飛べなかった小鳥
電車のつり革に芸能誌の見出しが躍る。
「死因は睡眠薬の多量摂取か!?」
「黒い広告塔!自殺!!」
「堕ちたアイドル!捜査及んでの自殺か?」
死んだ人間にもゴシップ誌は容赦がない。警察の発表も自殺と断定できる、ということだった。一人のアイドルが死に、全て終わるはずだった・・・。正田も見上げて一市民の感覚で見ていた。池袋に着いた。
今日の仕事はOFFだ。芸能レポーターはネタ仕込みでも来たのか?しかし入って行った店は変哲もないネットカフェだ。ネットカフェ難民で揶揄されたりする。忙しいレポーターにはあまり関係ない店舗に見える。表の看板には「ケルベロス」と名があった。入ると20代前半でがっしりした茶髪の若者が店番をしていた。長い髪を後ろで束ねている。ピアスなどたくさんつけている。携帯でメールを打って、店番ほったらかしの感じだ。受付で時間を入れるはずだが正田の来店を気にかけてない。正田は聞くだけ無駄と思ったか、
「勝手に入るぞ。」
と店に入ろうとした。するとようやくバイトが声を出した。
「お客さん、今日はそこじゃねえ。こっちだ。」
とスタッフルームを指差した。芸能レポーターの正田が、店のスタッフのわけはない。
スタッフルームに入ると、3人待っていた。皆始めて見る顔だ。一人は堅そうな眼鏡をかけた背広の中年。一人はホストっぽい襟を立てた白いシャツに黒い服装で、少し芸能人的なイケメンの青年。そして40前の艶やかな大人の女性。しっかりアイボリー系のスーツを着こなしている。きちんとした正装が大人の色気を出している。最後にさっきの店員が入室した。
堅そうな眼鏡が口を切る。通称も「検事」で堅い。
「遅いぞ、レポーター!」
レポーターとは正田のことだ。この集団はどうも、通称で呼び合うようだ。「検事」の本名は藤堂直人といった。表の仕事は東京高検の現役検事で、法廷のプロだ。顔見知りでもないのになぜか知り合いのような会話だ。
「おいっ、いいのかよ。直接会って・・・」
直接会うのは最初だが、何らか関係はありそうだ。
「今日の『法廷』は大掛かりになる。直接会って話すことにした。」
検事は弁護士ではない。現役検事が素人相手に「法廷」を口にしている。怪しい会議だ。大の大人が法廷ごっこだろうか?しかしなにやら緊張感がある。無口でピリピリした雰囲気に包まれている。
「話は手短に済ませたいわ。これでも表の仕事は忙しいの。早く済むならいいじゃないの?」
女医が引き続き、一呼吸おいて
「それとも、今日は検事のお連れさんと罠はっているんじゃないわね?」
猜疑心いっぱいの視線を向ける。
穏やかな話じゃない。「検事のお連れさん」は警官の事を言っている。女医の本名は百地かおり。誠心医科大病院の外科医をしている。だれも社会的に身分の高い者と言える。
検事が少し失笑しつつ言う。
「たしかに表の仕事は君たち犯罪者をおいつめる仕事をしている。しかし今の俺は『主犯』の位置づけだ。」
一同、確かにと相槌を打つ。何やら犯罪集団の集まりのようだ。高検の検事が犯罪の主犯と平然と言ってのけた。
「怖い世の中だね。法廷の番人が犯罪集団のトップとはね。捕まると大変!」
女医の言葉は、半分皮肉、半分からかいになっている。
「そんなこと、いいじゃんかょ。検事よォ。早く始めようぜ。」
二枚目キャラのホストと呼ばれる男が言う。ホストは歌舞伎町のホストクラブ「スピッツ」のNo.1ホストの坂本ケンゴだ。どうやら呼び名と表の肩書は、そのままのようだ。
「我々ケルベロスは犯罪被害者の自殺を『命の訴え』と位置づけ、その自殺者の遺言を『闇の訴状』として取り上げる。それに基づき、無法な裁きを下し、犯罪被害者の無念を晴らすというグループだ。そして今回の訴状はこれだ。」
検事がそういうと、一同覗きこむ。もちろん普段から何でそんなものが手に入るのか不思議だった。なにしろ捜査資料で表に出ることのない代物だ。まんざら検事というのも嘘ではないかもしれない。
この集団では個人の秘密を語ること、過去を語ることは禁止されていた。だから「検事」の正体を知らない。
芋づる式に逮捕者を出さないためだ。通常のケルベロスではネットサイトのチャットで情報のやり取りしている。そのためハンドルネーム以外何も知らない間柄になる。それで殺人をしていくという現代的な集団だ。そのため時々不自然な会話となってしまう。
覗きこんだレポーターは添付の写真を見て、驚いて叫んでしまった。
「長谷川奈緒じゃないか!」
「なんだ?レポーター。知り合いか?」
検事が逆に問う。
「あのな?この人は国民的アイドルだ。おまえ、世の中を知ってんの?」
レポーターはあまりの無知に信じられなかった。だが、検事はせせら笑う。だいたいこの男は何かと上から目線でものをいう。友達としては遠慮したいタイプだ。
「俺のようなエリートは庶民の関心に興味はない!」
横柄な返答にフリーターが反応する。ネットカフェが興奮し始めた。ネットカフェは本名、葛西茂一。このネットカフェ「ケルベロス」のアルバイトだ。さっきの店員のことだ。この人物もメンバーだ。この場にいる誰もが2人の相性が悪いと思う。上から目線に反感を持っている。
「あいつ殴っていいか?」
ネットカフェの敵意にレポーターが答える。
「許可する。」
意外とレポーターとは息が合うようだ。もっとも殴って何かなるわけない。言葉の上だけだ。
「問題はここの部分だ。」
検事はその場の空気も構わず、資料を一同に示した。この人物には、他人は妥協すべき相手ではないらしい。高検の検事は、孤高だ。
(私は騙されていたんだ。それがわかった時には手遅れだった。奴らは私に罪を被せ切り捨てるつもりだ。芸能界ではもうやれない。頑張ってきたのに・・・。人生が壊れた。なのに、奴らはのうのうと生きている・・・。悔しい!)
長谷川奈緒の遺言に、そのやり場のない恨みの言葉が書きつなる。
(悔しいよな・・・)
レポーターは人なりを知っているだけ思う。はめられたのなら晴らしてやりたい。正田が彼女の身近で売れていくのを追っかけただけに、妹のような感情があった。
「ヒッデー字だな。これがアイドルの字かよ!俺とかわんねえべ。」
粗暴で不良のような男だ。この男の言う事は多分間違いない。
「自殺前だぞ。書きなぐったんだ。」
レポーターはフォローを入れる。死者の名誉に関わる。
遺言の文字は心理状態の為か、大きく乱れていた。