飛べなかった小鳥
飛べなかった小鳥
この列島に1億3千万の鳥が巣くう。ツバメもいればカモもいる。秩序の中でそれぞれがそれぞれに勝手に生きている。秩序をはみ出し、さばけぬカラスを誰が裁くというのか。
ここはサンセットテレビだ。日本の情報の発信源だ。
テレビ局は様々情報が飛び交う。真実を伝えるニュース、さまざまな嗜好にこたえる情報バラエティー。そして人々の要求にこたえる才能をもつたち。歌、ドラマ、お笑い。絶えことなく現れては消えていく。世界の萌え文化は実力派プロデューサーをしてファン密着型のアイドルを作りだした。仕掛け人たちは売れ筋をかぎわける。その中の一つ、夏元靖はアイドルグループ・ホワイトチョコを作った。総勢100を超える大所帯だ。看板には長谷川奈緒が「総選挙」とよばれるファン投票で選ばれた。長谷川奈緒はハセナンと愛称があった。芸能界では常に注目の的でこの度MHKの年末桃白歌合戦のトリを取ると話題になっていた。
サンセットTVの歌番組「ミュージックソニック」のモリタと北川クリスタルが司会を務める。
「芸能界で一番活躍中といえるグループの登場です。ホワイトチョコのみなさんです。どうぞ!」
北川クリスタルの紹介から番組が始まる。制服の女の子の集団が入ってきた。20人はいるだろうか。
「いやー、すごいですね。スタジオにはいきれない人数です。さあ、この度総選挙で1位になった長谷川奈緒さん。さっそくですがセンターになられた感想は?」
司会のモリタの小気味いかたりで雰囲気が決まる。ホワイトチョコのリーダーとなった長谷川奈緒はマイクを向けられ、代表の気分だ。
「センターになれたのはファンの皆さんの熱い声援のおかげです。とっても光栄です。」
番組は進行し、現在オリコム第1位の歌を披露し終了した。
「お疲れ様~」
スタッフのねぎらいの言葉の中、スタジオのうらでハセナンはちょっとした取材を受けている。絶大な支持の前に早くもソロでの活動がうわさされていた。取材に3局ぐらいはいるだろうか。照れながらもあかるい未来を信じきったハセナンがいた。ここまでくるのは死に物狂いといえる。まず、グループの中で頭角を現さなければならない。注目を浴びなければならない。最近のアイドルは、中で生存競争をさせる。「下剋上」を常にする。生存競争を生き抜き、それで初めて表に現れることができる。激しい競争の中、けれどアイドルゆえに人前では全く顔色に出すわけにはいかなかった。顔で笑って心で泣いて、勝ち取った名声。素人からオーディションを勝ち抜き、ついには芸能人として華々しい活躍が約束されるんだ。まぶしいカメラの光線を受けるのが、それに勝ち抜いた者だけの特権だ。
「早くも卒業の声が聞こえますが、ソロではどう活躍するつもりですか?」
「歌だけでなく、女優のオファーはきてますか?」
しつこくも心地よい質問を浴びせられる。そこへ別の局がさっそうと現れた。サンセットTVの正田だ。かれは芸能レポーターとして「ワイドステーション」の看板レポーターだ。
「MHKの大河ドラマ『竜馬の妻』出演おめでとうございます。」
気づいたハセナンは取材陣をかき分けよってきた。
「剛君、さすが耳が早いね。」
彼女の積極的な態度に周りは少し驚いた。
「そりゃー、ハセナンはうちのファミリーっす。羽目鳥さんも出演待ってますよ。それとも俺のコーナーでます?」
インタビュアーの正田と彼女とは特別の間柄の様だ。
羽目鳥というのはサンセットTVアナウンサーで「ワイドステーション」の司会だ。正田は「ワイドステーション」の売れっ子芸能レポータだった。年齢は27歳。明るめのジャケットに蝶ネクタイ姿で、どこにでもいる若者だった。それより正田はまだ無名のハセナンを追い続けたためハセナンには特別の親しみがあった。わいわい騒いでいるところに、雰囲気の少し違うインタビュアーが近づいた。芸能番にはない荒れた感じをもっている。
「長谷川さん!あなたが広告塔になっている投資会社JIMの配当金不払いの件ご存知ですよね!」
記者のガサツな口調と荒れた雰囲気で、急に全く違う雰囲気に支配された。こいつはゴシップ記者だ!正田は直感で分かった。スタッフがあわてて接近を阻止に入るが、記者は続ける。
「一部報道ではこの問題を知っていて、会員を募集しているというのは、事実なんですね?」
記者の心ない質問に、ハセナンは黙って小刻みにふるってしまった。
「多くの被害者が泣いている現状をどう思いますか?」
根拠もないのにこいつは、と思ったが同じジャーナリストとしては、見守るほかない。
「それについては後日会見をセットします。」
マネージャーは歓迎されない客に戸惑う。
雰囲気はぶち壊しで、マネージャーも取り繕うのに必死だ。他の芸能番は事態の行方を見ているかのように静かだ。噂は有名だ。しかし、それより、彼女の活躍の方がまぶしい。真実であるかもあやしい。
「警察の聴取はあったんですか?」
記者は執拗だが、ハセナンに疑惑があるのは周知なことだ。日本のトップアイドルに登りつめ、黒いうわさを持ってしまったアイドルだ。どちらの姿が本当なのか?
「私・・・知らない・・・」
消えそうな声でハセナンが呟くと、廊下に逃げるように消えた。あとにはどうしていいのかわからない、多くの取材陣が残された。