3.1
今朝はとても穏やかで、彼女が昨日多めに作り置きしておいたおかずに朝から舌鼓を打つこととなった。
「ねぇ裕子さん。これ、本当においしい?」
出し抜けの質問にわたしは、どうして、と訊きかえした。
「おいしいって言ってくれてるのはウソじゃないと思うんだけど、なんていうかな、昨日も食べたし、なんとなく飽きない?」
「え。なんで。全然そんなことないよ」
彼女の料理には昨日から本当に感心しきりだったのだ。
「そう、よかった」
彼女は心底安心したようにみそ汁をすすった。
「どうしてそんなこと訊いたの?」
訊いたものの、別段深い意味があったとは思っていない。きっと彼女は残り物を出したような気がして言ったのだろう。
「これ」
彼女は大皿を箸で差した。
「ひじき?」
そこには残り僅かになったひじきが盛られているだけだ。
「こんなに大量に作って馬鹿みたいだと思わない?」
わたしには彼女がなにを言いたいのかがさっぱりわからなかった。
「どういうこと?」
「わたし、先月の終わりにこれと同じ献立で夕飯作ったのよ。そしたらあいつ、なんて言ったと思う?」
「なんて言ったの?」
彼女は箸をお茶碗の上に強く置いて、身を乗り出した。
「ひじきばっかりこんなに食べられないって言ったのよ!」
わたしは彼女が冗談を言ったんだと思った。しかし彼女の表情は真剣で、笑顔を作りそうになった口元をきゅっと引き締めた。
「あいつったらね、ひとつのおかずをたくさんの量作るんじゃなくて、少しずつの量で品数を増やせって言ったのよっ。しかも、さもそれが世間一般では当然みたいに、あっけらかんと、軽々しくっ。そんなのって信じられる?」
彼女は悔しそうな顔付きで唇を噛んだ。
「どういうことだか、裕子さんにはわかるでしょっ?」
「たぶん、だけど」
普段から料理はあまりしない上に結婚だってしたことがないわたしには、彼女の言わんとしていることはおぼろげにしかわからなかった。
「ご飯を作る方の身にもなってほしいってこと?」
「そうっ。その通りよ。それがあいつにはわからないの!」彼女はさっきより険しくなった表情で言った。「おかずを一品増やすのがどんなに手間かわかってないの。仕事して、疲れて帰ってきて、今度はやってもやっても終わらない家事をするのよ」
彼女が文句を言った相手は、ここにいなかった。
「五年間ずっと、こんなにがんばったのに――」
彼女は歯を食いしばって、それからなにも言わなくなった。
「冴恵さん」
彼女は俯いていて、わたしは泣いているんじゃないかと心配になった。
「冴恵さん?」
「そう。だからね」
彼女の口は動いたような動いていないようなで、喉元か胸のうちから直接言葉を出したようだった。
「だから……?」
わたしは恐る恐る復唱する。
「だから、ね」
彼女は顔を上げてにっと笑った。
「だから、復讐してやるんだって。そうよ、何倍にもお返ししてやるのよ」
彼女はまた平気な顔をしておかずを食べはじめた。
彼女の空元気はおとといから日増しに気にかかるようになっていた。やっぱり、ここはわたしがどうにかするしかない。