第4話 落とし物と彼
彼に導かれるまま連れて行かれた先には、高級そうなレストランがあった。
そこは、私のような貧乏人でもうっすらと知っている有名店。
確か、部屋は個室で区切られ、メニューはすこぶる高いと耳にしたことがある。
圧倒されるようなオーラを放つ店を前に、私はただ立ち尽くした。
男性はそのまま店に入ろうとする。
――え! ここに入るの?
驚くと同時に、いっきに不安が襲った。
これって、かなりやばいのでは?
初めて会った人。しかもなんかすっごくイケメンそうだし。
そんな人にほいほい付いてきて……なに考えてるの! しっかりしないと。
男性に向かって叫んだ。
「あ、あの! 私、帰ります」
そう言ってくるりと向きを変え、足早に去ろうとする。
しかし、また捕まってしまった。
今度は手をぎゅっと握られる。
「っ!」
驚いて目を丸くしながら、彼を見た。
また、あの綺麗な瞳が私を射抜く。
――トクン。
この瞳……やっかいだ。
綺麗で純粋で、とても悪い人には見えない。
だけど! だけどよ。
今日知り合ったばかりだし。よく知らないし。
面識もなく、出会って間もない男性と二人きりなんて。
どう考えても危ないでしょ。太陽が知ったら、めっちゃ怒りそう。
火がついたように説教をする弟の姿が浮かんだ。
っていうか、この人はいったいなんなんだろう。
どうしてハンカチを拾ったくらいで? なにか裏があるに違いない。
疑うような目で彼をじっと見つめた。
「……普通、こんな高級レストランでお礼しませんよね。
とっても失礼なこと言いますけど――あなた、はっきり言って、怪しいです!」
しまった。つい本音が。
悪い癖が発動してしまった。いや、誰かが言ってたな、正直でいいって。
って、今はそんな場合じゃない。
目の前の男性は、慌てたように視線をあちこち彷徨わせた。
「ご、ごめんなさい! ちょっと焦りすぎました。
つい、嬉しくて。あ、いや、こんなこと言うと、また気持ち悪いか……」
なにやらひとりでブツブツつぶやいている。
もじもじと落ち着かず、私を見たり逸らしたり。忙しい人だなあ。
マスクから覗く頬が、ほんのり赤い。
やがて、何かを決意したように顔を上げた。
まっすぐ私を見つめる。その瞳は真剣そのものだ。
胸がどきんと鳴った。
「あの、不安にさせてしまって、ごめんなさい」
男性は深々と頭を下げる。
「本当にお礼をしたかっただけです。でも、いきなりこんなの困りますよね。
本当に申し訳ありませんでした」
上体を起こすと、くるりと背を向け、そのまま猛スピードで走り出した。
「ちょ、ちょっと!」
あっという間に彼は見えなくなってしまった。
「……いったい、なんだったの?」
男性の消えた先を見つめながら、私は店の前でただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
というのが、彼との出会い。
それから不思議なことに、彼とは何度も偶然出会うことになる。
休日。気晴らしに街へ出ると、なぜか必ず“落とし物をする男性”と出会った。
ふと私の前に財布が落ちる。それを拾って渡そうとしたら――やっぱり、あの男性。
そして次はスマホ、その次は鍵。
ありとあらゆる落とし物が、毎回、私の前に落ちるのだ。
落とし主は、決まって“彼”。
そしてとうとう、五回目の出会い。
私は落とし物を渡すとき、彼を睨みつけた。
「あの……いったい何の真似ですか」
「え?」
男性はぽかんとした顔をする。
「え、じゃないですよ。これで五回目なんですけど。いい加減にしてください」
彼の手に落とし物を押しつけると、そのままスタスタ歩き出した。
さすがにわかってきた。
ぜったい、わざとでしょ? っていうか、何の目的があってこんなことを。
毎度、服装はキャップを目深にかぶり、マスク姿。
服もだいたい同じようなジーンズとパーカーだし。なにか狙いがあるのだろうか。
まあ、似合ってるけどね。って、それはどうでもよくて。
はっきりとはわからないけど、どうも彼はイケメンっぽい。
だったらナンパって感じでもないし、きっと彼女もいるはず。
それに、声をかけるにしても他にいくらでも女性はいるでしょ?
私なんかじゃなくて、もっと可愛くて綺麗な子が。
いったい、なんなの?
速度を上げて、どんどん歩いていく。
しかし彼はあきらめず、駆け寄ってきた。
「待って!」
肩をつかもうと伸ばした手。
その瞬間、私はちょうどゴミを見つけて屈んだ。
結果、男性は盛大にズッコケる。
あまりにも滑稽で、つい笑ってしまった。
彼もつられて笑った。




