第69話 ごめん、ありがとう
私たちは近所の公園へやってきた。
ここは、大切な思い出がたくさん詰まった場所。
この前来た時とは、少し違った緊張感がある。
「いつ来ても変わらないな……」
守兄が目を細め、公園をぐるりと見渡した。
「太陽と三人でよく遊んだよな」
懐かしそうに笑うその顔は、どこか少年みたいだった。
「うん、そうだね」
私も頷いたけれど、曖昧な笑みになってしまう。
……だって、私――守兄を裏切ったんだよ。
告白を受け入れて、一緒にアメリカへ行くとまで言ったのに。
最後の最後で、あきらを選んでしまった。
あの瞬間、守兄はどれほど傷ついただろう。
どんな気持ちで見ていたんだろう。
胸が痛くて、うつむきながらぎゅっと目をつぶった。
「座って、話そうか」
不意に優しい声が落ちる。
顔を上げると、守兄が近くのベンチに腰を下ろしていた。
そして、私を見て“おいで”と手招きする。
彼の隣にそっと腰を下ろすと、ふたりの影が夕日に照らされ長く伸びる。
しんと静まり返る中、遠くで空き缶が転がる音がかすかに響いた。
静寂を破るように、守兄が口を開く。
「俺は、星が好きだ」
「え!」
いきなりの言葉に、目を丸くする。
私の驚いた顔を見て、守兄はふっと笑った。
「でも、星はやっぱり、あいつがいいんだよな」
その瞳は、どこか寂しげに揺れていた。
そんな顔しないで……胸が苦しくなる。
視線を逸らし、何も言えずに俯いた。
横で、守兄が深く息を吐く。
「はあ〜、俺ってダメだなあ」
天を仰ぎながら、ぽつりとこぼす声。
私は思わず彼を見つめた。
「ま、守兄がダメなわけないでしょ。
いつも完璧で、頼りになって、優しくて。
ダメなとこなんてひとつもない」
心からそう思っている。私が一番わかってる。
それなのに、どうして……。
ぎゅっと手を握りしめる。
「ははっ、ありがとう。
でも、どんなに完璧なヒーローでも、好きな子ひとり手に入れられないんだ」
苦笑しながらつぶやく声は、どこか力なくて弱々しい。
守兄は肩を落とし、視線を下げた。
「自分で言うのもなんだけど、俺、結構モテるんだ。
日本にいたときも、アメリカにいたときも、たくさんの女性から告白された」
急にそんな話を始めたから、不思議に思って首を傾げる。
「なに突然。自慢?」
眉をひそめると、守兄は自嘲気味に笑った。
「それで、何人かと付き合ったんだ」
「えっ、そうだったんだ」
初耳だった。
守兄がモテるのは知っていたけど、誰かと付き合ったなんて聞いたことがない。
でも、付き合っていたっておかしくない。
それに、アメリカでのことは知らないし。
守兄がはっきりと告げる。
「星を忘れるためだよ」
またもや、突然の告白に息が止まった。
心臓がドクドクとうるさく鳴る。
「でも、やっぱり無理だった。星のこと、どうしても忘れられなかった。
他の誰かと付き合うたびに思い知らされたんだ。――ああ、俺は星が好きなんだってさ」
言葉と一緒に、疲れたようにふぅっと息を吐く。
「隣にいる子が星だったらいいのに。笑いかけてくるこの子が星だったらって、何度も思った。
……笑えるだろ?」
にこりと笑う守兄。
私は不器用に微笑むしかなかった。
そんなこと言われたって、どう答えたらいいのかわからない。
守兄がふと空を仰ぎ、ゆっくりと頷く。
何かを決意したように、はっきりとした声で言った。
「でも、もういいや」
まっすぐに私を見て、やわらかく微笑む。
「星のこと、あきらめる。
これ以上、困らせたくないしな。……あきらと幸せになれよ」
その穏やかな笑顔が、かえって胸を熱くする。
涙がじわりと滲んだ。
なんで、そんなに優しいの。
私、あなたを何度も傷つけたのに。
「ま、まもるにぃ……」
声が震え、視界が滲む。
ぽろぽろと雫が頬を伝い落ちると、守兄がそっと指先で拭ってくれる。
そして、そのまま私を包み込むように抱きしめた。
「今だけ……少しだけ、こうしてていいか?」
優しく甘い声。
大好きな人の温もりを感じながら、私は小さく頷いた。
「守兄、ごめんね。ありがとう」
せいいっぱいの感謝を込めて伝える。
それしか、今の私にできることはないから。
気持ちに応えられないことが、こんなにも辛いなんて。
でも、きっと守兄の方が……もっと辛いよね。
ごめん。
優しいあなたに、いつも甘えてばかりで。
もっと罵ってくれたらよかった。嫌ってくれたらよかった。
離れて、去っていったら、よかったのに。
でも守兄は、絶対にそんなことはしない。
大きな愛で、いつまでも、どこまでも守って、支えてくれる。
ずっと変わらない、私の大切な人。
「……っ、ふえ……ごめん、ごめんねっ」
胸に顔をうずめ、変な声をあげながら泣き出す私を、守兄は何も言わず、ただ優しく抱きしめ続ける。
涙は止まらない。
次から次へとこぼれ落ち、彼の胸元を濡らしていく。
この時を、確かに刻みつけるように。




