第35話 突然のキス!
守兄が、ゆっくりと近寄ってくる。
私は視線を逸らせず、息をするのも忘れてその場に固まった。
「あのまま、父にがんじがらめにされていたら、星と向き合うことすらできなかった。
もっと成長して、自由になって――
星も大人になった頃に、正々堂々と迎えに行こうって……想いを伝えようって、ずっと思ってた」
目の前に迫る顔。守兄が、そっと私の頬へ手を伸ばす。
至近距離から見下ろされ、その瞳に吸い込まれるみたいに見返してしまう。
「君を忘れたことなんて、一度もなかった。
アメリカにいる間も、ずっとずっと星のことを想ってた」
苦しげに唇を噛み、視線を伏せる。
「こんなことになるなら、もっと早く言えばよかった」
再び向けられた眼差しは、切なくて、どこか訴えるようで……胸が締めつけられる。
「星も、俺のこと好きでいてくれてるって、どこかで思い込んでた」
ふっと自虐めいた笑みを浮かべる守兄。
私は緊張から身じろぎもできず、口をわずかに動かすのが精一杯だった。
ずっと片思いしていた相手。
こんな完璧なスパダリに迫られて、平気でいられる女の子なんていない。
守兄の手が頬を包み込む。
そのぬくもりに反応するように、体が熱を帯びた。
「星、好きだよ」
顔が、ゆっくり近づいてくる。
「……っだ」
声にならない声が漏れる。
「もう!」
不意に飛び込んできた声に、心臓が跳ねあがった。
同時に、私たちは動きを止める。
「あのさ、僕がいること忘れてない?」
この声は――太陽!
振り返ると、あきれ顔の弟が仁王立ちしていた。
一気に熱が冷める。
そ、そういえば、太陽がいたんだった。
いつから見られてたの? 恥ずかしすぎる!
私が俯くと、守兄がさらりと言った。
「ごめん、ごめん。すっかり星に夢中になってた」
「なっ……」
さらっと爆弾発言しないでよ。
顔がふたたび熱くなる。
「そういう慌てた顔も、可愛いね」
にこりと余裕の笑みを向けられ、鼓動の速度が増す。
帰国してからの守兄は、確実に積極さが増している。
心臓がもたないよ~。
何事もなかったかのように、彼はさっと立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ帰るよ。もう遅いしね」
ウインクを残し、玄関へ向かう守兄。
「あ、そこまで送るよ」
言ってから、しまったと思った。
けれど、もう遅い。
振り返った守兄が、嬉しそうに笑って頷いた。
外に出ると、夜はすっかり更けていて、辺りは真っ暗だった。
外灯の明かりが道路を淡く照らし、二つの影が長く伸びる。
守兄が振り返る。
光に照らされた横顔が浮かび上がり、それだけで胸が跳ねる。
目が離せない。
さっきの出来事を引きずっているせいかな……鼓動が落ち着かない。
夜風がひゅうと吹き抜け、思わず肩をすくめる。
「大丈夫? もうここでいいから」
やわらかな声。それだけで心臓がトクトク鳴る。
絡まった視線を外すことができない。
「じゃあ、また」
潤んだ瞳、熱を帯びた眼差し。
どうして? どうしてそんな風に見つめるの。
今さら、そんな目をされたって……。
「星」
「え?」
不意に名前を呼ばれ、顔を上げた瞬間。
ふわりと守兄の顔が近づき、
唇が重なった。
ほんの数秒。なのに、まるで時が止まったみたいだった。
体は硬直し、動けない。
「ふざけるなあ……っ!!」
夜の住宅街に、鋭い叫びが響き渡った。
聞き慣れた声だ。
意識が一気に引き戻される。
振り返ると、街灯の下を誰かがこちらへ走ってくる。
――あきら。
その勢いのまま、彼は拳を振り抜いた。
鈍い音が響き、守兄がよろめく。
あきらは肩で息を荒げながら、守兄を睨みつけていた。
その顔、その目。見たことがない。
怖い。
いつもの優しいあきらじゃない。荒々しい気配が全身から立ちのぼっていた。
「てめえっ……なにした!」
低く掠れた声が、空気を震わせる。
守兄は一瞬だけ驚いたように目を瞬き、ふっと笑った。
「なにって、キス」
余裕の笑みさえ浮かべながら。
なんで。どうしてそんなに余裕なの?
「ちょ、ちょっと待って!」
私は慌てて一歩踏み出し、ふたりのあいだに割って入ろうとした。




