第三話
いつの間にか、ロナートの剣に添えられていた手はそこから外され、だらりと力が抜けただ垂れ下がっていた。
ちらっとその表情を見れば、複雑そうな顔をして窓の外を睨み付けている。
どうやら、同情されているらしい。
そんなの必要ないのに。本当にこんなので騎士がつとまるのかな?
なんか、すぐに敵とかにも絆されそうな気がする。隙だらけだ。私が暗殺者とかだったらどうするんだろう。きっとこの瞬間にもうグサッ!って刺されてるよ。
そんなことしないけどね。
というよりもこの人いつまでこの部屋に居るんだろう?
早く出ていってくれないかなぁ。
ふかふかのベットが私を待ってるのに。
「ねえ、もう用事ないの?ほかにもお仕事とかあるんじゃないの?」
暗に出て行けと言ってみる。
ロナートはハッとしたように、私を見た。そうしたら、何かもごもごと口ごもって、結局なにも言わないで部屋のドアノブに手をかけた。
「…先ほどの質問ですが、直接陛下にお尋ねになってください。私には分かりかねますので」
そういって、スッと静かにロナートは部屋から出て行った。
一度も私を振り向かなかった。まったく礼儀がなっていないやつだ。
でも。
――敬語に戻ってた。もしかしたらちょっと受け入れられたのかな?
まぁ、単に切り替えをしっかりしただけかもしれないけど。
邪魔者が居なくなったので、思い切ってばふっとベットに飛び込む。
ふわんと身体を包み込んで、緩やかに押し上げる感触に思わず口元をゆるめた。
気持ちいい。こんなに柔らかいベットに寝るのは初めてかもしれない。
ご主人様のところで私に与えられたのは、堅くて冷たい寝具だったから。
私は、そのベットしか知らない。
ご主人様のもふかふかしてそうだったけど、私が触ることは許されなかったから。じつは、ちょっとあこがれてたりした。
しかしそうしているうちに、うとうとと、だんだん眠くなってくる。
んー、しょうがない、こんなに気持ちいいんだから。
そう思って、私はゆっくりとまぶたを閉じた。
*****
眠ることは、実はそんなに好きじゃない。
――それはいつも私を暗闇に引きづり込んでいくから。
眠ると、私はいつも真っ暗闇の中に一人で居る。
そこはいつも暗くて冷たい。身体の自由はちっとも無くて、ちっとも思うとおりに動かせない。
手と足には鎖がついてて、じゃらじゃら音をたてててその音だけが、真っ暗闇の中に響いてる。
ほかには自分の心臓の音も、呼吸する音も聞こえない。
――まるで、自分はもう死んだような気がしてくる。
不安で不安でしかたなくて、叫びたくなって、でも声は出なくて。
助けを求めたくても、何も見えなくて。
……狂いそうになる。
眠る度に襲ってくるそれを、一度ご主人様に話したことがあった。
そうしたらご主人様は少し悩んだ顔をして、私の頭をなでた。
――いいかい、リヴィア。それは夢と言うんだ。現実ではない、幻想だよ。それは時に、人の願望や望み、忘れられない過去や思い出、恐怖や痛みだったりするけどそれは全部本当の出来事じゃないんだ。良くも悪くも夢を見た人が作っている物だ。そう、作り物なんだよ。だから別に怖がる必要はないんだ。
だから私の見る暗闇も、私の中に在る何かなんだと思ったら、前よりは怖くなくなった。
だってそれは私なんだもの。
今も夢見るこの暗闇は私の一部。
いつもの様に、何も見えないくて鎖の擦れる音しか聞こえない暗闇。
私の身体はぴくりとも動かない。
ただそこに、在るだけの私。
もうどれだけこの闇の中で過ごしただろう。後どれくらいしたら私はこの闇から解放される?
いつも終わりは突然だから、よく分からないけど。
終わりはいつも、急に光に包まれて、そうしたら私は目を覚ましてる。
だから私は光が差すのを待てばいい。
何もかもを包むみたいな光を――…。
「起きろ」
ぱっと、目を勢いよく開ける。目の前には真っ白な見たこと無い天井が在る。思わず目をぱちぱちとさせた。
どうやら、私は眠ってたみたいだ。
でも、今日の夢は何か変だったな。夢の終わりに光がなかった。代わりに誰かの声が、私を夢から起こした。
そういえば、ご主人様が枕が変わったらぐっすり眠れないこともあるって言ってた。
それかな?うん、たぶんそうだ。
「おい、起きているなら返事くらいしたらどうだ」
横からさっきの人の声がする。ふっと横を見て、びっくりして目を見開いた。
――そこには腕を組んだ王様が居た。
ぱっと起き上がって、姿勢を正し頭を下げる。
「お見苦しいところをお見せいたしました、陛下。どうかお見逃しください」
重いため息が頭の上から聞こえる。
さっそく怒らせてしまったのだろうか。だったら困る。どうしよう。
頭を下げたままで居たら、顔を上げろと低い声で言われた。
おとなしく顔を上げれば王様は鋭い目つきで私を睨み付けていた。
――やっぱり、怒らせてしまったらしい。
どうやって謝ろうかと考えて居たら、先に王様が口を開いた。
「お前、名は」
思わず首をかしげる。さっきも聞かれて答えた質問だ。
もしかして、忘れてしまったんだろうか。
しかし、聞かれてしまったので無視するわけにはいかない。
「リヴィアと申します。これからよろしくお願いいたします陛下」
「家名はなんだ」
「家、名……?」
思っても見ないことを聞かれ、さらに首が傾く。
なぜそんなことを聞くんだろう。
思わず繰り返した言葉に、疑問がいっぱいになりながら答えた。
だって、答えようがないもの。
「申し訳ありませんが、家名はございません。奴隷の私が持っているはずもありません。ですので、私の名はただのリヴィアです」
王様の眉がきゅっとよる。
難しい顔をして、何かを言おうとしたらしいが、結局王様は何も言わなかった。
だから私も、何も言わなかった。
笑みを顔に浮かべて王様を見ていた、その時の王様の顔はやっぱり険しく歪んでた。
ただ、どうやら私に怒っている訳ではなさそうだ。
それだけは安心した。
だって、こんなに早くから嫌われたらこれから大変だもの。
しばらくしたら王様はまた重い息をはき出して、2つ3つ言葉を残してすぐに出て行った。
結局名前を聞きに来ただけだったんだろうか?
よく分からない。
私はまた、ベットにぱふっと身体を埋めて、ゆっくりと目をつぶった。
きっと目をつぶれば、またあの闇が私を包む。
そうして、私は朝を待つのだろう。場所が変わってもそれだけは変わらない。
――私の足にからみついた鎖と同じように。きっと、それだけは変わらない。