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音香彩々  作者: 天猫紅楼
12/50

裕里の初デート☆彡

 それからまた何ヵ月か経ち、音香のギター技術はだいぶ上達していた。

 他の教室の事を知っているわけではないが、基本的に、影待の教え方は覚えやすいようだ。 マンツーマンということもあるのだろうが、細かくチェックして音香の短所をしっかり直し、長所をうまく伸ばしてくれる。 ひどく厳しいわけでもないし、上げるばかりの調子者でもない。 丁度良い言い回しで、すごく真面目に授業を進めていくのだ。

『先生としてはピカイチなんだけどなぁ……』

 ぼんやりと思いながら爪弾いていると、影待からすかさず忠告が入った。

「テンポが遅くなってる」

 だが、影待の愛想のない感じは相変わらずだ。

 プライベートなことでも、聞けば教えてくれるが自分からは言わないし、逆に音香のプライベートをわざわざ聞くこともない。 生徒に興味を持つことも必要無いのだろうが、せめてコミュニケーションは取ったほうがいいのではないだろうか?

 

 そんな影待を好く人もいる。

 

 今、音香の後ろの椅子にちょこんと腰掛けている親友、矢岳裕里だ。

 発表会以降、ギター教室の見学と言って音香についてくるようになった。 お目当ては影待だと丸分かりだ。 影待もそんな裕里の気持ちに気付いているのかいないのか、見学は大いに結構、と快諾している。

 たまに

「ギター、やってみる?」

等と声をかけるが、裕里にはそこまでの興味はないようだ。 両手を大きく振って断っている。 振りながら、影待にデートを申し込む時を虎視眈々と狙っているのだ。 音香は裕里の事を応援するように、黙って見守っていた。

 

 そして音香と通うようになって一ヶ月後、裕里はついに影待に声をかけた。 そして、影待は承諾した。

「オッカ、これは私が努力した結果なんだから、嫉妬しないようにね!」

 ケータイの向こうからは、上機嫌な裕里の顔が浮かぶような弾む声が響いた。

「嫉妬なんかしないよ。 ま、うまくいくように祈ってるからさ! 楽しんでおいで!」

 音香はケータイを切ると、ポンっとベッドに投げた。 その向こうに、ピカピカに磨いたばかりのギターが立っている。 それを手に取ると、ポロンと爪弾いた。

 音香はいつからか、弾くことに貪欲になっていた。 弾きたいと思う曲はほとんど手を付けてきた。 授業でも何曲かを仕上げてきた。

 それでも、いつも何か物足りなさを感じていた。

 それは発表会の時に感じたあのモヤモヤした感覚だった。

『何が足りないんだろう……こんなにたくさん弾いてきたのに、何かが足りないんだ……楽しいのに、どこか寂しいような……何なんだろう、この感覚は……?』

 どこか手持ちぶさたな気持ちを持て余しながら、それでもひたすら弾いていた。 目に見えない何かを掴むように、貪るように弾く姿に、家族が少し心配するほどだった。

 

 

 そのうちに、裕里と影待がデートする日が来た。

 音香は、その夜には何か報告があるだろうと思っていたが、その夜が明けても、次の日も、メールひとつ、届くことはなかった。

『ただふられて落ち込んでるだけならいいけど、もしかして、先生にひどいことされたりとか……?』

 音香は心配になって、二日目の夜にメールを送った。

 

 返事は来なかった。

 

 次の日の昼間もメールを送ったが、何の返信もなかったのでその日の夜に電話をした。 正直、友達の事でここまで動悸が激しくなるのは初めてだった。

 裕里は見かけは強い子だが、意外に芯は弱い。 それでも恋多き女の子ゆえ、今までだって何度も相談されたものだ。 音香は、裕里の恋愛経験は多分全て知っている。 逆もしかりだ。 それくらい、二人の距離は少しも離れることはなかった。 だからこそ、珍しく連絡がつかない裕里の事が心配でたまらなかった。 裕里の家に行って実際に顔を合わせるのが怖かった。 今裕里の身に起こっていることが分からないのが、無性に恐ろしかった。

 

  トゥルル……トゥルル……

 

 五回コールの辺りで、音香の心臓ははち切れそうに唸っていた。

『裕里、どうしたの? 何故メールを返してくれないの? 何故電話に出てくれないの? 今、どうしてるの?』

 八回目のコールで、向こうの受信する音が聞こえた。

「もしもし!」

 裕里の声を聞く前に、音香が口火を切った。 裕里の声を待つことに耐えられなかったのだ。

「裕里、なんで連絡くれないのよ? 心配したんだよ。 何かあったの?」

 すると、遠くため息をついたのが聞こえた後に、憔悴しきった声が返ってきた。

「……まあね……」

「うっそ、マジで!」

 音香は驚いて声を上げた。 隣の部屋の母が不審な目でチラッと覗いたので、慌ててトーンを落とした。

「一体何があったの? 連絡つかないからホントに心配したんだからね!」

「……そうね、オッカが悪いわけじゃないのよ……」

 裕里は独り言のように呟くと、音香を近くのファミレスに誘った。

 断る理由などまったく無い。 音香は、準備もそこそこに部屋を飛び出した。

 

 音香が住むマンションから車で五分ほど走ると、国道の通りに待ち合わせのファミレスがある。 何かあるといつもそこで夜通し話をする、馴染みの場所だ。 裕里はそこから歩いて三分ほどのところに住んでいるので、一足先に着いて駐車場で待っていた。 音香は急いで駐車場に車を停め、裕里と共に店の中へ入った。

 彼女の顔は見るからに憔悴しきっていた。 眠れていないのか、薄化粧の目の下に、うっすらとクマも見える。

 店員に案内された席に座るなり、音香は裕里を気遣った。

「……寝てないの?」

 裕里は弱い笑顔を見せるとすぐに目を伏せ、小さく頷いた。

「……ダメだったんだ?」

 音香は言葉を選びながら言った。 裕里は俯いたままで、もう一度小さく頷いた。

 店員がオーダーを取りに来たので、裕里はアイスコーヒーを頼み、音香はアイスレモンティーを頼んだ。

 裕里は先にコップの水を一口飲むと、ため息をついた。 そして、呟くようにあの日の事を話し始めた。

「楽しかったのよ、車に乗せてもらってドライブしながら色んな話をして、ホント楽しかったの。 パスタが美味しい店に連れていってもらってね、意外に色んなことを知ってる人なんだって、びっくりした位」

「じゃあなんで……?」

 ずっと伏し目がちな裕里は、届いたアイスコーヒーにクリームを入れ、ストローでクルクル混ぜながらフッと独り笑いした。 クリームの白い筋がみるみるうちに濃い黒茶色の液体に混ざっていく。

「途中で、気が付いちゃったんだよね……」

「何を?」

 音香は何も聞き逃さないように裕里を見つめながら、アイスレモンティーを一口飲んだ。 その冷たく甘い潤いが、ずっと緊張していた喉に気持ち良く通った。

 裕里はやっと音香の目を見た。 黒目がちな瞳が少し揺れた。

「影待さんたら、オッカの話ばっかりなんだもん」

「へっ?」

 突然の事に理解出来ないでいる音香を、今度はからかうような目で見返した。

「影待さん、多分オッカの事好きだわ」

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