表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
音香彩々  作者: 天猫紅楼
13/50

裕里の暴走! なんとかしてくれ!

 ブッ!

 

 

 音香は思わず吹き出してしまった。 裕里は音香の吹き出したレモンティーの雫をゆっくりとテーブルをおしぼりで拭きながら、軽く微笑んだ。

「なんとなく、気付いてはいたけどね」

「何でよ? あたしはごめんだわ、あんな奴! きっと裕里の気のせいだよ。 共通の話題があたし位しか無いと思ってたんだって!」

「最初は私もそう思ってたんだけどね、どうも違うの。 何ていうか……話し方が変わるっていうか……表情もなんとなく優しくなるっていうかぁ……」

「ったく! 意味分かんないよ……」

 そんなことを呟きつつ憮然としながら店員を呼んだ音香は、自分が散らかしたレモンティーでずぶぬれになった二人のおしぼりを替えてもらった。 そうして冷静を装ってはいたが、内心の音香は少し動揺していた。 発表会の時、出番前に控え室で見せた笑顔が再び思い返されたのだ。

『リハの通り、気楽になれば大丈夫!』

 ニッと笑って自分と視線を合わせた時の影待を思い出すと、異常なほどの動悸が音香を襲った。 でもあれはきっと、ただ自分の生徒を心配しただけのことだろうし、そこに好意があったかどうかなど、知る由もなかった。 それにその後の冷たい態度に、全てが払拭されたのも事実だ。

「ありえないし……」

 戸惑いを振り切るように独り言のように言うと、裕里はストローをくわえたまま上目遣いで言った。

「発表会の時のこと、覚えてる?」

 音香は心を読まれたのかと驚き、はっと我に返った。

「う……うん、覚えてる……けど、何?」

「オッカの出番の前に、影待さんが控え室に入ったじゃん? あれ、オッカの時だけだったんだよ」

「え?」

 あの時の音香は自分の事でいっぱいで、他の発表者の演奏などはほとんど上の空だった。 勿論、影待は音響スタッフをしていて音香から見えないカウンターの奥に居たし、わざわざ気にして見ることもなかった。 裕里以外は。

「私、影待さんばっかり見てたからさ、覚えてるんだ。 きっとオッカの事が心配だったんだね」

「ちょ、ちょっと待ってよ! ただの偶然かもしれないじゃん!」

「偶然? そうかもしれないね。 けど、結局私、ふられてしまいました。 それは現実よ」

 裕里は微笑んだ。 それはさっきまでの切なく辛そうなものではなく、少し吹っ切れたように見えた。

「最初はオッカにむかついてさ、なんで影待さんの気持ちに気付かなかったんだろうって、自分にも腹が立って……しばらく頭の中がごちゃごちゃしてたの。 でもそのうちに落ち着いてきて、オッカは悪くないんだって。 仕方ないから、オッカの事応援する事にしたよ」

「応援しなくていいから!」

 話は何だか違う方向に流れそうだったが、裕里が元気を取り戻してくれそうなのを感じた音香は、やっと胸をなでおろした。 途端に空腹に襲われた。

「なんかお腹空いてきたよ。 おごるからさ、何か食べようよ!」

 その後、二人は大きなパフェをぱくつきながら、今後の恋愛人生などを語り合った。 そして帰る頃には、いつもの二人に戻っていた。

 明るい裕里に戻ると毒舌も復活で、

「影待さんは、ホントにいい人なんだってば! オッカには勿体無いくらいなんだよ!」

と、逆に音香を押し捲った。 酔っているわけでもないのに、裕里は何だか熱を帯びた顔で必死に説得している。

「もう、そんな風に思ってないから!」

『先生』としては尊敬できる人だとは思うが、プライベートで言うならば、音香の中ではむしろ嫌いな存在なのだ。 あんなに暗く冷たい男は、今までの経験上出会った事の無いワースト人格だ。 裕里はかたくなに応援すると言うが、かなり迷惑な話だ。 音香は、とにかく裕里がへんに積極的にならないことを祈るばかりだった。

 

 

 それからしばらく経って、音香は一人でセブンスヘブンへと飲みに出かけた。

 女とはさばさばしたもので、一度心を切り替えると何事もなかったかのように振る舞える。 裕里もそんな類いだった。

 気晴らしに行った合コンで見事に次の男をゲットしてきた。 そんな彼もまた眼鏡をかけていた。 裕里らしい生き方だ。 すっかり以前の彼女に戻っている。

 一方音香はというと、発表会が終わった後から、どうも気乗りがしなくてセブンスヘブンに行けなかった。

 あの時の演奏の感想を言われるのが怖かったのかもしれない。 そんな恐れもだいぶ落ち着いたので、行ってみることにした。 やはりマスターの顔を見ないことの方が、音香にとっては苦痛なのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ