第2話 朝の通学路と、秘密の彼氏
「いってきまーす!」
太陽と一緒に家を出ると、朝のひんやりした空気が頬をなでた。
「じゃあ、姉ちゃん、気をつけて」
「あんたもね」
どこか呆れ顔の弟に笑い返し、私は自転車にまたがる。
ペダルをひと踏みすると、タイヤが静かに回り出した。
振り返れば、古びた木造の一軒家。
朝日に照らされた屋根が、ほんのり赤く染まっている。
一瞬だけ目を留めてから、また前を向いた。
少し進むと、道は線路沿いへとつながる。
右手に電車の高架を感じながら、風を切って走る。
このまっすぐな道、けっこう長いんだよね。
ところどころに現れる障害物を、ひょいひょいとかわして進む。
古い建物の影を抜け、工事現場のフェンスを避け、そしてアンダーパスの薄暗いトンネルへ。
足に力を込めるたび、息がじわりと上がっていく。
え? なんでこんなに大変そうなのかって?
なんで電車じゃないのかって?
さすがに、もうわかるでしょう。
通学費を少しでも減らすために、本来なら電車で行く学校までの道のりを、自転車で走っている。
しかも、このおんぼろ自転車で。
ギーッと、さっきからすごい音を立てる。
きっと錆びてるせいだろう。新しいのを買うお金なんてないし。
……でも、我ながら根性あると思うんだよね。
距離? 何キロあるかなんて測ったことないけど、かなりの道のりだ。
夏なんか、汗でびっしょりになる。
今はまだ春だから、なんとか平気だけど。
しばらく走ると、景色は少しずつにぎやかさを増して、やがて街中へ入った。
コンビニの前にたむろする学生たち。
カフェの窓際に座る、出勤前の会社員たち。
信号待ちで止まる車の列と、あわただしく行き交う人々。
ビルのすき間から朝の陽ざしが差し込んで、アスファルトの上に光を落とし、きらきらと反射していた。
そんな中――
私には、ちょっとした楽しみがある。
ふと顔を上げると、ある商業ビルの側面に設置された巨大モニターが目に入った。
映っているのは、イケメンアイドル。
爽やかな笑顔でジュースのコマーシャルをしている。
画面越しにウインクを送られた私は、思わず頬がゆるんだ。
「今日もカッコいい……」
しばし、ぼーっと見惚れる。
これ、私の毎朝の日課だ。
アキラ。
いまや押しも押されぬ、超売れっ子アイドル。
三人組ユニット「スターライト」の、不動のセンター。
一緒に信号待ちをしている女子高生たちが、アキラを見てキャッキャ騒いでいる。
ふふん、と私は得意げになる。
うんうん、格好いいよね。でも、もっと特別な理由があった。
だって――
私は、アキラの彼女だから。
芸名は、アキラ。
「スターライト」の顔ともいえる存在。
歌も踊りも上手いし、演技だってできる。
本名は、杉本あきら。
とっても純粋で、優しい人。でもちょっとドジで、放っておけないタイプかな。
そこがまた、憎めない。
超イケメンで優しくて、私の最高の彼氏なのだ。
なんでアイドルと付き合ってるのかって?
話せば、少し長くなるんだけど。
私とあきらの出会いは。
今思えば、偶然にしてはできすぎだった。
あとで本人から「あれはわざとだったんだよ」なんて聞かされたときは、ほんと、開いた口が塞がらなかったな。
あれは、ちょうど一年前くらいのこと。
休日で、少し時間を持て余していた私は、気晴らしに街をぶらぶら歩いていた。
そんなとき。
***
「はあ~」
煌びやかなショーウィンドウを眺めながら、大きなため息をつく。
ガラスの向こうには、私好みの服がずらり。
「だめ、だめ。そんなお金、私にはないんだから」
頭をぶんぶん振って欲望を追い払おうとしたとき、店から出てきた女の子と目が合った。
……にらまれた?
「なにこの子?」と言いたげな視線に、たじろぐ。
隣には、どう見ても彼氏らしきイケメン。
「ねえ、今日はありがとう」
「ああ、いいよ」
二人は嬉しそうに微笑み合い、女の子は大事そうに紙袋を抱えている。
彼氏は満足そうに微笑んで、
そのまま、腕を組んで去っていった。
ひゅうっと風が通り抜けるような気がした。
なんだか、むなしい。
がっくりと肩を落とした。




