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1.1

 彼女の恐ろしい復讐は昼夜を分かたず行われる。

 わたしがその片棒を担がされるようになったのは昨日の夜からで、彼女の企てた謀略が滞りなく遂行されさえすれば、もう明日の朝にはわたしはその役目を終えることになる。

「裕子さん、ごめんね。お世話になってるのにこんな料理しか作れなくて」彼女は言ったけど、目の前のテーブルに所狭しと並べられた色とりどりの料理に、わたしはひとつも不満なんて持たなかった。

 カーペットの上に座布団一枚、布きれ一枚敷かずじかに座るわたしと彼女。ふたりが囲むのはひと世代前の丸テーブル。彼はもちろん素足で、不安定な足場に短い足を直立させる。箸を皿にのばすたび愉快に足を踏みならす短足テーブルを、女ふたりでこれでもかと踊らせる。そうすると、わたしも愉快になってくるし、もしかしたら彼女もそうかもしれない。

 しかし彼女の視線は大皿のひじきに注がれていて、必死にアピールする軟派で堅牢な彼の想いは儚くも散ったのだった。

 彼女の青柳の眉に切れ上がった目元には宝塚の男役を思わせる凛凛しさがあり、それに似合わしいさばさばした気性には、言ってはなんだが男性的な魅力を感じる。そして、それはまさにこの家庭的な料理とは結びつくものではなかった。

「どれもこれもおいしいわ。わたしが作る夕食とは比べものにならないもの。わたしも結婚するまでには冴恵さんくらい料理ができるようにならなくちゃ」

 わたしが賛した彼女の料理は、絵に描いたような一般的和食で、彼女はそれを絵に描くよりも容易くこしらえた。

「そう。手料理を褒めてもらったのなんて、どのくらいぶりかな」

 彼女の投げ捨てるような語気と密かに寄せた眉のしわにより、この部屋において『結婚』とそれに属する言葉は禁句になった。

 彼女がこの部屋に来た理由も忘れて、考えなしに言葉を口にしたことを後悔した。

 彼女は黙々と箸を進めているし、わたしもこれ以上気まずくなるのは避けたかったからそれ以上はなにも言わなかった。

 昨日からこの部屋が少し息苦しくなったのは、1DKのアパートに人がひとり増えて酸素濃度が低くなったからだけではなく、彼女の連れてきた重い復讐の念がそうさせていたのだった。

「ごめん。気を遣わせちゃってるね」

 細く流れる眉を少し歪ませた彼女に、そんなことないよ、と首を小さく横に振った。

 端なくもささやかな外灯でほの明るくライトアップされた隣の公園の八重桜は、決まった時間にこの部屋に春の色を落とした。時計の針が密やかに夜の六時を知らせると、窓を覆う白いカーテンはあたかも昔からそうであったかのように平然と自分の色を変える。

 部屋に入る明かりで浅い桜色のベールをまとった彼女は、わたしにお礼を言って冴えのある笑顔を返した。

 わたしも彼女に笑顔を向けた。

 そうこうしているあいだにも、仇敵は彼のすべてのうち、すでに三分の二を彼女に奪われていた。

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