第48話 ばったり、どっきり
平日だというのに、ショッピングモールの中はけっこうな人出だった。
たくさんの人が行き交う中、私は立ち尽くす。
「平日なのに、賑わってるね」
人波を眺めながら、ぽつりとつぶやいた。
いったい、この人たちはどこから来てるんだろう。なんて、私もその一人なんだけど。
ぼんやり考えていると、太陽が笑顔で問いかけてきた。
「そうだね。ね、どこ行く?」
見るからに浮き浮きしている。
これ、もしかして。
私を口実にして、実は自分が来たかっただけなんじゃ……?
ジト目で見つめると、太陽がぷくっと頬を膨らませた。
「なんだよ、変な目して。ね、ね、どこ行く?」
はしゃぐ太陽。本当に嬉しそう。
そういえば、二人で出かけるのなんて久しぶりかも。
普段は贅沢できないから、モールに来ることも滅多にないし。
弟の楽しそうな顔を見ていると、こっちまで嬉しくなる。
自然と頷いていた。
「太陽の好きなとこでいいよ。それに、好きなもの一個だけ買ってあげる」
「え! 本当?」
飛び切りの輝く笑顔。
……なんだか、いいな。
疲れた心も、少しずつ癒されていく気がした。
本当に、太陽がいてくれてよかった。
表情が緩んだ、そのとき。
「星?」
――聞き慣れた声。
この声は……。
振り返ると、そこには守兄。
紺色のジャケットにスリムなパンツ。
白いシャツの首元は少し開いていて、どこかラフな印象。
手にしていたスマホを軽くポケットへしまいながら、じっと私を見据えていた。
「ま、守兄……」
そのまま、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
鼓動が早まる。
どうしよう、体がうまく動かない。
なんとか一歩だけ後ろに退いたところで、守兄が目の前に立った。
「え、なに? どうしたの?」
緊張を察したのか、太陽が落ち着かない様子で私と守兄を交互に見てくる。
守兄の瞳は、悲しげに揺れながらも、まっすぐに私を射抜いてくる。
必死に受けとめようとしたけれど、途中で耐えられなくなって視線を逸らした。
沈黙が落ちる。
だって、仕方ないじゃない。あれから初めて会うんだから。
守兄に押し倒された、あの日以来。
すごく気まずい。
そっと顔を上げると、彼の視線とバチッと重なった。
「星、お願いだ。話がしたい」
低くかすれた声。
顔は辛そうに歪んでいて、その瞳は潤み、切実な想いを訴えている。
「まもる、にぃ……?」
そんな切ない表情で見つめないで。どうして、あなたがそんな顔をするの?
あのときのことを悪いと思っているから?
彼の心を測りかね、無言のまま問いかけるように見つめていた、そのとき。
「あのさ……姉ちゃん」
太陽がぽつりと言った。
「え?」
守兄に意識を奪われていた私は、現実へといっきに引き戻される。
「僕、ひとりで買い物して、先に帰ってるよ。守兄と話してきたら?」
太陽はそう言って私に微笑み、そっと守兄へ視線を送る。
私もそれにならうように、もう一度彼を見つめた。
「……」
守兄は何も言わない。
ただ、じっと私の返事を待っている。
どうしよう。
でも、ここで逃げても何も変わらない。この気まずさは、ずっと続いたままだ。
そう思った私は、小さく頷いた。
「いいよ、わかった」
返事を聞いた守兄は、心底ほっとしたように息を吐く。
「よかった」
にこりと優しく微笑む彼に、私もほんのりと笑みを返した。
「じゃあ、僕いくね」
太陽が駆けだそうとしたその瞬間、私は慌てて弟の手を取った。
「ちょっと待って。これ、持っていきなさい」
そっとお金を握らせると、太陽は目をぱちぱち瞬かせて私を見る。
まん丸の目が驚きに揺れる。
「……いいの?」
「さっき、好きなもの買っていいって言ったでしょ?」
そう言って微笑むと、太陽の顔が一気に輝いた。
嬉しそうに笑って、彼は駆けていく。
遠ざかる背中を見送り、私は再び視線を戻した。
真剣な眼差しが、まっすぐに注がれる。
「じゃあ、行こうか」
そう言って守兄は歩き出した。
そのどこか物憂げな背中を追うように、ゆっくりと歩を進めた。




