第65話 海辺の約束
そして、
次の日の学校の帰り道、私は思い切って守兄に話すことにした。
車に乗せてもらい、「話があるの」と切り出すと、彼は少し考えてから海岸沿いの駐車場へハンドルを切った。
「星、こっち」
差し出された手を、少しためらがちに握る。
その手に導かれ、海辺へと歩みを進めた。
「気持ちいいなあ」
寄せては返す波を眺めながら、守兄が無邪気に笑う。
その横顔を見ているうちに、肩の力が抜け、緊張も少し和らいだ。
「そうだね」
潮風はひんやりと頬をなで、海の匂いを運んでくる。
夕日に照らされた海は赤く輝き、波打ち際を黄金色に染めていた。
隣では、守兄が少年のような目で夕日を見つめている。
――こういうところ、昔と変わらない。
普段はすごく大人で落ち着いているのに、ふとした瞬間に年相応の男の子に戻ったような表情を見せる。
まあ、今は大人だけどね。
見惚れていると、彼の視線と重なった。
「どうした?」
柔らかい笑みに、私も微笑み返す。
「ううん、なんでもない」
そのまま砂浜に腰を下ろした。
夕日がふたりの影を砂浜に伸ばし、波の音がそっと包み込む。
潮風が静かに間を抜けていった。
「それで、話って何?」
穏やかな声に促され、私は黙って波を見つめた。
やがて意を決して口を開く。
「この前の話……アメリカへ行くっていう件なんだけど」
ぽつりとこぼすと、守兄はそっと頷く。
「うん」
「昨日、太陽に話したの。
そしたら“いいよ”って言ってくれた。
でも、あの子をひとりにするのは嫌で……太陽も、私と離れるのは嫌だって」
「そうか」
一瞬の沈黙が訪れ、波の音だけが耳に残る。
「だから、もし私がアメリカへ行くなら、太陽も一緒に連れて行きたいの。
あの子をひとりぼっちにしたくない。もちろん、私も離れたくないし。
勝手なお願いかもしれないけど、太陽も一緒でいいかな?」
言い終えると、胸がぎゅっと締めつけられ、緊張が増した。
守兄はどう思うだろう。
ふたりで暮らす未来を思い描いていたはずなのに――弟まで一緒に。
迷惑だと思われないだろうか。嫌じゃないかな。
不安に揺れる心を抑えながら、私は彼の返事を待った。
「いいよ。太陽も一緒で。俺が面倒みる」
あまりにもあっさりと返ってきた答えに、思わず瞬きを繰り返す。
「え……いいの?」
信じられない気持ちで守兄を見つめると、彼は優しく笑って頷いた。
「もちろん。太陽は、俺の弟みたいなもんだろ?
あいつとも幼馴染だし、昔から可愛くて仕方ないんだ。俺も一緒にいたい。
アメリカで三人で暮らせばいい。
もし太陽が独り立ちしたいって言ったら、そのときはそのときで支えてやればいい。だから、安心して」
力強い言葉に感動して、胸が熱くなる。
「そ、そこまで考えてくれてるの?」
声が震えた。
家族でもないのに――
弟のことまで、まるごと受け止めてくれるなんて。
しかも、将来のことまで考えて。
「当たり前だろ。星の大事な家族なんだから、俺にとっても大事な家族だ」
にこりと笑う守兄は、まるで当然のことのように言ってくれる。
その笑顔を見た瞬間、涙がじわりと滲んだ。
――この人は、本当に。
私は、とんでもなく幸せ者だ。
こんなにも真っ直ぐに、私と私の大切な人たちを愛してくれるなんて。
「ありがとう、守兄」
精一杯の笑みを返すと、彼は幸せそうに笑うのだ。
そのとき、心が決まった。
「私、アメリカへ行く」
まっすぐに彼を見据えて言うと、守兄の表情が一瞬で変わった。
目をまん丸にして、固まる。
「ほ、ほんとう?」
「うん」
頷いた瞬間、彼の腕が私を引き寄せた。
あっという間に、胸の中でぎゅっと抱きしめられる。
「星、ありがとう! 大好きだ。
これから一生かけて、絶対に幸せにする」
耳元に響く声は熱くて、心に沁みた。
あたたかいものが胸にひろがっていき、思わず彼にしがみついた。
……あきら。
その名が一瞬よぎったけれど、その想いを振り払う。
「うん、私も大好き。これからも、よろしくね」
お互いの体温を確かめるように、しばらくそのまま抱き合う。
やがて、守兄が少し照れくさそうに笑った。
「なあ、そろそろ“守兄”って呼ぶの、やめない?」
「あ……やっぱり気にしてたんだ」
前にも言われたっけ。
おかしくて、笑みがこぼれた。
少し恥ずかしさを覚えながら、勇気を出して言ってみる。
「……まもる」
自分の声がやけに響いたような気がして、照れくさくて視線を逸らす。
でも、返事がない。
そっと視線を戻すと、彼は真っ赤になっていた。
「ふふっ」
堪えきれず、笑いが漏れる。
「な、なんだよ、笑うなって!」
少しむくれた顔が、また愛おしい。
「ごめん。でも、かわいいなって思って」
「もう一回、呼んで」
顔がかっと熱くなる。
「ま、もる……」
言い終わるより早く、顔が近づいてきた。
そして、唇が重なる。
甘くて、とろけてしまいそうな口づけ。
頭の中が真っ白になり、体の力が抜ける。
応えると、彼の口づけはさらに深く、熱を帯びていった。




