2.4
時計の針が密やかに夜の七時を知らせたとき、窓を覆う春色のカーテンが少し揺れたことに気づいた。
「やだ、もしかしたら窓開けっぱなしだったかも」
わたしは夕食を食べる手を休めて、窓に寄っていってカーテンの裾をめくった。
「やっぱり開いていたわ」
ベッドの壁側の端には、公園の桜が零した花びらが何枚か落ちていた。
「裕子さん」
わたしは窓を閉めて、桜色のベールをまとった彼女に振り返った。
「どうしたの?」
彼女もまた手を休めて、改まった表情でわたしを見すえた。
わたしは食事の席に戻り、彼女と向かい合った。
「協力してくれて、ありがとね。やっと明日で終わりよ」
「協力だなんて。寝るところ貸してるだけじゃないの。今日なんて遊びに連れて行ってもらって、それにこんなにおいしい料理も食べさせてもらえて、わたしの方がお礼を言うわ」
彼女は激しく首を振った。
「そんなことないわ。裕子さんの助けがなかったらこの計画はうまくいかなかったわ」
本当にわたしの協力によって彼女が復讐を成し遂げたとしたら、それはうれしいことではない。
どうして、親友と旦那さんとが不仲になる手伝いなんかしてしまったのだろう。
泊まるところを貸して、今日は一日一緒にいただけ。それだけでも協力したことになったのなら。そうだったとしたら、そんなことしなければよかった。
「裕子さん」
彼女はわたしを優しく呼んだ。
「悲しい顔をしないで。わたしとあいつとは、しょうがなかったのよ。裕子さんがなにかをしてくれても、しなかったとしても、いつかはこうなってしまったのよ」
彼女は、こんなことに巻き込んでしまってごめんね、と穏やかにわたしをなだめた。
彼女の方がつらいに決まっているのに、わたしがこんな風にしてもらってなんだか申し訳なくなった。
「でも、明日からの住む場所はどうするの?」
彼女がもう家に帰らないことはわかっている。
もしも彼女が、こうやって知人の家を転々とするというのなら、わたしは明日以降も彼女をここに置いて、それでなんとか思いなおすように説得しようと心に決めたのだ。
「明日からのことだって大丈夫よ。なんてったって、わたしの計画は完璧なんだから」
彼女は元気に笑ってみせて、すっくと立ち上がった。
「ほら、ここにも桜の花びら」
彼女はボストンバッグの上から、彼女と同じ色の花びらをすくい上げて、それを愛おしく見つめた。