第57話 ふたりきりで、向き合って
太陽は、最近ほとんど家にいない。
もしかして、私と守兄に気を遣っているのだろうか。
ほんと、あの子、年齢ごまかしてるんじゃないの?
今日も太陽の姿はなく、家には戻っていなかった。
私は台所で手早くお茶を淹れ、居間へ戻る。
テーブルの前、伏し目がちに座る彼の姿が目に入った。
真剣な表情で黙り込むあきら。
その横顔を見ただけで、心臓が騒ぎだす。
守兄が帰ってくるのは、まだ一時間は先。
この家には、あきらと私のふたりきり。
……とにかく、なにか話しかけなきゃ。
以前なら自然に、楽しく会話ができていたのに。なんでこんなに難しいんだろう。
でも、大丈夫。前はできてたんだから。
きっかけさえあれば、きっと。
私はあきらから少し距離を取って座り、お茶を差し出す。
話しかけてみようと口を開いた、その瞬間。
「あの、さ」
「え! は、はい!」
驚いたことに、先に声をかけてきたのはあきらの方だった。
びっくりしすぎて、思わず敬語になってしまう。
へ、変に思われたかな?
だって、緊張するんだもん。
まさかあきらから声をかけてくるなんて、不意打ちすぎるよ。
私がもじもじしていると、あきらが口を開いた。
「この間のことだけど、ごめんな」
そう言って、軽く頭を下げる。
「え、どうしたの? なにが?」
思わぬ行動に戸惑い、混乱する。
この間って、あの駐車場でのことだよね。
「俺、星にひどいことを……“あいつの方がいい”なんて言って」
苦しげに息を吐くあきら。
顔は俯いたままだけど、その吐息から切なさが伝わってきた。
あの日のことがよみがえる。
確か、あのとき彼に「守兄がいいのか?」と問われた。
あまりのショックに記憶はおぼろげだけど、
心に突き刺さった痛みだけは、鮮明に残っている。
辛かった。悲しかった。
もしかして、ずっと気にしていたの?
「ううん、いいの。私だって誤解されるようなことしてたし。
私の方こそ、ごめん。不安にさせて」
そう。責任は私にもあった。
守兄と一緒にいるところを何度も見られて。
さらには、キスされている場面まで。
もし立場が逆だったら、私だって誤解してしまう。
「いや、でも……あんな言い方はなかった。
ついカッとなって、本当に悪かった。ごめん」
あきらは再び、深々と頭を下げる。
「いいってば! 私のほうこそ、ごめんね。いろいろ」
私も頭を下げると、あきらがくすっと笑った。
顔を上げると、彼は照れくさそうに笑っていて、
「なんだかなあ。ははっ、やっぱ星だよなあ」
そう言って、楽しそうに笑いだした。
ぽかんとしながら、あきらを見つめる。
彼が笑ってる……こんな顔、久しぶり。
トクンと胸が鳴り、心がときめく。
やっぱり、この笑顔が好き。
彼が笑うと、あたりがぱっと明るくなって、世界が色づくような気がする。
可愛いなあ。
見惚れていると、ふいに目が合った。
恥ずかしくなって、慌てて視線を逸らす。
また、ふたりの間に静寂が落ちた。
「……本当なの? その、さっきのこと」
その問いかけに、はっと顔をあげる。
さっきのこと。守兄と付き合っている、という話。
うん、そうだよね。きっとそのことだ。
あきら、あのときすごく傷ついた顔をしてた。
突然あんな風に知らされて、すごく驚いただろうな。
本当なら、私の口から言うべきだったのに。
怒ってるかな。
おそるおそる彼の様子を窺いながら、言葉を探す。
「あの、いつの間にか、そういうことになってしまって。
ちゃんと話さなきゃって思ってたんだけど、なかなか連絡も取れなくて」
自分でもわかっていた。これは言い訳だ。
彼の思いつめた表情を前に、ごくりと唾を飲み込む。
まだ、あきらと正式に別れたわけじゃない。
それなのに、勝手に他の人と付き合って。
これってただの浮気じゃない? 最低だよね。きっと怒ってる。
申し訳なさに耐えきれず、視線を落としたまま彼の言葉を待った。
「そっか……。あいつのこと、好きなの?」
小さく投げかけられた問いに、そっと視線をあげる。
すぐに、まっすぐな瞳とぶつかった。
逃げちゃダメ。正直に答えなきゃ。
姿勢を正し、彼をしっかりと見つめ返す。
「あの人……守兄は、私の初恋だったの」
そこで言葉が詰まり、視線が彷徨う。
こんなこと、言っていいのかな。
また彼を傷つけてしまうんじゃ。
ちらりと視線を送ると、あきらは変わらぬ眼差しで私を見ていた。
“わかってる。受け止めるよ”
そう言われているように感じる。
その瞳の奥には、強い意志と覚悟が宿っていた。
彼は、真正面から、気持ちを受け止めようとしてくれている。
そう思った瞬間、私の中でも覚悟が決まった。




