第49話 予期せぬ求愛
守兄に連れられてやってきたのは、ショッピングモールの中にある静かなカフェだった。
「ここでいいかな?」
ちらりと私を見てつぶやいたその笑みは、どこか力なく、それでも変わらない優しさがにじんでいた。
小さく頷くと、彼はほっとしたような笑みを返し、中へ入っていった。
案内された奥の窓際の席に腰を下ろす。
互いに無言のまま。
耳に届くのは、店内に流れる音楽と周囲のおしゃべりの声だけ。
そっと守兄に目をやると、視線が合った。
「好きなもの、頼んでいいよ」
優しい笑みに、張りつめていた空気が少しやわらぐ。
ほっとしながらメニューを開いたけれど、食欲はない。
「じゃあ、ホットコーヒーで」
私の答えを聞くと、守兄はすぐに店員に注文を済ませる。
そのあと、なぜかふっと笑った。
「星って、昔からブラックだよな?」
くしゃっと嬉しそうに笑うその顔は、よく知っている彼の顔だった。
「え? ああ、うん」
なんとなく気恥ずかしくて、曖昧に返す。
そう、私は小学生のころからブラック派。
女子でそんなのは珍しいと、よく守兄にからかわれたっけ。
昔を思い出して、頬がゆるむ。
「小さな女の子が、コーヒーはブラックだって言い張るのが、いつもツボだったな」
彼は懐かしそうに目を細める。
もう、なによ。そんなふうに言わなくても。
私だって女の子らしくないかなって、自分でちょっと恥ずかしかったんだから。
じとっと見やった。
守兄は窓の外に目をやっていて、その綺麗な横顔に目を奪われてしまう。
今の会話のせいかな。
張りつめていた緊張はやわらぎ、ほっとした空気が流れていく。
――よかった。なんだか昔を思い出すな。
彼といるときに感じる、安心するような、それでいて少しドキドキするこの感覚。
あの日のままだ。
この前、守兄が私に迫ってきたあのときから……もうこの関係は終わってしまうのかもしれない。
そんな不安をずっと抱えていた。
大切な存在を失いたくはなかった。
たとえ恋人になれなくても、その想いは変わらない。
彼とはずっといい関係を築いていたい。
私はそう思っているけれど、彼はどうなんだろう。
「守兄はひどいなあ。いつもそうやって、私のことからかうんだから」
つい口をついて出た。
このまま、この柔らかな雰囲気が続いてほしいと願う。
私が微笑むと、守兄もふっと笑みを返した。
「よかった。星が笑ってくれて。
もう二度と、俺にそんな顔を見せてくれないかと思ってた」
視線を落としながら、小さくぽつりとつぶやく。
「え……別にそんな」
「お待たせいたしました」
言いかけたところで、タイミング悪く店員がコーヒーを運んできた。
私たちはまた黙り込む。
店員が去っていき、
しばらくしてから、守兄が突然、深々と頭を下げた。
「ごめん! この前のこと」
私は目を丸くし息をのんだ。
守兄は震える声で続ける。
「あれは、本当に申し訳なかった。
自分でも自制が利かなくなって、星があいつに取られてしまうと思ったら、ついカッとなってしまって……ごめん」
頭を下げたまま、彼は動かない。
どうしていいかわからず固まっていた私は、慌てて首を振った。
まさか、守兄に頭を下げられる日が来るなんて。
「もういいよ。守兄がそんな人じゃないって、ちゃんとわかってる。
そりゃあ……驚いたし、悲しかったけど」
一度、言葉を飲み込み、ゆっくりと告げる。
「あのことは忘れる。でも、二度としないでね」
守兄はようやく顔を上げた。
静かに私を見つめるその瞳はうっすら濡れていて、静かに揺らめく。
……綺麗な瞳。
私は知っている。彼が心の綺麗な、優しい人だって。
そんな人があんな行動を取ったのだから、きっと相当な葛藤があったに違いない。
もし私がその元凶なら、むしろ謝るべきは私なのかもしれない。
そんな想いを込めてほほ笑みかけると、守兄は驚いたように目を見開き、そして嬉しそうに笑った。
「……ありがとう。やっぱり優しいな」
口元を手で覆い、照れたように笑う。
その頬がほんのり赤く見えた。
逸らした視線が、また私へ戻る。
その瞳からは、愛しさがあふれていた。
「俺は星が好きだ。好きで、好きで、どうしようもなくて。
誰にも渡したくない。
頭ではわかってたんだ。あきらめなきゃいけないって。
何度も何度も、星の幸せを考えようって。
でも、どうしても」
俯いた彼が、そこで言葉を切る。
しばらく押し黙ったあと、何かを決意したように顔を上げ、真っ直ぐに私を見つめてきた。
力強い瞳。その視線に、心臓がどきどきと高鳴る。
「誰よりも星を大切にするし、幸せにする自信がある。
一生守って、側にいて。きっと、あいつより……
星、俺と――結婚を前提に付き合ってほしい」
「え!!」
あまりに突然のプロポーズに、素っ頓狂な声が出てしまった。




