるし、短すぎてもつまらないだろ?」

 心なしか影待の口調が明るい。

「先生、楽しそうですね」

 音香は、珍しく自分よりテンションの高い影待を怪訝に思い、つい口を割って出てしまった。

「そりゃあ、またとない機会だからね。 俺が教えた結果が出るんだから!」

「はあ?」

 音香から言わせれば、やるのは自分であるわけで影待には関係ないはずだが……どうやら自分のことのように喜んでいるようだった。

 影待は友達のリクエストも聞いたほうがいいと言っていたが、裕里が、朋美には内緒にすると言っていたこともあり、彼女が好きそうな曲を自分で選ぶことにした。

 二次会に参加する皆が知っていて、楽しく乗れる曲。

 結局後日に、裕里にも手伝ってもらいながらの選曲は丸一日掛かった。

 

 そして曲が決まると、影待と共に練習に取り掛かった。

 今回は、前回のような自分だけに必死な状態を見せる発表会のようにはいかない。

 観客を楽しませること。 特に、主役である新郎新婦に喜んでもらわなくてはならない。

 朋美は音香にとっても大切な友人だ。 このサプライズが吉と出るか凶と出るかは、音香にかかっていた。 影待も、自分が知りえる知識を伝えようとしてくれていた。

『なにより音を楽しむこと。 そうすれば必ず伝わる』

 リハーサルは何度も繰り返された。 ライブが無い日は壁のように下ろされているスクリーンを上げてステージまで使わせてもらい、本番さながらに時間を計りながら何度も何度も。

 それが次第に音香の自信に繋がったのは確かだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ