第71話 にぎやかのあとに
ケーキを配り終えると、小森さんはさっそくフォークを手に取り、ひとくち。
「おいひぃ~」
頬をゆるませて、にこりと笑うその顔はまるで少女のようだった。
ついこのあいだまで、鬼みたいな顔で私に迫ってきた人と同一人物とは思えない。
あきれながら、私もケーキを口に運ぶ。
そのとき、視線を感じてふと見ると、あきらと目が合った。
「あ……」
「お、おいしい?」
少し照れたように笑うあきら。
顔が熱くなる。
そういえば、こうしてちゃんと顔を合わせるのは空港以来だ。
あのあと、忙しさもあってなかなか会えず、今日になってしまった。
だからなのか、どきどきする。
じっと見つめ合っていると、小森さんが声を上げた。
「熱いね、二人とも! いいなあ、私も彼氏ほしい~」
泣きまねまでしてみせる彼女に、目を瞬かせる。
こんな小森さん、今まで見たことがない。
本当に酔ってないんだよね? と、また疑ってしまう。
グラスに入っているのは、間違いなくジュースなのに。
やっぱりあきらのこと、相当ショックだったんだろうか……。
そう思うと胸が痛んだ。
ふいに黙り込んだ小森さんが、矛先を守兄に向ける。
「あなた! 星ちゃんのことはもう諦めたのよね?
手出ししちゃだめだから。私だって、あきらのこと諦めたんだから!」
びしっと指をさされ、守兄は困ったように笑った。
「ええ、大丈夫ですよ。
ただ――もし星を泣かせるようなことがあったら、そのときは黙っていませんけど」
鋭い視線が、あきらへと向けられる。
「俺はもう、星を悲しませたりしない」
あきらもまっすぐその目を見返した。
二人の視線がぶつかり合い、空気がぴんと張りつめる。
しばらくの緊張のあと、守兄の口元にゆるい笑みが浮かんだ。
「どうだかな、覚悟しておけ」
「ふん、望むところだ」
同時にぷいっと顔を背けた。
……気が合ってるんだか、合ってないんだか。
小森さんが、また大げさに声を上げる。
「星ちゃん、いいなあ。私も誰かにそんなふうに思われたいよ~」
拗ねたように視線を落とす彼女に、慌てて声をかける。
「小森さんは素敵な女性です。きっと、すぐにいい人が現れますよ」
フォローしたつもりだったけれど、途端に場が静まりかえった。
え、なに、今の変だった?
視線が一斉に私へ向き、居心地が悪くなる。
ふいにあきらが私を抱きしめた。
「やっぱり星だな。そういうところ、好き」
にこっと笑うその顔が近くて、心臓が大きく跳ねた。
頬にふわりと何かが触れる。
「ひゃっ」
思わず声が出て、目を見開く。
「……そういうことは、二人きりのときにしてもらおうか」
低く冷たい声。
守兄だ。怒ってるときの声。
「ふんっ、わざとだよ」
あきらが私を抱いたまま、あっかんべーをしてみせる。
守兄の頬がぴくりと動いたかと思うと、すぐにこちらへやってきた。
あきらの腕から私を奪い取り、今度は守兄の腕にぎゅっと閉じ込められる。
「あ! 何すんだよ」
あきらが苛立ったように、私を引き戻そうとする。
「おまえこそ!」
守兄がさらに力を込めて引き寄せる。
ぐいっと引っ張られ、体があっちへこっちへ。
「い、痛っ……! っもう、いい加減にしてー!」
叫び声が部屋中に響き渡った。
さっきまでの騒ぎが嘘みたいに、和やかムード。
あきらと守兄による“取り合い”も、どうやら終息したみたい。
一喝が効いたのか、二人ともすっかりおとなしくなっちゃった。
……まあ、背中合わせでふくれっ面してたけど。
不穏な空気を察した小森さんと太陽が、明るく場を盛り上げてくれたおかげで、雰囲気がずいぶんやわらいだ。
ほんと、この二人って意外と合うのかも。
意外な組み合わせの発見に、頬が緩む。
しばらく盛り上がったあとは、みんな疲れてしまったのか、眠り込んでしまった。
私もつられて、いつの間にかうたた寝していたらしい。
ふと目を覚ますと、すぐそばに小森さんの寝顔があった。
「わっ」
驚いて体を起こす。
小森さんは、すやすやと気持ちよさそうに眠っている。
その穏やかな寝顔に、しばらく見惚れた。
……やっぱり、きれいな人だな。
こんな美人とあきらを取り合っていただなんて、信じられない。
その横では、太陽が寄り添うように眠っている。
無邪気な寝顔が、なんだか可愛らしい。
いつも大人ぶっているのに、こういうときは子どもだなって思ってしまう。
二人ともきっと、騒ぎ疲れたんだろう。
奥の部屋から毛布を持ってきて、そっとかけた。
こうして見ると、本当の姉弟みたい。
あれ?
そういえば、あきらと守兄は?
きょろきょろと辺りを見回したけれど、姿は見当たらない。
首をかしげた、そのとき。
台所から、かすかな物音がした。
気になってそっと覗くと、そこにいたのはあきらだった。
流しに向かい、黙々と洗い物をしている。
ああ、ここにいたんだ。
その背中を見ているうちに、なぜだか視線が離せなくなる。
気づけば、真剣なその表情をぼんやりと見つめていた。
いやいや、なに見てるの!
照れを誤魔化すように、歩み寄った。
「……ありがとう」
声をかけると、あきらの表情がぱっと明るくなった。
「あ、星」
にこりと嬉しそうに笑い、また手を動かす。
「みんな寝てるし、これくらいやらないとね」
そうだよね。
私たちの為にみんながんばってくれたんだし。
ふふっ、やっぱりあきらって優しいなあ。
……いけない、いけない。彼にばかり任せてちゃ。
そう思って、居間に残っていた食器をまとめて運び、彼の隣に立った。
あきらが洗った皿を、私が拭いていく。
その横顔をちらりと見ながら、心の中でつぶやいた。
……こうしてると、なんだか夫婦みたい。
いやいや、また私ったら。飛躍しすぎだってば!
ひとりでくすっと笑ったとき、あきらの手が止まった。
きゅっと蛇口が閉じられ、水音も消える。
途端に、部屋がしんと静まり返った。




