飛べなかった小鳥
全ては明らかになった。ケルベロスではなんの物証もいらない。回りくどい論理もいらない。裁判員制度と同じく市民の手によると言うが全く違う。ただ基準は「人間としての正義感」だけ。乱暴な言い方だが犯罪被害者の無念を晴らすだけだ。ケルベロスのメンバーに、過去を言わないがそういった考えがあるようだ。
「今の話では確かに詐欺罪にしか裁けない。それに経済犯罪は刑が軽い」
直接手をかけなければ、犯罪は成立しない。彼にとって、検事で求刑するときその不条理を感じているのかもしれない。犯罪は直接でなくとも、成立するするかもしれない。
「やるのか?」
今回はケルベロスメンバーが目の前に揃っている。
検事の法廷での姿を想像させる自信と迫力をもって
「老人から、人生の集大成である金をだまし取り、なんの罪もない原告に濡れ衣を被せ、死に追い込んだ!なんの弁解の余地もない!被告4人全員に死刑を求刑する!」
「陪審員の諸君!求刑に同意するもの!」
「全員挙手!」
なんとその場のメンバーに多数決させた。
「結審!」
「当法廷の判決は“死刑"」
相手の言い分を一切認めないとして
「控訴を認めない!」
と、くくった。ケルベロスメンバーは夜の東京に散った。
二○時四八分池袋雑居ビル街。安い飲み屋が入るビルにJIM投資アドバイザー安藤幸雄がいた。安藤はやくざで、アドバイザーといっても、ただ契約を無理やり結ぶだけの役割だが、会員の多くがそのしつこさと、強引さで泣いていた。彼の役割は、恐喝まがいに契約を取ることだ。彼はJIMの詐欺事件の現場の責任者だった。目の前に茶髪で革ジャンの男とガングロ娘が大きな声を立て笑っている。
「でよー、あいつ、こうするっぺ、てか!」
大柄な茶髪男が言う。何が面白いのかわからない会話だ。ぎゃはは、とかなりうるさい。
「ちっ!うるせーガキどもが!」
エレベーターホールに立つ。すぐに来そうにない。見た目で、いらついているのが分かる。すると茶髪男が
「やべーべ。ブーツがほどけた!」
と大声を上げた。安藤とは背中を向けあっていた。
「ちょっとまってな!」
「まったー。ダサダサ!ドジ男!」
しゃがむ一瞬で男の手から何か放たれた。空間を切りなにやら飛んで行った。
エレベーターの内部に入った安藤の首に巻きついた。ドアが閉じた。何が起きたかわからない安藤だったが、自分の首を見ると、携帯のストラップだ。ネットカフェは携帯に仕込んだナイロン線で、首をしめた。ほどこうとしたが、時は既に遅く、降下とともに持ちあげられ締まった。ナイロン線は肩越しに手の中の携帯電話まで張っていた。ネットカフェは手ごたえを感じるまで耐えた。安藤の手ががくっと垂れ下がった。
グンッ
手ごたえを感じるとストラップを回収した。
ヒュルッ
ストラップはエレベーターのドアから戻ってきた。彼女の前でコロシが行われた。安藤の死体だけがそのまま下に運ばれることだろう。何もなかったように彼女のもとへ行く。
「おまた!わりーなー」
誰も気づかず安藤は「裁かれた。」
エレベーターの一階昇降口は外に面していた。下に降りたエレベーターのドアが開くと、先ほどの安藤が絞殺体となって倒れこんだ。通行人が騒然となった。足で締まらないドアがいつまでも開閉を繰り返していた。