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ひらいた手の中に

2000字以内の小説賞

第15回フェリシモ文学賞応募作

(テーマ)ひらく



改行など

読みにくいと思いますが

ご了承ください

「ひらいた手の中に」



 今日は関門海峡花火大会の日だからか、フロアを見渡すと家族連れが多かった。


 二年前の八月十三日。博多出身の玲奈を運転手に女三人で花火会場を目指したけれど、会場が近付くほど車の群れに吞まれた。


    

 「花火は遠くからしか見えんやったちゃけど、せっかくやけんファミレス行かん?」


 玲奈の提案でファミレスに入った。遠くの空に見えた花火も、ファミレストークも、愛しい思い出のひとつだ。



 「沖縄には専門的な学校も無いし、出版関係は特に仕事ないってば。後悔とかしたくないわけさ!」



福岡の専門学校に進学したいと言った時、母さんは猛反対した。



「父親もいないし一人っ子だったからねぇ」と(なげ)く母さんに対して、罪悪感はあったけれど、ここで引いたら負けだと思った。



 母子共に頑固な性格の私たちが歩み寄れたのは、一緒に住んでいたおばぁのおかげだ。 


陽菜( ひな) が元気で笑ってたら、おばぁは一番嬉しいさ。だけど、おかぁの気持ちも分かってあげんと。心配だから言うんだよ」 


         

 おばぁはいつもの優しい笑顔で、語りかけるように話してくれた。心がすとんと軽くなる。



 記念日好きのおばぁは「今日はおかぁとの仲直りの日にするといいさぁ」と笑った。



おばぁみたいな優しい言葉を紡げつむる音楽ライターになりたい。私は福岡行きを前日に控えた夜、日記にこう書いた。



だけど、約二年半後の現実は、理想とかけ離れたものだ。



「面白みが無い。インタビュアーとして、もっと表情を引き出さないと」と講師の山岡先生に怒られ落ち込んで、時間に追われながら学校とバイトの繰り返し。一年生の時は休みを利用して、玲奈やあゆむと九州観光したりしていたのに、最近はお互い忙しくなってメールでのやりとりばかり。



ベッドの中で日記を書いたのは、深夜二時過ぎ。



電気を消すとケータイの発光が目に付いた。紫色の、着信を示すランプ。ふいに、面倒くさいって気持ちになる。着信があるとろくな事がない。



ケータイを開く。着信三件。メール六件。着信は全部母さんで、メールも二件あった。今年の夏は帰らないってメールしたのに!と思いながらもメールを開いた。




さっき、おばぁが倒れた。まだ意識は戻らない。お医者さんから、危ない状態だから覚悟はしておいて下さいって言われてる。もし帰ってこれるなら帰ってきなさい。



眠気はふっと消えて、おばぁの顔が浮かぶ。その中によどんだ感情が混じる。会ってどうするの?おばぁは私を忘れてるのに……そんな事を考える自分が憎らしい。



おばぁは私が沖縄を発って間もなく、認知症になった。心臓発作で倒れた事が引き金で進行が速く、最近はおばぁと話すことを躊躇(ためら)ってしまう。一番ショックだったのは、怒りっぽくなった事で、私を見れば「皆に心配かけて!内地まで行って何してるの」と呆れるように言った。私はバイトの時みたく笑顔を作って「頑張ってるよ」と言葉を返したけど、笑顔を作る度、切なさが込み上げた。

昼過ぎに病院に着いた時、おばぁは酸素マスクを付けて眠っていた。私は少しほっとする。



何処となく居心地の悪い私に、恵子叔母さんが「声掛けてあげて」と言ってくれた。

「おばぁ。ただいま。陽菜だよ。ずっと傍にいるからね」それだけ言うと胸がいっぱいになった。おばぁの顔は少し黒ずんだみたいで、思わず目を背けたくなった。



それから数時間後、三日月が煌々(こうこう)と輝く夜におばぁは亡くなった。私は泣かなかった。



「あんたが一番可愛がられたから」告別式の参列者への挨拶も私がしたけれど、泣かなかった。おばぁが亡くなってからずっと、頭の中がふわふわしている。



告別式の翌日、私はおばぁの部屋にいた。ノックもされずに扉が開く。母さんが私の顔をじっと見てから、茶封筒を差し出した。



「これ、おばぁが陽菜にって。今日が絵手紙の日って教えたら書きたいって言ったんだよ。読みなさい」



「あ、うん」間の抜けた返事をして茶封筒を受け取る。



茶封筒には、菜の花がプリントされた手紙が入っていた。


ひなへ。二月三日は手がみの日です。内地でがんばってますか?ひなが元気でわらってたら一ばんだけど、さい近は淋しいさぁ。おばぁのことも忘れんでよ。ちばりよー。

胸が熱くなって、視界は涙でゆがむ。手紙には、心配しながらも私を応援してくれているおばぁの姿があった。何も変わらない。変わったのは私のほうだ。胸に手を当ててみる。ひらいた手の中に温かさが満ちていく。


実体験から生まれた話です


認知症になってしまったおばぁちゃんに

なんて声かけていいかわからず

ギクシャクした空気のまま、亡くなってしまいました


この小説を読んで、何か感じて頂けたら嬉しいです

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