第二話 生活
翌日。
日の日差しと共に目が覚めた。軽く伸びをして、少し外を歩く。
だが、天気と反比例して、少しだるい。
「お、目が覚めたか」
リビングに向かうと彼がいた。
「ニュースですか?」
「ああ、毎日朝にはこれを見る」
「なるほど……」
じっと見る。
いつもと変りないニュースだ。
今もまだ私の失踪が大事になってないようで安心する。
と、同時に、皆私のことを心配に思ってないのかな。
もう少し心配して欲しい。
「ふう」
また息を吐く。
まだなんだか少し気持ちが悪い。
何もしたくない。そう思えるような気怠さだ。
「もう少し安め。今のお前は風邪っぽいんだろ」
そう言われはっとする。風邪をひいていてもおかしくはない。
何日も不安な中、歩き続けたんだから。
でも、
「……なんでそんなに優しくしてくれるんですか?」
「さあな。でも、昨日も言っただろ、境遇が似ているからさ」
「はい、ありがとうございます」
私は頭を下げ、布団に戻った。
「そうだ」向こうから声がする。「着替えを持って行こうか?」
「あ、」
確かに私は昨日あの服のままで寝た。
寝巻じゃない服で。
だから今胸元が暑いのか。
「でもいいです。着替えならありますから」
私がそう言うと、「分かった」と一言向こうから聞こえてくる。
「着替えるので、入ってこないでくださいね」
「分かってる」今度は語彙を強められた。
私はラフなパジャマに着替え、そして寝ころぶ。
昨日までとはまた違う。
でも、段々と頭の痛みとだるさは増していく。
お腹もいたい。
やっぱり寒い中寝てしまったせい、なのかな。
これは私の責任だ。我慢するしかない。
「俺に出来る事はないか?」
向こうからそう言った声が聞こえた。
え?
「あの」
「雪下作太だ」
名前。そう言えば知らなかった。
「作太さん、私の自業自得だから別にいいですよ」
「そう言う訳にもいかない。だって俺が家に入れてるんだから、面倒は見ないと」
「そ、そうですけど」
「だから、何かあったら言うんだ」
朗らかな笑顔で言ってくれる作太さん。優しすぎる。
私が転がり込んだという形に近いのに。
「ありがとうございます」
私は彼にそう告げた。
すると、
「とりあえずこれだけ」
作太さんはそう言って痛み止めを持ってきてくれた。
私は感謝をしてそれを飲んだ。
私はゆっくりと目を閉じる。
痛みが和らいでいく。
我慢できるくらいの痛みだ。
眠れば痛くはない。
それでも、あまり眠れなくて、寝ては起き、寝ては起きを繰り返していく。
でも、段々と痛みとだるさが引いてくる感じがした。
それに、作太さんが近くにいてくれる。頼れる人がいる。
その事実だけで頑張れると思える私がいた。
そして、あっという間に――一日もたたずに――体調は回復して行った。
「俺が言うのも悪いけど、帰る家があるなら帰った方がいいと思う」
私の思惑とは違う言葉を作太さんが言った。
「え?」
私は腑抜けた声が出てしまい、慌てて口を手でふさぐ。
私は、帰りたくないのだ。あんな、雰囲気の悪い家など、息が詰まるだけなのだ。
「迷惑なら出て行きます」
「いや、そうじゃない」
「え?」
「帰りたくないなら、ここで農業の手伝いをして、暮らしてくれればいい。帰りたいと思うまで。だけどいつかは帰るという選択を取った方がいいと思うが」
どうやら、私の仕事場を用意してくれるらしい。
作太さんは独り暮らしで、広大な田んぼを耕すので精いっぱいで、生活が廃れているらしいのだ。
だから、私に世話係、兼農業の手伝いをしてほしいらしいのだ。
安心した。この程度の仕事なら、私も手伝える。
何より、人の役に経つという事が純粋にうれしかった。
何より、家に住まわせてもらっている恩を返すことが出来て嬉しかった。
私はとにかく働いた。
作太さんの家は居心地がいい。
住み心地がいい。
やっぱりこの家は好きだ。私のいた家よりもはるかに住みやすい。
しかも生活の中で、生きるすべを学べて行く。
こんなに充実している日々は初めてだ。そうとさえ思う。
でも、やっぱり不安はぬぐえない。
家出して本当に良かったのだろうか。
「大丈夫かい?」
ふと尋ねられた。
見ると、作太さんがいた。
「大丈夫です。でも、やっぱりいつまでもここにいていいのか不安で」
だって、いつまでもお世話になっていていいのかもわからないし。
元々、何の計画性もなしに家を飛び出してしまったことを悔いる。
そうじゃなかったら、もっとうまく色々考えられたはずなのに。
「大丈夫だよ。君は一人じゃない」
「ありがとうございます」
その言葉は、私に勇気をくれる。
ありがたい。
「もし戻りたくなったら戻ればいい。その時には、連絡はしてあげるから」
「ありがとうございます」
そう言えば、不思議なことがある。
何でニュースになってないのだろうか。
普通女子高生が家でとは言え、行方不明になってるとは言え、捜索依頼とか、誘拐事件として捜査されないのがおかしい。
もしかして。
「あの、作太さん」
「どうしたんだい?」
「作太さんは、お母さんと知り合いなんですか?」
「それは……」
その言葉を聞き、作太さんは少し考え込む。
するとすぐに口を開いた。
「いや、なんでもない」
明らかにおかしな様子で言いよどむ作太さん。
「もしかしてお母さんに」
「ああ、いや。そうだな」
観念したようだ。
「最初は、ほんの出来心だった。こんな体験初めてだったからな。家出少女を家に招くという事は。でも、思ったんだ、誘拐は犯罪。たとえそれが両者の同意のうえで成り立っていたとしても、未成年の場合は犯罪になる。だから、連絡を取り合ってたんだ」
「だから、家に帰ることを促してたのですね」
「ああ、だけど、お前は帰ってくれなかった。だから、俺はお前を育てることにした。無理やり家に帰すというのは得策ではないと、俺とお前の母さんが思ったからだ。とはいえ、もうすぐ夏休みが終わる。もう気づいただろ、夏休みの末には家に帰れ」
「そんなこと、あの人たちは私を厄介者扱いしてるんですよ」
私のことを大事に思ってくれている。そんなわけがない。
「私をここに置いたのだってそう、厄介払いするためなんだよ」
その方が暮らしやすいから。
「いや、そうでもないみたいだ。電話だ」
そう言われ、電話機を渡された。
通話相手はお母さんなのだろうか。
「出たくない」
「出てくれ、頼むから」
困った笑みを浮かべられては仕方ない。
私はしょうがないと、電話に出た。
「お母さん」
私は一言いう。本当はお母さんなんて呼びたくない。
私のことを見てくれない人なんて――
「元気?」
「うん」
「ごめんね」
あの人は、一言か細い声で言った。
まさかの発言に思わずびっくりしてしまった。
「私は貴方への接し方が分からなくなってしまったの。急に与えられたものだから育て方も分からずに、他の子どもばあk理育ててしまった」
何を言ってるのだろう。
謝ってこられたら、これ以上怒ることできないじゃない。
私のこのやりきれない気持ちはどこに持って行ったらいいのだろうか。
「私は」
呟く。
「私は、どうしたらいいの? 私は貴方のことをどう思ったらいいの? 教えて」
「こんなことを言ったら言い訳になるかもしれないのだけど」
そうあの人は前置きする。
「貴方が立派に自立していたのを見て、変に手を加えるよりは、自由に生きたほうがいいかもしれないって思ったの」
「そんな言い訳聴きたく――」
「いい訳なのは分かってる。もっと愛情を注ぐべきだった。一人でなんでも出来るから気づかなかったわ、あなたが愛情を欲してたなんて」
「……」
だめだ、私は何も言えなくなってしまった。
何を言いたかったのかも、忘れてしまった。
私は、私は、
「自分に素直になれ。俺なんかの愛情を受けるよりも、自身の親の愛情を得るべきだ」
電話の外から作太さんが言う。
「でも、私血がつながって」
「血のつながりだけが親子関係じゃない。それに、親戚だろ? 他人じゃないじゃないか。子どもにとって親っていうのは大事な存在だ。今は甘えとけ」
「……」
「俺は、親という物を満足に享受することなく、大人になった。あれから七年たつが、今も実感はわかない。親という存在にありつけている今こそが幸せなんだ。親というのは子どもよりも早く死ぬ。そんな中、しっかりと愛さなければならないんだ。育ててくれる人がいるっていいものだぞ」
「私は……」
「いつでも苦しくなったら来ていいから。俺のメールも持ってるだろ」
「うん」
「夏休みが終わる時には家に帰りな」
そして、お母さんとの電話に戻して、私は夏休みの終わりに帰るという事を伝えた。
そこから最後の作太さんとの一週間を享受した。
そして、別れの日となった。
私は正直帰りたくない。
今の帰りたくないは、二つの意味が含まれていると、私は思う。
帰るのが怖いのと、作太さんと離れたくないからだ。
「今帰らないと、決心が鈍るぞ」
そう、作太さんが言ってくる。
私は、私は……
数秒考えた後、私は勢い作太さんに抱き着いた。
「っおい!」
そう叫ぶ作太さん。
「私、作太さんと離れるの嫌だよ」
私にとって作太さんは大事な人だ。
そんな人と離れるのは正直辛い。
帰りたくない。
そんな気持ちが私の中にぐるぐると巡る。
「大丈夫だ。お前は一人でもやれる。それにまたいつでも来ていいんだからな」
「はい」
帰りは作太さんが送ってくれた。
「おかえり、雫」
そう、お母さんが言う。
「では、俺はこれで」
そう言って作太さんが離れていく。
それを見るのが正直辛い。
作太さん行かないで、そう言いたい。
でも、私はすでに、彼に迷惑をかけてしまっている。
これ以上迷惑をかけるのは嫌だ。
私には遠ざかって行く彼をただ、黙って見送るしかできなかった。




