第二話
お城の中はとっても豪華だ。鳥かごから出された部屋が一番綺麗だった。だけど、この部屋もすごいと思う。
だってご主人様の家もう少し質素な感じだった。
私をここまで連れてきた兵士さんはおくつろぎください、と言って出て行ってしまった。
さっき鳥かごからは出されたけど、鎖は手と足につけたれたまま引きずっている。今は何処かにつながれているわけではないから、いいけど。ガチャガチャと鳴る音は、聞き慣れているからそんなに気にならない。
部屋を適当に見て回って、ふっと目にとまった部屋の中央におかれた立派なベットに触る。
…ふわふわ。もしかしたわ、ご主人様のよりもふかふかかも。
思い切ってばふっと手を沈めてみる。
「……」
――飛び込みたい。
すぐ横に頭を振って欲望を追い出す。
ここは私の部屋じゃないから勝手にベットに乗るのは失礼なことだ。
でも、ふかふか……。
ぶんぶんとさっきよりもさらに頭を振る。ダメ、我慢しなくちゃ。
「何をなさっているのですか?」
私以外誰もいなかったはずの部屋の中で急に声がし、ばっとその方向へ振り向く。
そこにはロナートが、呆れた顔をして立っていた。
いつの間に入ったんだろう?全然気がつかなかった。気配には鋭い方なのに。
その疑問が顔に出ていたのだろう、ちょっと得意げな顔をして自慢しだした。
「私はこれでも、陛下をお守りする騎士なんです。気配くらい消せるのは当然です」
当たり前だという風に言った後、私をちらっとみて重く今度はため息を吐き出した。
その反応は失礼じゃないだろうか。
たぶん、お金のことを思い出したんだろうけど。
「まったく陛下も何をお考えなのか…。奴隷であるあなたに後宮のこの部屋をお与えになるなんて」
「…ここ、私の部屋なの?」
「ええ、あなたには今日からこの部屋に住んで頂きます。勝手にこの部屋から出ないように。この部屋からあなたが出る場合、陛下の許可が必要になりますので」
勝手な行動は慎むように、と言った後ロナートは私を睨み付けた。
憎々しげなその顔は、おまえを認めはしないと言うばかりだ。
確かに外出は禁止されているとしても、この待遇は奴隷に対してのものじゃないと思う。
…あの王様、何がしたいんだろう?
ご主人様の言ってたとおりに、気に入られたってことかな。
あ、このベットも私のものってことだ。
じゃあ飛び込んでもいいかな?私のならいいよね。この人が居なくなったらいいよね。
「あなたには、常に監視がついていると思ってください。陛下を害する可能性のある者を許すわけにはまいりません。ですが、陛下から手厚く対応するように言われています。必要なら、希望ぐらいは聞きましょう。何か質問は?」
随分刺々しい。
でも、王様が何か言ったようだ。
彼からは、仕方なくおまえと話してやってるんだぞ、という態度が透けている。
王様の側近がそれでいいのだろうか?
ご主人様が王宮は腹の真っ黒な人たちの、探り合いだらけのどろどろな場所だって言ってたのに。
これじゃあおなかの中は丸見えだと思う。
それにしても、随分親切な王様だ。それにもびっくりする。
でも、この人なら希望を言っても握りつぶされる気もするけど。
――いいかい?王宮は危険が沢山あるんだ。だからみんな警戒心が強い。だから、おまえは沢山の人に気に入られて、危険を回避していかなければならない。だから誰も信用してはいけないよ。
本当だね、ご主人様。
いつもご主人様は正しいもの。
だから私は、みんなに気に入られなくちゃいけない。
「質問、してもいいの?」
「…答えるかどうかは、質問次第ですがね」
この人にも、好かなくちゃいけない。
今この人が私のところにきているのは、王様の命令。
だったら、この先もこの人と接する場面は多くなっていくだろう。
時間はまだある。
この人の優先順位は高いけど、一番じゃない。
「王様の好みの女の人って、どんな人?」
一番はやっぱり王様。
この王宮という場所で、誰もが逆らえない絶対的な人。
私を買った人。
私のご主人様は一人。でも今日新しく、ご主人様になった人。
「…貴様、我々の王を惑わせてどうするつもりだ」
何を企んでいる、と私を睨み付けるロナートはカチャリと剣に手を添えた。
丁寧な言葉が抜けて、敵対心が丸出しになる。
どうやら、失敗したかもしれない。
でも、一番知りたかったことだから仕方がない。
「私はリヴィア。ただの奴隷のリヴィアなの」
「何が言いたい」
「私たちは、誰かにすがらないと生きられない愚かな人形」
ご主人様が居ないと生きられない。
何もできないお人形。
きっと、ご主人様が居ないと私はすぐに死んでゆく。
そう、しばらくの間私のよりどころが王様なだけ。
「ご主人様に、愛してもらえないと生きていけない」
「お前――」
「それが奴隷でしょ?」
だから沢山尽くさなきゃ。
飽きられたらダメ。愛が欲しいなら、愛してくれるようにがんばらなきゃ。
ご主人様は私が言うことを聞けば、私に優しくしてくれる。私を愛してくれるもの。
ただ、いまはそれが王様なだけ。
「今の私のご主人様は王様だもの」
――しばらくの間だけの、つかのまの私のご主人様。
あなたがご主人様のあいだ、私は全力であなたを愛すね。
でも、終わりの時間はどんなときも来るの。
その時はもう決まってる。
私はその時を待てばいい。
私の生きる意味と理由なんて、ただそれだけ。
「だから、愛して欲しいと思うのは当たり前でしょ」
私が、ご主人様のところに帰るまで、……王様、あなたも私を愛してね。