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音香彩々  作者: 天猫紅楼
15/50

新しい扉。 広がる世界へ!

「先生って、ストーカー?」

「そんな言い方ないだろ」

 視線を外して興味無さげに言う音香に、影待は静かに答えながらタバコに火を点けた。

「裕里のこと、フッたらしいじゃん」

 授業以外でも影待の事を【先生】と呼び、授業以外ではほぼタメ口で話す音香に、何も言わない影待。 白い煙を一筋吐き出すと

「そんなつもりじゃなかったんだけど、向こうから断ってきた」

「えっ?」

 音香は驚いた。 裕里は『振られた』と言っていたのだが、正反対の影待の言葉に音香は耳を疑った。

「向こうから……って、裕里から?」

「そう」

「もう付き合えないって?」

「まぁそんな感じ」

 裕里はきっと、影待の気持ちに関係なく自分から付き合わないことを決めたのだ。 隣に座る影待は、とても音香に好意を持っている雰囲気ではなかった。 ただ何食わぬ顔で静かにタバコを吸っているだけだ。

『先生の気持ちなんて……裕里の勘違いなんじゃないの?』

 音香は影待をチラと見ながらそう思ったが、それきり話が止まってしまったので、二人は黙り込んでしまった。

 しばらくして、影待が言った。

 

 

「城沢の気持ちは知ってる」

 

 

『来た!……』

 音香は胸がキーンと痛くなるのを感じた。 影待もまた音香の、マスターに対する恋心に気づいていたのだ。

「だけど、自分でも分かってたんだろ?」

 視線を遠く投げながら言う影待の静かな声が、音香の胸にチクチクと突き刺さる。

「ステージ上と同じで、無理して明るく見せてもバレるからな」

 とうとう耐え切れなくなった音香は、思わず立ち上がった。

「分かってるよ、そんなこと!」

 振り向いたその瞳が潤んでいるのに気付いた影待が、表情を変えた。 音香は流れ出す言葉を押し殺すことが出来なかった。

「先生には関係ないでしょ? 友達のマスターに余計な心配させたくないからそんなこと言うんだろうけど、あたしだって分かってるんだから! あたしの気持ちが届かないことくらい!」

 音香は影待に背中を向けた。

「城沢、それは……」

 慌てた声を背中に受けて、音香は言い放った。

「放っておいて! 先生なんて大っ嫌い!」

 音香はそのまま走り去った。

 後ろを振り向くこともなく、ひたすらまた息が上がるまで全力で走った。 途中のコンビニで買ったワインを、家に帰るなり一本空けた。

 初めてのやけ酒だった。

 そして音香は、生まれて初めて吐いた。

 このまま自分の思いも流してしまえたらと、心底願った。

 

 

 翌日は、胃もたれと頭の痛みに襲われて動けなかった。

 ろくに食事も取れずに、ベッドに横になったまま天井を見つめながらぼんやりと何かを考えていた。 昨夜影待に決定的なことを言われたことで、マスターの事をあきらめられる気がした。

 でもまだ何かモヤモヤした気持ちが、音香の胸の中を支配していた。

 その時、隣の部屋から音楽番組が漏れ聞こえてきた。 誰かは分からなかったが、しっとりと歌い上げる声と曲に聞くでもなく耳に流れ込んできた。

 その時突然に、音香の心に光が差した。

「! これだ!」

 急に起き上がった音香。 すぐに再び込み上げてきた吐き気を押さえながらまたゆっくり寝転んだが、気分は晴れやかだった。

 

『曲を作ろう!』

 

 音香は自分の気持ちを解放してやろうと思った。 自分を押さえつけて生きるのも、うまく社会を泳ぐには時に必要だ。 だが、どこかで発散させないといつか爆発する。 そうならない為にも、何かで解放するんだ。

 カラオケでもスポーツでもなんでもいい。

 だが、今の音香にはギターがある。 音香はベッドの傍らに立てかけてあるギターに触れた。 指を這わせて、そっと六本の弦を弾いた。

 

『マスターが勧めてくれたから』

 最初はそんな軽い動機で握ったギターだったが、今は大切な自分の相棒だ。 さぁ、そうと決まれば、音香の勢いはうなぎ登りだ。

 だがひとつ問題があった。

 音香は眉をしかめて、額に手を当てた。

『ひどいこと言っちゃったもんなぁ……』

 影待に

『先生なんて大っ嫌い!』

と言い放ったまま、振り返ることもなく走り去った昨夜の事を思い出した。 だが、他にギターを教えてもらうあてが無い。 かと言って、新しく別の教室に通うほどの金銭的余裕は無い。

「仕方ないか……あたしが悪いんだし!」

 音香は自分の新しい夢を叶える為に、意を決することにした。

 

 

 数日後、次の授業からはさすがに見学はやめると裕里から連絡があったので、一人でセブンスヘブンに足を運ぶことになった。

 重い足取りで重い扉をゆっくり開け、

 

  カランカランカラン……

 

というベルの音が降る下を、足音を立てないように静かに歩き、そっと中を覗いた。 薄暗い照明の中で、すでに用意をして書類を見ている影待の姿があった。

「…………」

 何も言えずに黙ったまま覗いていると、影待がチラッと扉の方へと視線を移した。 ベルの音で、音香が来たのはバレている。 増してや、暗がりの中で動かない影待の表情が見えなくて怖い。

『……よし!』

 音香は息を飲んでゆっくりと近づきながら、目を泳がせつつ口を開いた。

「こっ……この間は……」

 言葉の途中で、影待が無言で椅子を指した。 音香は言葉を無くして、ギターケースを背負ったままでおとなしく座った。 すると影待は書類を机の上へと静かに置き、視線を外したままで、

「ひどいことを言ってごめん」

と呟いた。

 先に言われたことで、音香は拍子抜けしてしまった。

「いえ、あの、あたしの方こそ……」

「来てくれないかと思った」

 影待はホッとしたような表情をしていた。 彼もまた、ずっと不安に思っていたのだろうか。

 音香は

『今なら言える!』

と、肩に掛けたままの自分のギターケースのベルトをぎゅっと握った。

「あの、先生にお願いがあります!」

「お願い?」

 影待が首をかしげて、音香を見た。

「あの…………あたしに、作曲の仕方を教えてください!」

 音香は座ったままで、背負っていたギターケースと共に深く頭を下げた。

 襲ってきたネックを器用に避けながら、影待は驚いた顔をした。

「作曲、したいの?」

 バッと顔を上げると、音香は不安そうに言った。

「ダメですか?」

 必死な気持ちだった。 とにかく頼れるのは影待しかいないのだ。 彼はしばらく黙って考えていたが、その時間さえも何時間にも思えた。 そして、

「うん……まあ、大丈夫でしょう」

と呟いてうなずいた。 音香は少し身を乗り出して次の言葉を待った。

「曲を作るって事は、今まで真似してきたことをどれだけ自分のものにするか、いかに自分らしさを出せるか。 目の前に居る大勢の客をひきつけるのは、そんなに甘くないぞ? ただの趣味で終わるなら、そこまでの覚悟は要らないけどな」

 影待の言葉に、音香は気を引き締めた。 新しい扉が開ける気がしていた。

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